« 2004年10月 | メイン | 2005年01月 »
2004年12月31日
K-1&PRIDE 大晦日直前予想
すっかり大晦日の風物詩になった感のある、格闘技イベント。
K-1やPRIDEが始まったころのことを思えば、考えられないくらいにステータスが上がってしまった。とりあえず、同じ日に2大イベントがある以上、最大の関心事は「どちらをどう見るか?」ということになってくる。
筆者はどちらも好きだが、あえて選ぶなら、最近では過渡期にあるK-1に肩を持っている。
でも、今回は生でPRIDE、K-1は録画したものを見るつもりだ。
一見矛盾しているように思えるが、放送時間を考えれば、18時からスタートするPRIDEをまず見るのは、自然な流れ。
あまりチャンネルは変えたくないので、あとから始まるK-1はPRIDEが終わったあとにじっくり見る。こういう人も案外と多いのではないだろうか?
今回は両イベントを前に、いくつか観戦ポイントを書いてみたい。
まったく触れないカードも多々あるが、興味がないからではなく、一般的な視点とさほど変わらないためあえて触れなかったのだと理解してほしい。
また、勝敗予想も以前は試しにやってみたが、じつはあまり執着がないので、これも必要がないかぎりは触れない。とりあえず、PRIDEのほうから挙げていってみよう。
■エメリヤーエンコ・ヒョードル×アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ
8月のGP決勝戦がヒョードルのバッティング→流血で、まさかのノーコンテスト。
波紋を呼んだ「頂上決戦」の再戦。初対決のタイトルマッチはヒョードルのパウンド(打撃)に圧倒されたノゲイラだが、8月の対戦では短時間ながらかなりの対応力を見せていた。
しかし、アクシデント以外にヒョードルの負けるイメージが湧かないのも事実。フジテレビでも討論形式の戦前予想を深夜にやっていたが、ほとんどの人がヒョードル有利と言っていた。
筆者もヒョードル有利説を支持しているが、理由はあくまで「運」の問題。
番組のなかでターザン山本さんが、「我々は試合ではなく戦いを観にきているんだから、ノーコンテストでも、ドクターのストップがかかった以上、ヒョードルの負け!」と語っていたが、筆者の考えは少し違う。
山本さんはストリートファイトのようなものを「戦い」と考えているようだが、それはシチュエーションの一つにすぎない。
現実には、その場その場の状況の中で、必ず有利不利をもたらす条件が存在する。剣の達人でもぬかるみに滑って、雑兵に首を取られることもある。
しかしその場で戦うことを選択したのは、他ならぬ本人だ。PRIDEというリングで、そのルールを飲んで戦っている以上、それはバーチャルなものではなく、やはりこれも戦いなのである。
その意味で「骨まで達する切り傷」を負いながら、「負け」を宣告されなかったヒョードルは、強さだけでなく幸運も併せ持っていたことになる。
山本さんの「ヒョードルは負けていた」という言葉にもある種のリアリティがあるが、それは裏返せば、彼がファイターとして必要な幸運さを持っていたことの証明にもなる。
というわけで、8月の一戦に「すべて」を賭けながら、試合を中断させられたノゲイラは、ケガを負ったヒョードル以上に負荷を背負ったことになる。
メンタルな面も含め懸命にコンディションを作り直してきただろうが、やはりこのシチュエーションでノゲイラが勝つということは、「大番狂わせ」と見るのが正しいと思う。
微妙な判定になる可能性もあるが、そうなっても王者としてのアドバンテージのあるヒョードルのほうが有利だろう。
■ヴァンダレイ・シウバ×マーク・ハント
桜庭の無念の欠場により、急遽組まれたカード。だが、体重差があまりにあるため、シウバにとっては意外な落とし穴が待っている可能性も。
両者が打ち合って、ハントが倒れるシーンがあまり思い浮かばない。もしかしたらシウバがグランドで攻めるシーンが多く見られるかもしれないが、それはそれで未知のシーンなので見てみたい気もする。
*桜庭の欠場については機会を改めて書きたいと思う。
■ダン・ヘンダーソン×近藤有己
打倒シウバと次期ミドル級GPでの優勝をねらうファイター同士の一戦。
近藤は、日本人ファイター(スポーツ選手)特有の、「寡黙でとらえどころのない、戦意があってもそうは見えにくい」タイプの一人。
同じタイプで一時代を築いた桜庭が多くは望めない状況である以上、このタイプの第一人者として去年のマリオ・スペーヒー戦のような「強さ」を発揮してもらいたいところだ。
*近藤への「期待」は、対シウバ戦の感想を書いた回で簡単に触れている。
■ミルコ・クロコップ×ケビン・ランデルマン
GP一回戦でまさかの敗北を喫したミルコの雪辱戦。ミルコ勝利の可能性が高いと思うが、彼がまたある種のエアポケットに陥る可能性も否定できない。
それは油断とかそういうレベルの話ではなく、筆者が思うに、ミルコのファイターとしてのスタイルに関係している。
徹底的に自己管理し、ストイックなトレーニングをする彼の生き方は、一見合理的なように見えて、つねに破綻と裏合わせであるからだ。
人智だけで自然の力を制御できないように、自然の一部である自分自身を理性的に管理しても、収まりきらないものがどんどんと抑圧されてしまう。
いまはハイペースで試合を組むことで、その抑圧を次の戦いのエネルギーに代えている感があるが(ある意味賢明なのだが)、それが計画通りにうまくいくとはかぎらない。このへんの自分の「弱点」をミルコがどこまで自覚できているかがカギだろう。
おそらく順当に進めば、2月に一戦を挟んで、4月にタイトルマッチという青写真は彼の中にもあるはずだが、ストイックな状態を続ける期間が長すぎる。
一番危険なのはむしろ2月のほうだと思われるが、どこかで彼なりの「力を抜く」すべをつかまないと、計画通り行っても、長期政権は難しいだろう。
■吉田秀彦×ルーロン・ガードナー
柔道とレスリングの金メダル対決。ウエイトの違いから吉田不利が伝えられているが、筆者は吉田が腕ひしぎか三角締めで勝利という予想。
イメージしているのは、軽量級の対決ながら、先ごろハワイで行われたホイラー・グレイシーと宮田和幸の柔術×レスリングの一戦だ。
シドニー五輪出場の宮田は、この試合がデビュー戦で、しかも彼のクラスでは並外れたパワーが売り物だったという点で、今回のガードナーと状況が似ていると筆者は感じている。
おそらくガードナーは吉田を何度も投げるだろうし、それなりのダメージは与えるかもしれない。
しかし、宮田が「打撃に力みすぎて予想以上にバテた」というように、慣れない総合の試合は彼のスタミナを予想以上に奪う可能性がある。
また、極め技がないという点もレスリングは不利だ。ポジショニングは体重の分だけ有利だろうが、それはホイラー×宮田戦の展開と同じ。
ホイラーは下からの三角締めで勝利している。吉田も似たシチュエーションでフライにも勝っているし、以上の点からも、不用意に打撃をもらわないかぎり、吉田有利というのが予想になる。
……つづいて、K-1「Dinamite!」の予想。
■曙×ホイス・グレイシー
K-1で「初日」の出ない元横綱の曙が、総合に初挑戦。それがなんとあのホイス……ということで、話題を呼んでいる。
100キロ以上ある体重差が注目されているが、有力選手の集結した直前の会見での「集合写真」を見るかぎり、ホイスは意外に大柄だ。
もちろん簡単にはテイクダウンはできないと思うが、曙が倒れてしまえば、あとはホイスがほぼ100パーセント有利だろう。
曙としては出だしの3分間が勝負だと思っているだろうし、スタミナの十分ある「相撲タイム」でのテイクダウンは、ありえないと思うが、横綱の威信に賭けても阻止したいところだ。
立っていようが寝ていようが、スタミナの浪費は変わらないと思うが、それで言うと長引くほどに曙の動きは鈍くなるだろう。ここらへんは一般論とも変わらないので、この予想を裏切る驚きを見たい気がするが……。
■藤田和之×カラム・イブラヒム
アテネ五輪のレスリング金メダリスト、あのカレリン以来の逸材と言われるイブラヒムの総合デビュー戦。
タックルしてテイクダウンできれば、イブラヒムはずっと上のポジションをキープし、「判定で圧勝」という可能性が高い。
藤田は打撃で活路を見出したいが、それほど技術的なスペシャリストではないので、あっさり倒されるような気がする。
倒されて下からの攻撃もあまりイメージが湧かないし、体格では上回ってもパワーで上回っているとも思えない。どんな戦略でのぞむのか想像がつかないが、何か秘策でもあるのだろうか? 曙同様、イブラヒム有利の予想を、藤田には裏切ってもらいたいが……。
……このほか試合としては、魔裂斗×山本“KID”徳郁、秋山成勲×フランソワ・バッファロー・ボタ、PRIDEの瀧本誠×戦闘竜、安生洋二×ハイアン・グレイシーなどにも、様々な意味で興味はある。ただ、冒頭でも書いたように戦前予想は下馬評とさして変わらないので、ここでは触れない。
興行として見た場合、K-1は上位の試合がどれも短時間で終わってしまう可能性がある。
そこに物足りなさを感じてしまうようなら、大晦日興行としては課題が残るかもしれない。PRIDEはメインの内容次第。スッキリ決着がつかず、選手もファンも納得できないような状況にまたなったとしたら、特にノゲイラの精神的なダメージが心配だ。今後の選手生命にも影響するかもしれない。
2004年12月06日
K-1GP決勝と“疑惑判定?”について
ことしのGP決勝をテレビで見た。まだ新聞報道が中心で、細かい論評の入る雑誌などの発売はこれから。試合の結果と内容、選手のコメントといった基本データから、いくつか感じたことをつづってみたい。
全体に見ると、決勝のボンヤスキー、武蔵の戦いぶりを見るまでもなく、非常に僅差の判定が多かった。当然、敗れたほうの選手は不満だ。
ホーストは「日本的なジャッジに自分は勝利を盗まれた」と怒り心頭のコメント。日本式というのは、次世代のエースと目されるボンヤスキー、日本期待の武蔵、この二人を勝たせたいという意識がジャッジに影響していたという批判だろう。
武蔵に敗れたセフォーも、「K-1はよりアグレッシブに攻撃したほうにポイントがつくはずだ。逃げてばかりの武蔵が勝ったのは、別の意図が働いたとしか思えない」と批判している。
この大会に賭けてきたホーストやセフォーの気持ちはわかる。
しかし、筆者は今回の判定結果はある程度仕方がないと思っている。まず、前にも書いたが、K-1のレベルがここ数年でかなり向上してきている。
「豪快なKO決着がK-1の魅力だ」と言われてきたが、今後は上位の選手同士の対戦になるほど、こうした僅差判定は増えてくる。これは「進化」の一つの結果なのだから、そういうものかと受け止めるしかない。
見る側が目を肥やしていくべきなのである。
また、こうした僅差の判定が頻発する以上、ギリギリの判定の中で「ホームゲームディビション」「判官びいき」「興行的な配慮」が、ジャッジの意識に反映してしまうのも仕方のないことだ。
ジャッジは機械ではない。意識を持った人間が最善を尽くして行うものだ。しかし、意識の背後には無意識がある。客観、中立をいくら心がけようが、決定打がなければ無意識の配慮が反映される。
これは、武蔵に敗れたセフォーなどは特に自覚するべきことだったと、筆者は思う。
数年前の初対決では武蔵を圧倒したセフォーだが、この日の準々決勝は互角の攻防。武蔵に決定的なミスがなかった以上(言い換えれば、セフォーが決定的なポイントを稼げなかった以上)、残念ながら負けと判定されてもそれは認めるしかない。
彼が負けていたとは確かに言いがたいが、勝っていたとも言いがたいからだ。この時点で、判定への不満は説得力を失ってしまう。
サッカーなどでもホームとアウエーの試合がある。純粋な技術や戦術、チームワークが秀でていても、審判のちょっとしたファールのジャッジでホームのチームに有利な状況が生まれる。
よほど意図的なものならば批判は成り立つが、多くのサッカー選手はこの現実を飲み込んで戦っている。
シチュエーションが味方している相手に勝つには、凌駕しているなと思わせる、明確な説得力が必要である。
試合に対する戦略を立てる場合も、当然これを考えなければ、会場の空気まではひっくり返せない。その意味では今回の判定は「許容範囲」のうちであり、誰が見ても酷いというものではなかったのではないか。
ホーストは外国人のジャッジの導入を試合後の会見で提案していたが(K-1の判定は、通常日本人のジャッジが行っている)、それが受け入れられたとしても彼の納得するような結果が生まれるかはわからない。
スポーツと興行は表裏一体のものであり、オリンピックや世界選手権のようなアマチュアの世界でも、「配慮」は働く。
「純粋なスポーツ」などというものは存在しない。対戦相手だけでない「すべて」の状況を理解し、見通した上で戦うことが選手には求められる。
要するに、競技としては大味な感のあったK-1も、そうした一段高いレベルのステージに、いま上ろうとしているということだ。
この背景には、サップや曙、今回のガオグライのような異分子が入り込んだことや、総合のジャンルに進出したことで、各選手のスキルが全体的にアップしたことがある。
K-1をPRIDEと比べ興行論に傾きすぎていると批判する人間もいるが、それは必ずしも当たっていない。
巨大な興行の中で、すべての要素が一体になりながら、同時進行で変わっていくのが、K-1に設定された(石井前館長が設定した)宿命のようなものなのである。PRIDEもその設定を踏襲している。
要はスポーツ興行の本質を受け入れ、パワーに変えられるファイターの出現が、今後、K-1に求められてくる。
強さというより、皮膚感覚での、理解の問題だ。その理解が、K-1を世界的なスポーツ競技に飛躍させる起爆剤になるだろう。