2005年01月23日

大相撲初場所を振り返る

 横綱・朝青龍のダントツ優勝で決まった大相撲初場所。毎日新聞の記事を読んでいたら「横綱とそれ以外」なんて見出しがあったが、まさにそんな感じだ。しかし、水面下では数年先の勢力分布図ができあがりつつある。

 筆者がいまさら言うまでもないが、やはり、横綱のライバルとなりえるのは白鵬だろう。11勝4敗で技能賞。来場所は小結から関脇への昇進は確実だし、その内容次第では「大関昇進の話題も出るかもしれない」と北の湖理事長も発言している。

 面白いのは、全体的に熱戦は少なく、呆気ない相撲内容が多かったこと。相手にすれば力負けしたというより、多分「あれっ」と感じたような負け方ばかり。かといって、小技を弄しているわけでもない。
 本人は首をひねったりしているから、もしかしたら自分でもよくわかっていないかもしれない。しかし、筆者の見る限り、本当に瞬時に、うまい具合に相手のバランスやタイミングを崩し、本格的にぶつかり合う前に勝負を制しているという感じ。古武道の稽古でも見学しているような内容だ。

 横綱もかつてのような荒々しい取り口が後退し、力の使い方が格段にうまくなってきた印象がある。
 格闘技で言えば、関節技が上達したヴァンダレイ・シウバのようなイメージ。エメリヤーエンコ・ヒョードルを彷彿とさせる白鵬と、早くも来場所あたりすさまじい「熱戦」が見られるかもしれない。

 ダントツの横綱、未来を感じらせる白鵬以外は、力士の評価は総じて低かった初場所だが、今後の展開として楽しみな要素はいくつか散見できた。
 とにかくいまは、急激に進む世代交代の過程。栃東は故障さえなければ大関の意地は見せられそうだが(調子がいいと、確かに名人級の相撲を取る)、大関の魁皇、千代大海、三役クラスの若の里、琴光喜あたりは、台頭する外国人力士の踏み台にされていきそうだ。
 このクラスで期待できそうなのは、復活の兆しが見える雅山。他の力士同様、はたきに弱い点は気になるが、入幕当初に見られた体の柔らかさは維持できている。案外あっさりと、大関再昇進を果たすこともあるかもしれない。

 幕内クラスでは、琴欧州を除いた外国人力士はやや苦戦。彼らはそれなりに伸びていくだろうからいいとして、気になるのは日本人力士。
 批判されているが、玉乃島、垣添、追風海などいい相撲を取る力士はいる。しかしそのなかでも、目を引いたのはやはり稀勢の里だ。
 6勝9敗と負け越したが、白鵬同様、未来を感じさせる。年齢(18歳)だけなく、柔らかさがある。順調に行けば、少なくとも年の終わる頃には幕内上位に上がって、横綱とも対戦しているだろう。どれほどの器なのか、見極めていきたいところだ。

 なお、外国人力士ばかりの活躍に不満を感じる人も多いかと思うが、広く見渡せばサッカーも野球も、選手の行き来はすべてボーダレスになって来ている。
 筆者に言わせれば、いま、千数百年前の日本に戻ってきているということだ。国家のシステム(律令制度)が定着する以前は、東アジアレベルでの人々の行き来は、驚くほどさかんだった。

 しかし何百万人の渡来人がやってこようが、日本に住み、その風土や習慣になじんでいけば、彼らはもう「日本人」なのである。正体不明の「国際人」などというものは存在しない。
 相撲界を席巻する外国人力士も、同じことだ。日本の風土や習慣にどっぷり溶け込んでいる彼らを、必要以上に分け隔てても何も見えてはこない。
 血が混じり合うことで、また新しい「日本人」が生まれる。「融合」の時代の一典型が、いま、相撲界でも展開されているのである。


投稿者 長沼敬憲 : 16:21 | コメント (0)

2005年01月12日

白鵬は双葉山を超えられるか?

 国際化の進む大相撲が、最近になって徐々に注目されはじめている。
 横綱・朝青龍も、昇進当初は問題児のように言われていたが、カンロクがずいぶん出てきた。ほかの外国人力士を含め、若手も育ってきている。
 しかし、そのなかでもやはり目を引くのは、モンゴル相撲の横綱を父に持つ、小結・白鵬の非凡さだろう。この数年で朝青龍を超えるどころか、もしかしたらあの戦前の大横綱、双葉山以来の逸材になるかもしれない。とすれば革命としか言いようがないが、そんな言い方も許されるくらいのずば抜けたセンスが、この初場所のわずかな取り組みからも見て取れるのである。

 こうした白鵬の評判は前々から聞いていたが、ある意味身を入れて取り組みを見たのは、思えば今場所が初めてかもしれない。
 初日の対横綱・朝青龍戦。翌日、読売新聞のスポーツ欄をチェックしたが、「横綱が貫禄を見せつけ、あっさり勝利」といった簡単な内容。結果だけ見ればそうかもしれないが、筆者はかなり驚いた。「来年には横綱の可能性も」などと言われてきたこれまでの評価も、確かに間違いでない。数秒間の攻防に、それだけの動きがかいま見れた。

 立ち合いから突っ張りで一気に攻め込んだのは、横綱・朝青龍。並の力士ならあっさり土俵を割るところだったろうが、土俵際でねばり、攻勢に転じる白鵬。
 柔らかい、腰がゴムのように柔らかい。と、この矢先。徳俵からわずかに足が出てしまったため、審判団から手が挙がる。あっけない、残念な幕切れだ。新聞記事のような書き方になっても仕方はない。しかし筆者には、何とも言えない余韻が残った。相撲を見て、こんな不思議な余韻を感じたことはいつ以来だろうか?

 筆者はわりと相撲は好きで、生観戦の経験はないが、テレビでは昔からまめにチェックしてきている。名力士と呼ばれる存在は確かに多数輩出したが、余韻ということで言えば、数年前、あっという間に大関に昇格した雅山が、まだマゲも結えないオールバック状態で幕内を席巻した頃、「こいつは最近にない力士だ」と思ったことがあるくらい。
 当時の雅山は、突き押し相撲が主でありながら下半身が柔らかく、足がよくついてくる。残念ながらその大事な足を故障し、大関から転落してしまったが、当時、そのとらえどころのない強さは、相撲解説者を悩ましていた記憶がある。

 いまでも雅山のことは注目しているが、もちろん同じ柔らかさということでは、白鵬のほうがはるかに上という印象。
 筆者の私見では、相撲とは「どっしりとした腰の強さ」を誇示し合う競技。しかし、近年のように体格ばかり肥大化して、肝心のこの強さを失った力士ばかりになってしまえば、由緒ある大相撲もただの物理的な転がし合いでしかなくなってしまう。
 それがここ数年の相撲人気凋落の根本原因につながっていると言えるわけだが、結果的に外部の血を大幅に受け入れることで、相撲界も化学変化を起こしてきたようだ。

 筆者のイメージでは、白鵬の腰の強さは、PRIDEの現ヘビー級チャンピオン、エメリヤーエンコ・ヒョードルのそれに匹敵する。
 2日目、3日目と取り組みを見たが、白鵬の腰が安定しすぎているため、相手のほうがバランスを崩して勝手に転がってしまうという印象。
 本人はいい相撲ができていないと思っているかもしれないが、それは相手に問題があるということ。3日目に白鵬に敗れて、事実上、綱取りが難しくなった魁皇にしても、正直、「どっしりとした腰の強さ」という点で、かなり見劣りがする。
 おそらく横綱も危機感を持っているはずだ。彼の強さも、年下のライバルを持つことで、これから磨きがかかる可能性がある。

 今後、相撲界は大方の観測通り、外国人力士を中心に番付がどんどんと刷新されていくだろう。日本の強い力士があまり出ないのを残念に思う声もあるだろうが、ある程度の壁ができあがるまでは仕方がない。
 相撲界がレベルアップすれば、それに見合った人材が国内からも入ってくる。できれば身体感覚の意味合い、本質を理解し、稽古法から検討し直すような部屋が出てくると面白いが、そこまで勉強熱心な親方はいるだろうか?
 いずれにしても、格闘技界で言えば、PRIDEに桜庭が出現し、リングスでヒョードルやノゲイラが台頭しはじめた20世紀末の状況と似ている。その頃の状況を知っている人は、気持ちをそこに一度フィードバックしていまの相撲界を眺めると、また違ったものが見えてくるかもしれない。

 *大相撲の「スポーツ」「競技」という枠では括りきれない魅力については、歴史を抜きにしては語れない。
 「サムライ」未収録作となった「番付の中の二つの“日本”」をもとに、上記のような現状分析も含めていずれ発表してみたいと思う。

投稿者 長沼敬憲 : 17:02 | コメント (0)