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2002年08月19日
架空対決・小川×ヒクソンの「勝者」はどちらか?
さて、前回で触れた小川直也×ヒクソン・グレイシー戦について、まだ実現するかわからない段階ではあるが、筆者なりの「予想」を立ててみることにしよう。
面白いことに、ふたりの置かれている「立場」はかなり似通っている。
すなわち、それぞれのバックグランド(柔道・柔術)においては文句ないほどの実績を残していながら、肝心のフリーファイト(総合格闘技)に関しては、どれだけ強いのか、その実力の程が未知数であると一般に思われている点。
理由は簡単だ。他の選手に比べると、戦績が圧倒的に少ないからだ。
ヒクソンは初来日した当初は、2年連続でトーナメント(バーリトゥード・ジャパン)に出場しているが、知名度が上がった96年以降は、ファイトマネーが高騰したことも手伝い、高田延彦と2回、船木誠勝と1回のみ。一方の小川も「プライド」マットでのゲーリー・グッドリッジ、佐竹雅昭戦、先の「レジェンド」でのマット・ガファリ戦とやはり3試合のみ。たがいにすべて完勝しているが、本当に強い選手とは戦っていない、相手との実力差がありすぎたからだ、という批判もある。
いずれにせよ過去の偉大な実績と、現在の試合数の少なさ。「夢のカード」が氾濫する昨今、この二人ほど幻想をかきたてる存在はいなくなっている。
もちろん、幻想だけで終わることを許さないファンがいる以上、両者に対する「期待」は、年とともに徐々に高まっている。しかも、もうジラしすぎではないかというこの時期に、対戦が多少現実味を帯びてきた。筆者が桜庭和志×ホイス・グレイシー戦に並ぶと言ったのは、そうしたシチュエーションが出来上がりつつある状況に対してだ。「歴史に残る一戦」は、仕掛けだけではなかなか生まれえないのである。
では、この両者が実際に戦ったらどうなるか、シミュレーションしてみよう。
一般に総合格闘技の「総合」とは、打撃、グランドでのポジショニング、極める力と、この3つの能力に集約できると言われている。このうちポジショニングと極める力は、寝技の領域。ヒクソン、小川の得意分野ということになる。
ヒクソンの寝技の能力は、筆者がこの「観戦記」で取り上げたこともある対船木誠勝戦において、見事なほどに見い出すことができる。
両者の探り合いからはじまったこの戦いが動き出したのは、9分すぎ。一瞬のスキをつき船木をはたき込んだヒクソンは、ほとんど転がしたと同時にハーフガード(柔道でいう横四方)の体勢に入ることに成功。そしてそのままスルスルと、得意のマウント(馬乗り)に移行。的確なパンチでガードを崩し、最後は裸締めでフィニッシュ。ポジショニングを得て極めに入るまで、この間、3分もかかっていない。
あまりにスムーズに展開していくので、船木はこんなに弱かったのかと思った人もいるかもしれないが、要するにヒクソンが強すぎたのである。戦前の予想通り、船木は打撃で活路を見い出す以外、太刀打ちできる要素はなかったのかもしれない。
一方小川は、初めての「総合」挑戦となったグッドリッジ戦を、一方的に攻めたてた末、最後は腕固めで激勝したが、逆にひとつの課題を浮き彫りにしている。
さすが元柔道王らしく、剛腕グッドリッジの打撃をかいくぐり、アッサリ横四方に押さえ込んだものの、そこからなかなか攻め切れず、ギブアップを奪ったのは2ラウンドに入ってから。極めるまでに10分以上の時間を要してしまっている。投げと押さえ込みが主体となっている現代柔道の弱みが、ここに露呈されたわけである。
小川はその後の佐竹戦で、この課題を払拭するかのごとく、ポジショニングから極めに至るまで、流れるような技の運びを見せているが、寝技がほとんどできない佐竹相手であるから、ヒクソン×船木戦との対比はできないだろう。簡単に言えば、小川に現役時代の船木を、あれほどアッサリ極める力はないと思われるのである。
こうして見ていくと、寝技の猛者同士の戦いでありながら、極めるという点でヒクソンの側に一日の長があることが見えてくるはずである。
つまり焦点となるのは、ポジショニングの能力に関してどちらが秀でているか、ということになる。ここは筆者もハッキリとはわからない。互いにとって専門領域であり、どちらがハーフガード(横四方)を取られることも、なかなか想像しにくい光景だからだ。互いに取らせなければ試合は膠着し、延々と続く。ルールがヒクソンの要望で時間無制限となれば、あとは根気の勝負。底力が試されてくる。
一般論で言えば、体格で勝る小川を押さえ込むことは難しいのではないかという声もあるかもしれないが、これもやってみなければわからない。「プライド21」では、ポジショニングでは二人に勝るとも劣らない元リングス無差別級王者エメリヤエンコ・ヒョードルが、2メートルを超える空手家セーム・シュルトを寝技で手玉に取っている。
また、ヒクソンの年齢(42歳)を気にする声も、既成の常識に沿ったものだ。特定の筋肉を鍛えるだけの、力任せのトレーニングから脱却すれば、年とともに却って無駄な力は取れ、より強くなれる可能性もある。少なくとも戦う当人が衰えを感じていないという以上、長時間戦える能力は「ある」と考えておくのが妥当だろう。
以上のように見ると、かなりの「接戦」になることは想像できるが、時間が過ぎ互いにスキが見えてきた段階では、極める力を持っているヒクソンが有利になる。その意味では小川は船木と同様、打撃で活路を見い出すのが得策である。天が彼に味方すれば、ヒクソンが不意な打撃でダウンする光景が見られることもあるかもしれない。
おそらく小川は、自分を「強い」と思ってはいても、その強さがまだ完成されたものではないことを、心のどこかで自覚しているに違いない。
簡単に言えば、ヒクソンレベルの完璧な勝ちパターンをまだ確立できてはいない。
その状態で彼と戦わねばならないという今の状況に対して、内心かなりナーバスになってもいるだろう。しかしここで勝負に出なければ、彼は「橋本真也に勝った男」という以上の実績を残せないまま、選手生命を終えねばならなくなる。もちろん、「猪木超え」もできない。「世間」の壁を打ち破ることも叶わないだろう。
その意味では、小川に必要なものは、技術ではなく「意思」である。
見ている夢の大きさでは、自分はヒクソンに負けはしない。そうした「気迫」さえ見せられたなら、試合の結果にかかわらず何かを伝えることはできる。批判してきたプロレスマスコミも、彼を「プロレスラー」として認めるだろう。両者がため込んできたものが多い分、どちらにせよ、オール・オア・ナッシングの戦いになるはずだが……。
小川が「プロレスラー」であるということが、すべてのカギであるかもしれない。
投稿者 長沼敬憲 : 2002年08月19日 07:40