« 船木は、なぜヒクソンに敗れたのか? | メイン | 最近注目のシビル・アビディについて »

2001年02月01日

ロシア人とブラジル人の身体感覚

  ブラジルと並んで注目すべきなのが、ロシアという国だが、まだまだ彼らの真価というものは、一般には十分に認識されていないように思われる。
 格闘技のジャンルで言うと、ロシアとのパイプが最も強いのは、前田日明が主宰する「リングス」という団体である。リングスは、リングスネットワークの名のもとに世界各国に現在7つの支部があり、そのなかでもロシアは創設時より深い関わりを持っている。優秀なロシア人を見るには、リングスが最適なのである。

 しかし、リングスが創設された当初、この国は未曾有の混乱に巻き込まれていたことを、理解しておく必要があるだろう。旧ソ連崩壊である。百年に一度あるかどうかという体制の変革に、むろん、格闘技アスリートたち(レスリング、サンボ、柔道など)も巻き込まれた。アマチュアで戦っていた彼らが、リングスというプロフェッショナルの場に参集しはじめたのも、こうした世情と無縁ではなかったわけである。

 しかも彼らは、決して恵まれたトレーニング環境を確保できているわけではない。食うためのビジネスに身を投じながら、という選手も多いと聞く。
 となると、技術交流が急速に進みつつある格闘技の潮流のなかでは、どうしても後手後手に回ってしまう。ここ数年、ロシア勢は、日本人選手とはまた違った状況のなかで、苦戦を強いられてきたわけである。

 さて、格闘技界全体を見渡すと、90年代に入り徐々に人気が高まりつつあるなか、マーケットにおいては主に日本とアメリカ、選手ではブラジル、アメリカ、次いでオランダ、ロシア、フランス、そして日本……といった国々が中心をなしているが、こと選手の身体能力に関して言うなら、ブラジルが頭ひとつ抜け出していた感がある。
 要するに、本来なら負けず劣らずのポテンシャルを持っているはずのロシアは、「眠れる獅子」といった現状に甘んじてきたと言っていい。

 リングスでも幾度かブラジル対ロシアの対戦が組まれてきたが、いかんせん、コンディションが違う。加えて、ロシアのトップと目されるヴォルク・ハンやアンドレイ・コピロフといった面々は、すでに体力的なピークを過ぎている。彼らに代わる若い人材の出現が最も求められる状況にあったわけだが……、そこににわかに現われた逸材こそ、ここで取り上げる、エメリヤーエンコ・ヒョードルなのである。

 リングス年に一度のビッグイベントである「KING OF KINGS」(略してKOK)トーナメント・予選Bブロック(2000年12月23日・大阪)に出場した彼は、これまたブラジルの次代を担う逸材と評されるヒカルド・アローナと対戦した。アローナは、前項に登場したマリオ・スペーヒー率いるブラジルの格闘家集団「トップ・チーム」に所属するバリバリの有望株であり、言ってみれば、ロシアとブラジルの逸材同士の対戦である。

 ……で、結果はというと、5分2ラウンド+延長5分という時間制限をフルに戦い抜いた末、ほぼ互角の展開ながら、厘差の判定でヒョードルの勝利。予選突破は確実と見られていたアローナは、ここでまさかの敗退。判定を分けたのは、おそらく彼の剽悍なタックルをヒョードルがガッシリと受け止め、容易に倒されなかったこと、倒されても首を確実に押さえ、その後の展開をなかなか許さなかったことが挙げられるだろう。

 ともかく、ブラジルのトップと五分に渡り合えるロシア人が、ついに現われたわけである。彼につづく人材が2人、3人と出てくれば、ブラジルの一人勝ちとも言える状況も、しだいに化学変化を起こすことになるだろう(ちなみにヒョードルは、2回戦で日本の高坂剛と対戦。開始直後のバッティングで眉の上を切り、おしくもドクターストップとなってしまった。しかし、今後に期待大である)。

 ここで、ブラジル人とロシア人の身体感覚の違いについて論じておこう。
 かなり大ざっぱな言い方になるが、人間の身体感覚には、ハラ(重心)と軸(体軸)という、大きくふたつの機能がある。
 ハラの発達している国は、重心が安定しているため、基本的に定住型で、どっしりした包容力がある。一方、軸の発達している国は、体幹を貫くそのタテ線の感覚が、行動的、攻撃的で、冒険心に富んだ性質を生み出している(このふたつの違いについては、現在書き進めている「人が「脳」を超える時代」(*「脳を超えてハラで生きる」のこと)のなかで詳しく論じている)。

 いずれにしても、この分類に基づくなら、西洋は軸的、東洋はハラ的という言い方ができる。あるいは、土着的な、アニミズム系の民族の間にはハラ文化が、それを侵略した遊牧民や一神教信仰の国々には、軸文化が優位に形成されている。
 その意味では、土着の要素と西洋的な要素とが混在しているブラジルという国は、おそらくそれが十分に混じり切っていないカオスな部分に、その潜在能力の発揮させやすい土壌があると言えるわけだが、それでも大まかに言うなら、サッカーの盛んな国柄を見てもわかるとおり、軸的な空間移動がより優位な国である。ここで取り上げたヒカルド・アローナも、軸の力が非常に秀でた選手と思われるのである。

 一方、西洋の裏庭と言われ、広大なシベリアの凍土を背後に擁するロシアも、コサック騎兵の伝統に見られるような軸的な移動感覚と、西洋の合理主義が通用しないハラ的な風土とが混在しており、これまた強い人間を生み出す条件が揃っている。
 しかし、これまた大まかに言うなら、ロシアは軸よりもハラの発達した国である。少なくともヨーロッパの国々からは、そのように見られ、恐れられてきた。ナポレオンもヒトラーも、その軸的に卓越した軍事能力によってヨーロッパを手中に収めながら、最後はロシアのハラの巨大さにスッポリと呑み込まれ、没落への道へ転落していくわけである。
 その意味では、ブラジルのアローナを軸系とするなら、ロシアのヒョードルは明らかにハラ系の選手と言えるだろう。

 要するに、ロシア対ブラジルは、ハラ対軸の構図によって理解することができる。
 剽悍に前へ前へと攻め込み、闘争心を全面に押し出した戦いをするアローナ。そして、その攻撃をがっしりと受け止め、淡々とした表情で切り返すヒョードル。両者の体型も、その文化の違いを表わすように、上腕の盛り上がった筋肉質のアローナに対し、ヒョードルは色白で少しポッテリとした、よりナチュラルな体つきをしている。わずか15分ほどの戦いのなかで、両国の歴史がかいま見れたと言っても、決して言いすぎではない。格闘技を見る面白さは、むしろそこにあると言ってもはずである。

 ちなみに日本は、ハラ的な感性をベースにした国柄でありながら、軸的な文化に滅ぼされず、ハラ優位のままに今日まで至っている、きわめて希有な国である(日本が不思議な国と言われる原因も、ここにある)。そして、そうした身体感覚を宿した日本人の目から見れば、じつは軸的な要素の強いブラジルよりも、ハラ的なロシアに対して親近感が湧く場合が多い。おなじハラ感覚でも、ロシア人のハラはスケール感が大きく(その分、粗雑で、荒削りだが)、それが憧れの要因にもつながっているのである。

 その意味でロシアの「復活」は、歓迎すべき展開と言うことができる。日本の格闘技マーケットが彼らの才能を発揮させる場でありつづけるかぎり、身体レベルでの交流は、今後さらに継続されていくだろう。とくにヒョードルは、要注意である。さらに磨かれた強いハラを、次の来日の時にも見せてほしいと願っている。

投稿者 長沼敬憲 : 2001年02月01日 09:44

コメント

コメントしてください




保存しますか?