2007年01月25日
新知事
ひがしこくばら……。
ひがしこくばら……。
ひがしこくばる……??
しかし、すごい名字だなあ。宮崎ではよくあるとか??
それにしても、テレビの影響は、こわい。笑。
おぼえなくてもいいようなものまで、おぼえさせられてしまう。
近づけたいような、近づけたくないような、微妙な存在。
テレビ誌で仕事をしていながら、
妙な距離感をおぼえてしまう。
そんな近いような、遠いような、微妙な場所から、
ひがしこくばら……。
ひがしこくばら……。
ん??
なにやら延々と聞こえてくる……。
2006年12月31日
情熱。
今年も今日が最後……ということで、
1年間を振り返るということをあちこちでやってますが、
僕が真っ先に思い浮かぶのは、
イチローと中田英寿
二人の日本を代表するアスリートの「顔」。
かたや、WBCで「世界一」。
かたや、ワールドカップ・ドイツ大会で、無念の予選敗退。そして、引退……。
ともにチームのリーダーとしての立場。
ともにギリギリの戦いを強いられ、勝利と敗北、どちらに転んでもおかしくはなかった。
WBCでの誤審騒動、アメリカ、韓国との敗戦。
W杯では、第1戦のオーストラリア戦で試合終了6分前までリードしていた。試合内容はともかく、勝っていたら決勝ラウンド進出もあったかもしれない。
この間ふと、二人の結果を分けたものは何なのか? 考えてみた。
運? では、運って何だろう?
この言葉を使うと、ここで話が終わってしまう。細木先生にでも相談しておけばよかった? ちょっと違うだろう。
イチローは、このWBCで初めて意識して「リーダーとしての自分」という顔を出した。
中田もそれを求められていた。
二人とも、「孤高の人」。
孤高が孤高のままではチームを一つにする中心にはなれない。
それが結果として,イチローにはできた。
中田にはうまくできなかった。
僕はどちらかというと、「野球職人」(生涯イチ野球人)のイチローよりも、
「サッカーを豊かな人生のための手段」としてとらえている感のある
中田の生き方のほうにシンパシーを持ってきた。
でも、今回のW杯は彼のサッカー人生の集大成として、「足りない何か」が浮き彫りになった大会だったのかもしれない。
と、ここで思う。
このイチローが形にできて、中田ができなかった「人を動かすための情熱」は、
いまの僕にこそ(というより来年の僕にこそ)、
かなり切実に必要とされているものなんだろうなと。
「近頃の若いやつはどこに顔がついているかわからない。
何を考えているかわからない」
僕もずっと、そんなことを言われてきた一人。一応。
韜晦(とうかい)することは、僕たちの世代の,ある意味、したたかな生き方でもあったと思うから。
でも、矢面に立たされる状況になったとき、いつまでも「透明人間」ではいられない。
これって、もしかしたら普遍的に、
人生のある段階で求められることなのかもしれない。
いろいろ蓄積したものが、自然に湧いて出てきそうな、これから。
ありがたいことに、いろんな人が僕に対して、いろんなことを助言してくれる。
そんな僕自身の状況とも、このイチローと中田の話はリンクしている。
年下の二人の生き様から、僕は来年の僕のメッセージを読み取った気がしたんだな。
ちょっと「成長」し、ちょっと「飛躍」したいと思う。
(宇宙の大きさから見たら、いくら成長したって「ちょっと」なんだよね〜)
アニマル浜口さんとは違う「情熱」を、僕は示したいと思う。
2006年12月29日
安倍さん。
最近気になる一人が、いま何かと「政治的危機」がささやかれている、
安倍晋三首相。
といって、政治的なことをアレコレ言いたいわけでなく、
僕が気になっているのは、もっと身体論(!)に関すること。
いや、わかりやすく、カンタンに言いましょう。笑。
安倍さんて、なんか胃腸が弱そうな気がするんだよね。
この間、知人とも話したけれど、
「胃腸の弱い人は、優れたリーダーになれない」
そういう法則って普遍的にあると思う。リーダーの資質に不可欠な「ハラ」に力が入らない状態なわけだから。
胃腸の弱い人は、心にやる気があってもそれを人間的な迫力で実行できない。
僕も昔(10代の頃)そうだったから、この胃腸とやる気の関係はよくわかる。
まあ、印象論だから本当のところはわからないが、
笑い話でもなんでもなく、
安倍さんは胃腸を強くし、胆力を磨いてからトップに立ったほうが良かったと思う。
そんなふうに感じさせるくらい、なんか生命力の弱さを感じてしまうんだよなあ。。。
彼に限らず、「胃腸(ハラ)を強くすること」そのものを自分自身の人生戦略に組み入れないと、なかなかアクティブで、生き生きした活動はできない。
その視点が決定的に欠けていると感じるこの頃。
2006年12月27日
ついに……。
江頭2:50、プロレスデビュー!
昨日、後楽園ホールが超満員に膨れ上がったそう。
最近のプロレスでホールが超満員というのは、かなり珍しいと思うんだけど、やっぱりスゴイな。
和泉元彌のデビュー戦も感動したけど(あれは秀逸!)、どこかでオンエアしないのかな……。
しかし、彼ほど「みんなで守ってあげたくなる人」というのは、なかなかいない。
あの痛々しさは、笑いを飛び越えた「何か」がある。
僕たちの何かを代弁してるというか……。
遠巻きに見守りながら、という前提つきだけど(笑)、
かなり気になる存在です。
2006年12月18日
龍馬のスポンサー?
先日、T先生と話をしていたら、僕の仕事に話がおよんで、
「僕は本物を見分ける目ですごい人とすごい人をつなげ、その化学反応を育てるようなことをやってるんですよ」
なんてエラそうに言ったら、
「ナガヌマさんは、坂本龍馬のようなことをやってるんだね」
と返事。龍馬も西郷と木戸をつなげたり、フリーの身でいろいろやっているから、確かに似てる。
ま、すなおに(無邪気に?)喜べばいい話なのかもしれないが……。
でも、当事者から言わせてもらいますが(笑)、ただつなげるだけではお金にならないし、目に見える実績にもなりにくい。
ヘタするとつなげたすごい人がおいしい思いをするだけ……なんていう、ただの「お人好し」にもなりかねないあやうい、むずかしいポジションに僕はいるわけです。笑。
何も持っていなかった龍馬が、なぜあんなふうに縦横無尽に「活躍」できたのか?
それを彼の器の大きさだとかキャラクターにもっていくのはカンタンだけれど、最近の研究では、「龍馬のバックにはスポンサーがいた」なんていう話も出てきている。
スポンサー側から見れば、要は龍馬という人間を見込んで、言葉は悪いが「利用した」面があるあるわけだ。
加治将一さんの本では、それが長崎商人のグラバーだったと書かれていた。
そして、グラバーがフリーメーソンであったという自説も展開している。
……。
ちなみに、僕はフリーメーソンには入っていない。
スポンサーも窮屈でいやだなあと思っている。もうちょっとちがうやり方もあるんじゃないかなあ。
2006年11月13日
カマキリ将軍。
今日、「すたば」でコーヒーを飲んでいると……。
視界の向こうにどこかで見たような、見たことないような……。
誰だろう? 知り合い……?
(そのまま30分経過)。
あ、カマキリ将軍だ!
うわー。
「新撰組!」と「ほぼ日」を知っている人だけのネタでした。
おしまい。
2006年11月10日
武田信玄。
いま読んでいる、加来耕三さんの信玄本の一節。
「すでに、打つべき手は打ちつくされていた。
敵地の細々とした地形、人心の動向などの情報分析にはじまり、
敵方の調略、甲州軍団に内応する者たちの名前と場所が示され、道案内人との合流地点についても、細かいとり決めがなされていた。
軍議は軍団の各部隊の長が全員参加し、すでに一年間、断続的にくり返し行なわれ、
あらゆるシミュレーションが試みられていた。
最後には美濃・三河・遠江の各国へ間者を放ち、
進軍に先行させて敵地の内部攪乱を起こさせるといったところまで、徹底した準備がなされている。」
(講談社文庫「『風林火山』武田信玄の謎〈徹底検証〉」)
この記述の根拠になった文献など知りたいが……、それにしてもすごい。
透徹した頭脳。ハート。胆力。
“知・情・意”の「三丹田」がすべてそろった男の人生だな、と思う。
さすが甲斐の英雄。
後日、もうすこし掘り下げてみます。
2006年11月06日
桜塚やっくん。
最近、注目されていますね、あの「女装」の。笑。
まあ、詳しいことは知らないのだけれど、
今朝なにげに「めざましテレビ」を見ていたら、彼の特集か何かで、
桜塚やっくん(35)
のクレジット。エッ? 35歳なの? 結構下積みしてきたんだなあ。
思わず目が止まり、どうでもいい妄想をしばし。
高島彩もおなじリアクションして、驚いていたり……。
そうか、35歳なのか……。そうか、35歳なのか……。
で、テレビをつけたまま、やっくんのことなどすっかり忘れていた頃、
「訂正があります。先ほどお伝えした桜塚やっくんの年齢ですが、35歳ではなく、30歳の間違いでした……」
久々にずっこけました。いいのか? めざましテレビ!? 笑。
訂正のことを知らずに会社とかで家を出た人、結構いると思うぞ。
しばらく桜塚やっくん(35)説がちまたをかけめぐる……かも。
誤報にはくれぐれも注意しましょう!
2006年11月03日
五味隆典。
日曜は「PRIDE武士道」。
どこまで一般受けするかはともかく、全体になかなかいいカードがそろっていて、個人的には楽しみ。
で、気になるのはライト級王者・五味のタイトルマッチ。
対戦相手のアウレリオにはノンタイトルで一度負けていて(五味のPRIDE唯一の敗戦)、そこから這い上がって、一戦を挟んでの事実上の再起戦。
ストライカー(立ち技主体)の五味にとって、寝技のうまいアウレリオは「僕の光を消す」苦手なタイプなのだとか。
そのへんを戦前にオープンに口にしてしまうあたり、とても「らしい」と思うのだけれど、気になるのは彼のモチベーション。……と言われている。
ガーッと昇り調子の時はハングリーだし、勢いがあるから、素質とマッチメークが噛み合えば、彼みたいにチャンピオンになることができる。
でもなあ……。
格闘技は結構好きだし、面白いが、結局、ファイターというのは「モチベーション」というやつで、寝たい体を叩き起こして、ムチを打って、そうやって頑張って「勝利」を求める。それを繰り返す。
世間はその姿を偉い、すばらしいと称賛する。
そういう面があるじゃない。
でも、正直なところ僕は、「寝たいなら寝ればいい」と思う。
それができる(状況を手に入れる)のが「強さ」であるとしたら、モチベーションを使って「本当は嫌なこと」をしなければならないファイターというのは、強いのかどうなのか、もしかしたら自分でもよくわかってないのかもしれない。
といって、僕は五味のことを馬鹿にして見ているわけでない。
そんなこともあんなことも、あれこれ勝手に思いめぐらせながら、いろんな思いを包み込んで、僕は善いものも悪いものも見ている、つもり。
その意味において、野蛮な殴り合い、結局は「ルールある喧嘩」である格闘技も、
僕にいろいろなことを教えてくれる「先生」になる。
そんなわけで……。
本当の本当は戦いたくないのかもしれない(でも、いろいろあってリングに上がる選択をした)五味の生き様もまた、僕にとっては見守りたい一つの事件であったりする。
そしてたえず僕が求めているのは、僕の予想が裏切られること。
僕の思ってもみなかった「何か」を、僕に与えてくれる人は、それだけでとても力を持った「強い」人なのだと、僕は思う。
2006年10月15日
勝手にしやがれ。
友人に誘われて、日比谷公会堂に10年ぶりくらいにライブ聴きに行ってきました。
勝手にしやがれ。
というのは、前にもチョコッと書きましたが、グループ名です。
しかし1000人以上収容しそうな会場がびっしり埋まっていたのには、少しびっくり。
そうか、こんなに人気があったのか。。。CMとか出てるそうだけど。
ていうか、10年ぶり(推定)と書いたけれど、前に行ったのは、
たま
のライブ。確か「たまの中秋の名月」というタイトルで、歌詞に「月」のフレーズが出てくる曲だけで構成されてた気がするが、懐かしいな。
あの頃は、たまもすごかったんだよ。笑。
みんな、ランニングの人のイメージだけ焼き付けすぎ。
で、「勝手にしやがれ」のライブですが、ジャズ系の黒ジャケットの7人バンドで、
サックスとかを垂直に上下させて、ボーカルがドラマーで、
チョイしわがれた声でなかなかカッコ良かった。
でも、3組くらい飛び入りゲストがあったけれど、なぜ、
松たか子
が出てきたのかは謎。笑。生・松たか子。。。
リズムがジャズじゃなかったけれど、声は良かった。さすが舞台女優。
ひさびさのライブもいいもんだ。
個人的には、友部正人さんのライブとかまた行きたくなったよ。
2006年10月08日
セルカンさん。
昨日は、「宇宙エレベーター」の著者で、
トルコ人初の宇宙飛行士候補、アニリール・セルカンさんの講義を聞きに、六本木ヒルズへ。

宇宙という特殊な環境の中でこそ可能になる技術を、
(予算の面、スピードの面、効率の面など……)
地上の「豊かな暮らし」にどう還元させるか……。
そんなリアリストの視点を強く持った人。
つまり、宇宙ステーションと地球をつなぐ、
彼の構想する「宇宙エレベーター」にしても、
ただ物理的につなぐための技術ではなく、
「その先」の応用に重きを置いているという感じ。
たぶん、来年あたり、世間的にも「ブレイクする人」なんだろうな。
で、写真は講義の帰りに写したヒルズからの夜景。
ちょっと面白いでしょ?
東京タワー、きれいでした。
2006年10月05日
立嶋篤史。
最近のニュースとして、
キック立嶋 自宅侵入の泥棒をKO
というキャッチを目にした。
立嶋篤史か。懐かしい。。。
僕はコアなキックボクシング・ファンではないので、
試合は見たことがないが、
立嶋と言えば、前田憲作と並んで一時代を築いたスターだ。
といっても、今のK-1のようなブームが起こる前の話。ある意味、マニアックな世界の、記憶に残るファイターという感じだろうか?
で、気になって調べてみると、彼のブログを発見。
これが案外、おもしろい。
正直で、しかも頭がいい人だなという印象。
気になった箇所を、一つだけ勝手に引用しておこう。
改めて考えると、今回取材を受けた本人なのに見ていない番組が多い。
すでに放送させてもらったけど原則として放送した物は差し上げれない、
くれとはいっていないのに先にある番組の担当の方から
HPにメールが来ていた。
その番組はいいとして、他局はビデオを送ってくれない
だろうか。
たった少し出たくらいで、出した側はそう思うのかもしれないけれど
痛い体で警察と自宅と取材を行ったりきたりして、
寝ないで飯も食わないで警察に文句を云われながら、
そして全て無報酬で取材に応じたのに映像ももらえないとなると
少し寂しい。
毎日新しいニュースを追いかけている報道関係者の側からすれば
すでに終わった鮮度の落ちた古いオールズに構っている暇など
ないのだろうけれど。
そういえば警察からも「ご苦労様」の一言を聞いていない。
別に感謝は求めていない。
取調室で使ってはいけないはずの携帯を使ったり、
缶コーヒーをもらったけれど
労いはいただいていない。
(10/4の記述より)
そうなんだよなあ。
みんなちゃんと仕事はしているけれども、「心」がないんだよなあ。