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2005年02月28日
どっちの世界を?〜前田日明、船木誠勝、ふたつの「戦い」(5)
さて、ここでふたたび現代へと戻り、前田と船木にまつわる話を再開させよう。
前田は、これまでの内容を見てわかるとおり、明らかに嘉納治五郎(=柔道)の「型」を繰り返している。現に彼自身、インタビューなどで嘉納を意識する発言をしており、そうした意味で、「現実主義」路線をひた走っていると言っていい。
もちろん、歴史というものは、ただの繰り返しではありえない。
つまり彼は、柔道のような「世界スポーツ」を、リングスという競技を通じて築き上げようとしている反面、「現実主義」とはあくまで根底に「原理」あってこそ価値があるのだと、文字どおり、現実的に考えることのできる感性を持っている。
なぜなら柔道には、スポーツ化することで、武道本来の「実戦性」を見失ってしまったのではないかという批判がある。例えば近年の「グレイシー柔術」 の台頭などは、「武道がスポーツに呑み込まれてしまった」現実に対する、まさにアンチテーゼというわけである。
(ルールに縛られなければ縛られないほど、「果たし合いに近い」という幻想があると思うんです、という質問に対して)それを言うんだったら、なんでアマレスラーが違うルールで勝てるの? 柔術家が勝てるの? ってなるやんけ。KOK(いわゆる現行のリングス・ルールの通称)は柔術のルールと全然違うやん。でも、その場所や競技で最高のヤツっていうのは、なにをやっても対応できるんだよ。本当の強者っていうのは。でしょ?
(前出、「紙のプロレスRADICAL・NO25」より。文中のカッコは筆者)
こうして見ていくと、前田の方向性はハッキリ読み取ることができるだろう。
要は、柔道のように固定化した競技スポーツを作るのではなく、あくまで選手たちの潜在能力を発揮させられるかどうかを、第一の前提とする。そしてその上で、彼らの技術の進歩に応じて、ルールのほうも変えていく。
つまり、ルールがはじめにあるのではなく、その時点での選手たちの実力が、逆にルールを決めていく。いわばそうした進化を、システムのなかに意図的に組み入れてしまおうと発想するわけである。
おわかりだろうか? こうした発想に立つかぎり、柔道という競技の抱えてきたデメリットは払拭され、競技は無限に進歩していく。時代が一回りした分だけ、すでに嘉納を飛び超えた世界観を手にしていると言えるのである。
では、船木の「原理主義」の先には、植芝盛平が控えているのだろうか?
筆者は、持って生まれた気質としては、ふたりはおなじ系列の人間であると感じている。つまり、物事の本質を突き詰めたがる船木の場合、前田のように「理想を現実とクロスさせる」という発想は、どこか希薄になる傾向にある。
もちろん、どこかで「現実に目覚める」ことで、路線変更することはできる。
しかしそれは、「原理主義者」の視野からは非常に盲点となっており、彼らはあくまでも「突き詰める」方向へと、自然と進みたがる。そうなると、あとはもう植芝のように死線をさまよい(?)、「道を究める」しかなくなるわけだが……。
船木自身、こうした自分の「危うさ」を内心で察知しているのか、あるインタビューのなかで、フッと次のようなことばを口にしている。
ただまあ、あんまり深く考えないほうがいいと思いますよ。あんまり深く考えると、ホント出口がなくなっちゃうし。かといって、「どうせ考え込むだけムダだ」って、ひねくれちゃう人もいますからね。……そういう時は海にでも行って、広く広く。「俺は海に負ける」って(笑)。どんだけ逆立ちしても、海が荒れたら、もうおしまいです。そう思いましたよ。
(「SRS・DX2000年1/27号」より)
どうだろうか? ヒクソン戦後の記者会見における、「格闘技に答えはありませんでしたね。永遠に戦いつづけるのみだと思います」ということばといい、筆者には、いかにも「原理主義者」らしい物言いに思われてならないのだが……。
いずれにせよ、引退した船木は、自らの興した団体=パンクラスを牽引していく役割を担っていくことになるが、さていったい、そこからどこへ向うというのか? 少なくとも、前田のような「ワンマン・プロデューサー」になるとは思えない。やはり現実には、「若手の育成=コーチ業」に力を注いでいくものと思われるが、いずれにせよ、どこまで進んでいくつもりだろうか? そしてそれは、どこまで可能なのか? あるいは、どこかでちがう何かに気がつくのだろうか?
そういう意味で、船木は前田以上に、目の離せない存在と言える。
ちなみに嘉納治五郎と植芝盛平は、嘉納のほうが20ほど年長ながら、たがいの存在を認め合い、尊敬し合う間柄だった。とくに合気道を見学した嘉納は、「これはほんとうの柔道だ!」ということばを残し、弟子を2人入門させたと言われるが……。
果して、前田と船木、リングスとパンクラスの関係は、永遠にこのままなのだろうか? 20年、30年経っても、ずっとこのまま「絶縁状態」がつづくというのだろうか?こんどは、そうした歴史が「繰り返される」のだろうか?
最後に、前田と船木のある共通点(?)をタネに、「現実主義」と「原理主義」の進むべき道すじについて、簡単に見渡してみたいと思う。
その「共通点」とは、すなわち、刀(日本刀)である。
なにより前田は、知る人ぞ知る、玄人はだしの刀剣愛好家であり、いまでは、自分の団体を運営するかたわら、驚くことにプロの刀鍛冶のもとへ弟子入りし、数年後にはみずからも国家試験を受け、その資格を得ようという計画を持っている。
一方、映画好きで知られる船木も、ヒクソン戦では高倉健ばりの着流しに、日本刀(もちろん、真剣)をたずさえ、颯爽と登場。また、口説きに口説かれ出演したという、石井聰互監督の映画「五条霊戦記」では、野武士の役を熱演している。
筆者は、彼らほど(とくに前田ほど)刀剣に愛着を持っているわけではない。
しかし、「現実主義」と「原理主義」について思いを馳せるとき、どうしても、刀剣にまつわる次のことばが浮かんでくる。
それは、植芝盛平の師として先にも登場した、宗教家・出口王仁三郎の残した、「身魂(みたま)磨き」に関することばである。
ここまでのことばに照らし合わせるならば、自らのなかに「現実」と「原理」を統合させていくためのこころのあり方、とでも思えばいい。彼は、その「身魂磨き」には、なにより「汚れ」が伴うとして、次のように語っている。
かの研師が剣を研ぐのを見よ、砥石にかけて錬磨するとドロドロの汚物が出てくる。剣その物もまた汚物に汚れて全く光を失うている。だが磨き上がって研師がサッと水をかけると、三尺の秋水明晃々として鉄をも断つべき名剣となるのである。そのごとく、皆も身魂磨きが終わって、サッと神様から水をかけて頂くと、自分では思いもかけぬ働きが出来るようになってくる。水をかけて頂かねば何も出来はせぬ。せいぜい磨いていただくほど結構である。
(出口王仁三郎「玉鏡」より)
憎しみ、争い、誤解、猜疑、怨恨、……人生に「汚れ」はつきものである。
しかし、それを恐れていたら、「身魂」は決して磨かれない。むしろ、「汚れ」が表に現われるからこそ、自分が磨かれている。それは、人生のスパイスである。王仁三郎は、汚れも悪もみな受け入れ、小さいことに囚われるな、と言っているのだ。
つまり、前田も船木も、決して何かが間違っているわけではない。道から外れているわけでもない。その表面がいくらドロドロに汚れていようが、いくら「汚物」にあふれていようが、ただそれぞれが、おのれの信ずる道を信ずるままに突き進んでいる。そうやって、他ならぬ「自分自身」を磨いているのだ。
……できうることなら、「汚れ」ばかりに目を奪われず、それが人生のすべてだなどと思い込まず、その奥の刀身にこそこころを向けたい。
彼らの「確執」を見つめるたびに、筆者は、そんな思いが浮かんでくる。「現実主義」と、「原理主義」。……ドロドロとした砥石の上でこそ磨かれうるふたつのロマンが、われわれ自身のなかに眠っているのである。
投稿者 長沼敬憲 : 2005年02月28日 15:51