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2005年02月28日

どっちの世界を?〜前田日明、船木誠勝、ふたつの「戦い」(3)

「事件」の起こったのは、1999年11月14日、東京ベイNKホール。
 因縁浅からぬ「UWF系」諸団体の所属選手が参加することで話題を呼んだ、「UFC-ジャパン」大会の全試合が終了し、しばらく経ってのことだったらしい。
 わかりやすく言えば、前田や船木の弟子たちの試合が、この第三者のリングで、いくつか組まれていた。前田はそれを、バックステージで観戦。そして、船木を含めたパンクラスの選手たちも、おなじ会場のべつの一郭(控室など)に陣取っていた。

 一方、「主犯」である安生には、数年前、あるパーティー会場で前田から小突かれ、公衆の面前で恥をかかされた経緯があり(前田に言わせれば、彼の日頃の言動に腹を立てていたということになるが)、その報復の機会をうかがっていたようだ。
 そして、結論から言うと、前田は少々油断をしていた。
 バックステージに不穏な空気が流れていたことは、会場にいた多数の関係者が証言しているが、彼自身、それなりの警戒心はあったにせよ、まさか背後から襲いかかってくるなど、そんな「卑怯な」ことは、まったく予想もしていなかったらしい。
 格闘技雑誌「SRS・DX」の編集長である谷川貞治氏は、この「事件」を詳細に取り上げた誌面のなかで、次のように書き記している。

 あの前田が倒れた。完全に気絶している。……私は走って前田の元へ近づいていった。見ると、頭から血が床に流れ出している。……一瞬、周囲も言葉を失った。誰かが「救急車! 救急車!」と叫んだ。私は前田の体を上に向けなくちゃと思っていると、ちょうど前田と私の間にモーリス(・スミス=格闘家)が割って入ってきた。周囲では、「退って、退って」という声も聞こえてきたし、「囲め、囲め」という声も聞こえてきた。
(「SRS・DX 1999年12月9号」より 文中のカッコは筆者)

 この「囲め、囲め」という声は、当初、パンクラスの選手が発したものだとされたが、社長の尾崎充実氏は、「黒幕説」も含め、キッパリと否定。「選手がピリピリしていて殺気だっていたのは事実」だが、「ウチではありえない」と語っている(ただ、これまでの前田の言動に対して、名誉棄損などの告訴に踏み切った。また安生は、事件から5日後、警察の事情聴取を受け、のちに20万円の罰金を支払っている)。
 まあ、事件について触れるのは、このくらいでいいだろう。
 いずれにしても、「UWF」という3文字のなかには、「夢」や「希望」だけでなく、ドロドロとした人間の「業」が渦巻いていた。そして前田というカリスマが、どういう理由にせよ、昔の仲間から非常に「憎まれていた」ということも……。
 しかし前田は、こんな目に遭わねばならないほど、ひどい人物なのだろうか? 「襲撃」や「告訴」は、当然の報いなのだろうか?

 じつは、かくいう筆者も、リングスで孤軍奮闘をつづける前田に注目を寄せる一方で、その言動に関しては、長い間、トラブルの種以外の何物でもないと思ってきた。つまり、問題をこじらせているのはいつも前田であり、船木たちは、結局いらざる「迷惑」ばかり被っている。彼が不当な言動を慎みさえすれば、こじれた関係も解きほぐれ、団体どうしの「交流」もうまくいくはずではないのか、と。

 たしかに「常識」に照らし合わせれば、それが妥当な結論なのかもしれない。
 しかし筆者は、あるときフッと目からウロコが落ちるように、……必ずしもそうとは言えないのかもしれない、という思いを抱くようになった。はた目には大したことには思われない気もするが、同時に、だからこそ誰もが感じうる「体験」(?)と思われるので、その顛末について簡単に触れさせていただこう。

 それはまだ、前田が「襲撃」を受ける、ずっと前のことだったと思う。
 筆者がいつものようにボンヤリ散歩していると、20〜30メートル先の道路で、実業家風の若い男が、車に乗り込もうとしているのが見えた。
 スラッとした身のこなしに、わりと精悍そうな顔だち。どうやら、仕事の打合せか何かで、目の前の建物(会社?)から、出てきたところらしい。
 と、ここまでは取り立ててふつうの光景だが、車に乗り込んだ彼は、それと同時に、手に持っていたドリンクのパックをポイと路上に捨てた。お気楽な話かもしれないが、こうした「現場」をはじめて(?)目撃した筆者は、一瞬、カーッと血がのぼった。

 ……ああ、アイツ、カッコは一人前だが、こころのなかは最低だな! ああいうやつは、きっと仕事でも似たようなことをしてるんだろう!
 などということを、多分1秒くらいの間に「思った」わけである。しかし、その次に、「よし、あのパックを車のなかに投げ返してやるか」という思いとともに、「でも、相手のガラが悪かったらどうしよう」、という「不安」が生じた。そして、わずかにこころの躊躇した1、2秒の間に、車はサーッと去っていってしまったのである。

 よくあることだと言われればそれまでだが、非常なショックを受けた。
 なぜかというと、人が動くべき「間」というものが、瞬間に訪れ、瞬間に去っていくものだということが、このとき自分のなかで、ハッキリ感じ取れたからだ。しかも、ほんの一瞬躊躇しただけでも、「千載一遇の機会」は取り逃がしてしまう……。
 路上で呆然と立ち尽くしたまま、筆者は、……これは、勇気があるとかないとか、そういう問題ではないのかもしれない。むしろ「勇気を出そう」などとした瞬間、平常心は失われ、「間」は去っていくのではないか? と、感じた。

 ……きっと前田日明なら、躊躇なく身体が動き、そのまま若者の頭をゴツンとぶん殴っているかもしれない。少なくとも、説教のひとつはするはずだ。
 筆者のこころのなかに、このときなぜか、前田の姿が浮かんできた。そして、彼のことがはじめて理解できたような気がした。前後に特別な脈絡があったわけではないが、そうした不思議な「説得力」が胸のなかに押し寄せてきたのである。
 ……ああ、前田という男は、いつも同じところからことばを発している。「思い」と「行為」の回路が、いつも一本につながっているのだ。

 読者のなかには、躊躇した筆者のほうが「常識人」であり、やはり若者の頭を殴る前田は「トラブルメーカー」だと感じる人もいるかもしれない。第一、そんな「間」などほんとうに正しいかわからないし、勘違いだってあるはずではないか。
 ……そう、勘違いもある。失敗もある。だから、前田は「誤解」される。「行動」するからこそ、「誤解」されてしまうのだ。
 もちろん、勘違いや失敗は当然だ、とまでは思わない。しかし、それが「悪い」ことだと、必ずしも言い切れるだろうか?
 どうであれ、筆者はこのとき、ナルホド「誤解」とはこういうことなのか、と肌身で感じた。10代のころから彼のことは見ていたのに、ほんとうは何も見ていなかったのだと、二重のショックを受けたのである。

 筆者はなにも、船木が前田を「誤解」している、と単純に言っているわけではない。ただ、彼らについてあれこれ語る前に、そうした「対立」がひとつの「型」によって引き起こされていることに、まず、気づくべきだと言いたいのである。
 つまり、「現実主義」という型と、「原理主義」という型。
 たがいが自分の「型」のなかで相手のことを見、評価を下している。人と人との関係とは、往々にしてそういう形で進行している。しかし、いったんその「型」から離れる機会を得ると、相手のありのままの姿が見えてくることがある。

 筆者は、自らのささやかな体験を通して、自分は前田のことを見てきながら、むしろ船木の側(=「原理主義」)に立っていたのだと気がついた。その意味では、おなじ「型」のなかにいる船木のほうがよっぽど見える位置にいたわけだが、そういう自覚もなかったため、ロクに見れてはいなかった。どちらに対しても、ひとつの狭い枠のなかで見えていたつもりになっていただけだったのである。
 
 「現実」と「原理」は、切っても切り離せない関係にある。
 しかも、それらの「型」は、彼らだけにとどまらない。そのまま視野を広げていくならば、様々な時代に、様々な形で繰り返されてきたはずである。
 つまり、人は孤立した存在ではなく、たえず何らかの形で、過去の「型」の影響下にある。「現実」と「原理」という、ふたつの「型」を往来している。
 ……意識がひとつほぐれることで、筆者のこころには、そんな思いが次々と押し寄せてきた。……ならば、それをたぐっていけば、前田や船木のもとになった「型」も見えてくるのではないか? あるいは、彼らという「個」を見ていくことで、その背後にひろがる「普遍」そのものと出会うこともできるのでは……

 たとえば、いま筆者の脳裏には、陸上のトラックをぐるっと逆走するかのような感覚とともに、ある時代のある情景が、ボンヤリと浮かび上がっている。
 われわれが生きていた時代の、もうひとつ前の時代。そこで蒔かれた種が、いまこうして芽を出し、また新たな種を生み出そうとしている。……「前田」を生み出した種。……「船木」を生み出した種。それはいったい、どんな形をしていたのだろう? ここからはしばらく、その種について見ていくことにしよう。

投稿者 長沼敬憲 : 2005年02月28日 14:35

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