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2004年09月20日

K-1GP開幕戦を前に(1)

 まず曙の話から。

 先日「紙のプロレス」という雑誌を読んでいたら、デスマッチで名を馳せたプロレスラーの松永光弘氏が、面白いことを言っていた。
 彼はレスラーになる以前にアマチュア相撲と空手で実績があり、二つの競技を体験した立場から「相撲という競技の特殊性」を語ったわけだが、簡単に言うと、相撲を始めることで一般的な運動神経がどんどん落ちていったそうだ。
 能力が「相撲に勝つ」ということのみに限定されてしまうため、空手に転身した時、またイチから学ばねばならなかった(相撲の技術は何も役に立たなかった)という。

 筆者は松永の意見を興味深く思う一方で、「相撲って、初めからそんなに閉塞した競技だったのだろうか?」とも思ってしまった。
 申し訳ないが、力士の多くに見られる「生活習慣病と背中合わせの太った巨体」は、確かに相撲でしか役に立たないかもしれない。
 しかし日本の武道の歴史には、現在の総合格闘技につながる「なんでもあり」の感覚がある。
 相撲しか取れない相撲取り。これは武道の目から見ると自己矛盾している。
 幕末あたりの力士の写真を見ると、筋肉に張りがあり、小兵で、現代の柔術家あたりともあまり差異がないように思える(当時の日本人自体小柄だったので、世間的には巨体であったと思うが、その質が今の力士と全然違っていたと感じられる)。

 曙は、こうした「自己矛盾している現代大相撲」という構造の中から生まれるべくして生まれた「横綱」であり、難しい話ではあるが、この矛盾に気づき、打開できないかぎり(そうした意思を持たないかぎり)、総合格闘技に転身してもおそらく実績は残せないのではないだろうか?
 自己矛盾の構造とはいえ、人には言えない苦労はしただろうし、そこで勝ち上がったプライドもある。
 しかしそのプライドは精神面を支えるものであり、技術が他の格闘技に生かせるかどうかとは別問題。
 松永も空手を始めたころ1分くらいで息が上がってしまって苦労したと語っている。「彼と一緒にするな」と言ってしまったら見失うものが大きいと思う。

 そのように根本的な問題点を無数に抱えた(その意味で興味がつきない)曙が、開幕戦のスペシャルマッチで前年度王者のボンヤスキーと対戦するという。
 「これまでの対戦相手は逃げ回るだけで、まともに打ち合ってこなかった、だから完全燃焼できていない」と語る曙だが、今度はまた違った意味で完全燃焼できないかもしれない(1ラウンドすら持たない可能性もかなりある)。
 本当に扱いの難しい存在をK-1は抱えてしまったものだと思うが、彼をスカウトした谷川プロデューサーはいまどんなビジョンを持っているのだろう? プロレスに転向してしまったら、それこそ「なーんだ」の世界になってしまうわけだが……。

 ともあれ、そんな「ありがちなシナリオ」より、ここで注意を喚起しておきたいのは、久々に?「出口の見えない選手」が現れたなという事実についてだ。
 本人も(あるいは谷川氏も?)「何とかなる」と始めた転向劇だったかもしれないが、現代相撲と格闘技の当たり前すぎる隔たりが浮き彫りになっているわけで、彼の勝敗よりもその点に注目するといろいろなものが見えてくる。
 たとえば、相撲界はいま、モンゴルや東欧など旧共産圏からやって来た力士たちの台頭で新風が吹き荒れている。
 国際化が進むと外国人力士の占める比率も増すだろう。しかし単純に日本人力士ガンバレと奮起を促しても、どう頑張ればいいのだという話になる。

 レスラー松永の指摘ではないが、素朴な現実に気づくべきだということだ。
 体を大きくすることはいいが、たとえば1日10キロのウオーキングでへばってしまうような力士ばかりだとしたら(そんなイメージがあるが、実際どうなのだろう?)、「疲れたサラリーマン」を笑えない。
 特殊化は武道の感覚(日本人の身体感覚)からは離れている。だからトレーニング器機で肉体改造するのも、別の意味での特殊化のように思える。
 相撲を本来の相撲に取り戻すためには、逆の発想で新しい力士を作る必要がある。そうやって生まれた力士を外国人横綱と闘わせた時、革命が起こる。……まあ、かなり夢想に近い話だが、マンガの原作にしたら「播磨灘」以上に面白そうだ。

 話が逸れたが、本当に曙は難しい。
 筆者自身、頭はそれなりに柔らかいつもりだが、彼が格闘家として成功するイメージがいまひとつ浮かばない(タレントとかプロレスラーとしてなら浮かぶが、それは本人も望んではいまい)。
 しかし好条件もある。谷川氏をはじめ、おそらく曙本人以上に、周囲の人間が彼の可能性を模索しているであろうという点。
 答えが簡単に見つからない時というのは、諦めさえしなければ、通常ではなかなか思いつかない活路が見えてくるものだ。
 専門家の感覚ではさしあたって大減量しないかぎり現状打破はできないとなるが、本当にそうなのか? ボンヤスキー戦で何か少しでもヒントが見えてくると面白い。

*開幕戦までに他の見どころもUPする予定です。

投稿者 長沼敬憲 : 2004年09月20日 17:31

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