<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>
<feed version="0.3" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xml:lang="ja">
<title>アストラル・バウト</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/" />
<modified>2006-08-08T04:02:20Z</modified>
<tagline></tagline>
<id>tag:www.thunder-r.net,2009:/astralbout/10</id>
<generator url="http://www.movabletype.org/" version="3.151-ja">Movable Type</generator>
<copyright>Copyright (c) 2006, 長沼敬憲</copyright>
<entry>
<title>桜庭和志、HERO&apos;Sデビュー戦の「ミスジャッジ」の背景にあるもの</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2006/08/heros_1.html" />
<modified>2006-08-08T04:02:20Z</modified>
<issued>2006-08-08T03:39:50Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2006:/astralbout/10.369</id>
<created>2006-08-08T03:39:50Z</created>
<summary type="text/plain">
　たとえて言うなら、あの亀田だってあと1回ダウンしていたら、どんな期待値があろうと負けていたはずだ。今回の桜庭の勝利は、その例えで言えば、「2回もダウンしたのに王者になった」くらい、はっきりとミスジャッジが指摘できるものだと思う。このミスジャッジの背後にある、心理学的と言ってもいい、期待に対する見えないプレッシャー。これを安易に笑ってしまう人は、おそらくイベントの当事者の気持ちはいつまで経ってもわからないだろう。作り上げたものを維持して、続けていく。このうえに「歴史」があるということも、多分、感じ取れない。</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>格闘技</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>　亀田興毅の世界タイトル奪取の3日後、「微妙な判定」が物議を醸すなか、同じTBSで放送された総合格闘技イベント<a href="http://www.so-net.ne.jp/hero-s/"target=_blank>「HERO'S」</a>。<br />
　この大会の最大の目玉は、ライバル団体<a href="http://www.prideofficial.com/"target=_blank>「PRIDE」</a>から電撃移籍した<a href="http://www.so-net.ne.jp/hero-s/06fightersinfo/03sa/09sakuraba/09sakuraba.html"target=_blank>桜庭和志</a>のメインイベントであったわけだが……。</p>

<p>　桜庭は、総合格闘技を日本でメジャーなものにすることに貢献した、パイオニア的なヒーロー。<br />
　亀田一家ほどの影響力はないものの、一時代を築いた彼が新天地でどのような活躍をするか、大会前から期待が集まっていた。<br />
　ところが試合は、開始早々からほぼ一方的な展開。リトアニアからやってきた決して弱くはない（でも、最終的には桜庭の快勝が期待されていた）ファイターの打撃がヒットし、失神寸前まで追い込まれる。</p>

<p>　そう。この試合、実質的に彼の「負け」だった。これは間違いない。たとえば同じシーンで彼が攻撃する側だったら、堂々の秒殺デビューとなったはずだろう。</p>

<p>　ただ、現実はそうはならなかった。レフェリーは、桜庭戦が失神寸前にもかかわらず、ストップを躊躇する。<br />
　戸惑う対戦相手。立ち上がってのちも、足元ふらふらの桜庭。少しずつ意識を取り戻し、反撃。<br />
　そして、最後は関節技で「劇的な逆転勝利」。<br />
　繰り返すが、そこに桜庭を負けさせたくないという意図があったと言われても、否定できない展開だ。</p>

<p>　桜庭を負けさせたくない意図。筆者は勝敗が始めから決まっていたとまでは思わない。<br />
　ただ、彼を負けさせたくない空気が戦前から濃厚にあった。でもそれは、会場の空気だっただろうか？　実際に観衆がそれを望んでいたのか？<br />
　必ずしもそうではないと筆者は思う。<br />
　桜庭は確かに一時代を築いたスターだが、観衆の多くは山本KIDや須藤元気の活躍に魅了された、比較的新しいファン。この二大スターが出場しない大会で、主催者側は新たなヒーローを作り出す必要があった。そのために新しいファン層に、“伝説の男”桜庭の強さをわかりやすく伝えなければならない。<br />
　しかしそうした「期待」を、桜庭は「裏切って」しまう。。。</p>

<p>　ここで筆者が感じること。<br />
　「期待を裏切った」桜庭に対し、おろおろと「狼狽」し、ストップがかけられないレフェリー。<br />
　これはもしかしたら、心理学の領域に属する話ではないかということ。<br />
　レフェリーが感じていたかもしれないプレッシャーは、わかりやすく言えば、テレビ局側のプレッシャーだ。テレビ局はいわば大口のスポンサーであり、大会を成功させ、視聴率の取れる優良コンテンツに育て上げるため、世間に「総合格闘技の魅力」をわかりやすい手法で伝えることを仕事にしている。</p>

<p>　テレビの向こうには、顔の見えない大衆がいる。<br />
　テレビ中継をイベントの中心に据えているかぎり、多かれ少なかれ、「理想的な展開」（ここではニューヒーロー桜庭の劇的勝利）というプレッシャーに関係者は縛られる。難しい話だ。部外者は馬鹿らしいと感じるかもしれないが、筆者はそうは思いたくない。</p>

<p>　いいものがあり、人がそれに感動すれば、多くの人に広めたいと思う。そうした意識の結果として、テレビメディアのような媒体は発達してきた。<br />
　いいものを多くの人に伝える手段として、映像が最も強力であることは誰もが知っている。メディアを否定し、揶揄するのは簡単だ。しかしそれは多くの場合、ただの力ない皮肉で終わってしまう。</p>

<p>　さて、話を試合に戻そう。人のやることには、予想外のケースはいくらでもある。ある程度の「過剰な演出」はあっても構わないが、しかし、たとえばすべての選手がベストのコンディションで、死力を尽くして戦ったとしても、その「過剰な演出」を裏切る「期待外れの凡戦」はある。<br />
　「そういうこともある」（つまり、桜庭の秒殺負けもある）というリアリティを、不特定多数の人が見ているテレビ媒体（地上波）で、必要以上に加工を施さずに伝えることは可能だろうか？<br />
　メジャーになりつつある格闘技界は、そろそろそうしたことを考える段階に来ている。　<br />
　ちなみにこの意味で言えば、亀田の世界戦も「判定負け」で良かった（それがリアリティだ）という意見もあるかもしれない。<br />
　ただ、筆者の目から言えば、あれは全然誤差の範囲内であり、「地の利」や「世間の期待値」が加味されて亀田勝利になることは、また別の意味でリアリティだと思っている。桜庭の場合と似ている要素はあっても、一緒にはできない。<br />
　<br />
　たとえて言うなら、あの亀田だってあと1回ダウンしていたら、どんな期待値があろうと負けていたはずだ。<br />
　今回の桜庭の勝利は、その例えで言えば、「2回もダウンしたのに王者になった」くらい、はっきりとミスジャッジが指摘できるものだと思う。</p>

<p>　このミスジャッジの背後にある、心理学的と言ってもいい、期待に対する見えないプレッシャー。<br />
　これを安易に笑ってしまう人は、おそらくイベントの当事者の気持ちはいつまで経ってもわからないだろう。作り上げたものを維持して、続けていく。このうえに「歴史」があるということも、多分、感じ取れない。</p>

<p>　テレビ主導の<a href="http://www.so-net.ne.jp/feg/k-1/top.htm"target=_blank>K-1</a>やHERO'S（ともに運営母体は同じ）は、あくまでもこうした現実をふまえて、「より良いもの」を築き上げていく立場にある。<br />
　テレビ局（フジテレビ）から突如、契約解除が通告されたライバル団体・PRIDEとは、もともとカラーがくっきり異なってはいたが、この先さらに対象的な道を歩んでいくことになりそうだ。</p>

<p>　二つの道（可能性）を同時体験できる日本の格闘技界は、やはりいろいろな意味で「進んでいる」と思う。</p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>「強運」だからこそ経験できること〜ジーコジャパン・ブラジル戦を前に</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2006/06/post_22.html" />
<modified>2006-06-22T07:03:52Z</modified>
<issued>2006-06-22T07:01:25Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2006:/astralbout/10.368</id>
<created>2006-06-22T07:01:25Z</created>
<summary type="text/plain">短所は長所にも通じるものだ。日本代表の批判されている部分は、同時に日本人の良さにもつながっている。いまの豊かさの恩恵を受け、他国がうらやむような環境のなかで生活をしていながら、それを作り上げた力を否定的にしか見ないのは、これもまたバランス感覚に欠けている。大事なのは力の良い面を打ち消すのではなく、そこにプラスアルファ、世界でも戦える新しい能力、つまり、強い意思を加えること。彼らはかなり難しいことに取り組んでいる。しかし意思を持って取り組んでいる以上、理解しながら見守っていく必要がある。</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>サッカー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>　まさかの逆転負けを喫したオーストラリア戦。後がない状況の中、辛うじて引き分けに持ち込んだクロアチア戦。<br />
　そして、明日の早朝（日本時間）が予選ラウンドラスト、ブラジル戦。世界王者相手に２点差以上で勝たない限り、決勝トーナメント（ベスト16）には進めない。すでに報道されているように、ジーコジャパンが「がけっぷち」に立たされている。</p>

<p>　ブラジル戦で日本が「奇跡の勝利」を挙げられるか、筆者にはわからない。ジーコ自身が言うように「かなり難しい」、「しかし可能性があるなら、髪の毛一本の可能性でもしがみつく」。その通りだろう。</p>

<p>　いずれにしても、筆者が思うこと。それは、ジーコという人間の、サッカー人としての類い稀なる「強運ぶり」だ。<br />
　言うまでもないが、ジーコはサッカー王国・ブラジルで、ペレにも匹敵する国民的英雄として知られている。その彼が、よりによって、母国と同じグループに抽選で振り分けられた。しかも、戦うのは絶体絶命の窮地に立たされた最終戦だ。<br />
　このような状況は、なかなか望んでも実現できるものではない。その「ありえなさ」にまず、気づく必要がある。</p>

<p>　<a href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2006/06/post_21.html"target=_blank>前回のブログ</a>でも書いたように、日本サッカー協会がジーコを通して代表に学び取ってほしいと意図したことは、この種の“強運”をも引き寄せてしまう、「個としての強さ」であったと筆者は思う。<br />
　戦術や技術について、得意の組織プレーを駆使して戦えば、あるいは日本はもう少し“楽な戦い方”ができたかもしれない。そういう意味で、もっと優れた監督は、探せばいただろう。<br />
　しかし、仮にも「50年以内に世界一を目指す」という壮大なビジョンを、日本のサッカー界は“公約”にしているわけだ。世界レベルを肌で体感してきたジーコから、技術や戦術を学ぼうと考えること自体、おかしな話ではないだろうか？</p>

<p>　もちろん、もしブラジルに敗れ、予選ラウンドでの日本の敗退が決定したら、ジーコや彼を選んだサッカー協会には批判が集まるだろう。<br />
　そうなる前にここで言及しておきたいのは、ジーコが要求してきた“個としての強さ”は、そうそう簡単に身につくものではないということだ。</p>

<p>　ジーコには、オーストラリア代表監督のヒディングのような、戦術面での明確なビジョンも、柔軟な思考回路もおそらくは持ち合わせていない。その点は、素人目にも両国の対戦から感じとることができた。<br />
　しかし、それは初めからわかっていた（彼には要求できない）部分でもあると、筆者は書いてきた。<br />
　ジーコジャパンは、そのような（ヒディングのような“名監督”が駆使するレベルの）戦術や戦略もなしに、ほとんど素手に近い状態でこの４年間戦ってきた。そのやりかたでアジア王者になり、ワールドカップの本戦に出場した。このこと自体、戦術という“鎧”に頼って戦っていた日本代表にとって、非常に貴重な経験だったと評価できるのではないか？</p>

<p>　繰り返すが、アジアではその個の力で（素手で）勝ち抜けた。そしていま、次のステップとして、世界レベルで個の力が試されている。それも、「予選の最終戦でブラジルに２点差以上で勝たないとならない」、そこまで追い詰められた、最も厳しいと言っていい状況の中で……。<br />
　類い稀な「強運」を持ち合わせたジーコだからこそ、この現実が引き寄せられた。それはただネガティブなことなのだろうか？</p>

<p>　結果を見て批判をするのは、簡単なことだ。しかし、ただある「部分」だけに目を向けて、そこから問題を取り出して、劣っている、駄目だと指摘したところで、たとえばサッカー協会の関係者（つまり、組織を運営する側）は「そんなことはわかっていた」と思うだけだろう。<br />
　それよりも、彼らの挑んでいることの困難さを、まず理解するべきだと筆者は思う。困難を承知で、でもトライしなければならないこともある。問題はその意思が、どこまで感じとれるかということだ。<br />
　筆者は、その意思が変質し、歪みを感じた時だけ批判をする。意思を試した結果が悪かったという理由で、その過程のすべて、あるいはその意思そのものを否定したりすることは、無責任なことだと思えるからだ。</p>

<p>　ピンと来ない人もいるかもしれないので、少し俯瞰した言い方してみよう。<br />
　日本人には、サッカーを通じても露呈されたように、自我を押し通す強固な意思、精神力というものが、先天的に欠けている面がある。<br />
　それは、平和な時代が続いた戦後60年だけに限った話ではない。確かに昔の人のほうが、今よりも「たくましかった」かもしれないが、それでも長きにわたって“和の国”と呼ばれてきた国柄だ。<br />
　自我を出さずに、相手を思いやり、武士の情けでとどめを差さない。そんな「優しさ」のメンタリティーを、歴史のいたるところで見て取れる国が、その対極にある能力の要求されるサッカーという競技で、一流を（究極の理想としては世界一を）目指している。</p>

<p>　考えてみてほしい。短所は長所にも通じるものだ。日本代表の批判されている部分は、同時に日本人の良さにもつながっている。<br />
　いまの豊かさの恩恵を受け、他国がうらやむような環境のなかで生活をしていながら、それを作り上げた力を否定的にしか見ないのは、これもまたバランス感覚に欠けている。<br />
　大事なのは力の良い面を打ち消すのではなく、そこにプラスアルファ、世界でも戦える新しい能力、つまり、強い意思を加えること。<br />
　彼らはかなり難しいことに取り組んでいる。しかし意思を持って取り組んでいる以上、理解しながら見守っていく必要がある。</p>

<p>　サッカーだけに限った話ではない。なにしろ一国の代表である小泉首相ですら、先般、北朝鮮のミサイル開発に対して決意を表明する際、「アメリカと協議して」と言ってしまう。日本はそういう「弱い国」でもある。<br />
　私はこう思う、こうしたい。このように意思を表明することと、和を保ち、周囲との調和を図ることは、じつは矛盾はしない。にもかかわらず、いまの多くの日本人は、それを難しい、あるいは怖いと感じている。<br />
　あなたはどうだろうか？　日常の中で、仕事を通じて、自分の「こうしたい」をきちんと伝えられているだろうか？　和ばかりに傾いていないか？</p>

<p><br />
　ともあれ。あと数時間で始まる日本×ブラジル戦は、いろんな意味で「これから」が見えてくる、大事な一戦になるかもしれない。<br />
　変わりつつある日本の片鱗が少しでも見えたら、筆者はまずそれで評価したいと思う。「奇跡」が実現したらもちろんうれしい。しかし同時に、その意味するところも理解して、次の展開を待つことになるだろう。<br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>ジーコが日本代表に伝えたもの〜身体論・ハラ感覚からひもとくワールドカップ</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2006/06/post_21.html" />
<modified>2006-06-22T07:05:01Z</modified>
<issued>2006-06-09T11:31:23Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2006:/astralbout/10.367</id>
<created>2006-06-09T11:31:23Z</created>
<summary type="text/plain">日本は外部の力をうまく活用することで、過去の歴史において幾度も自己の能力の掘り起こしに成功してきた。監督経験のない（明確な戦術のない）ジーコが選ばれた理由。それは、日本人がかつて明瞭に持っていたものを掘り起こし、呼び戻すプロセスと重なってくる。日本代表は、文字どおり、日本の代表なのだから、彼らが学んだプロセスは何らかの形で我々の日常に還元される（影響を及ぼす）だろう。</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>サッカー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>　サッカーのワールドカップドイツ大会が目前に迫ってきた。“ブラジルの英雄”ジーコ率いる日本代表は、予選ラウンドを突破できるのか？　できたとして、どこまで勝ち進むことが可能か？　注目が集まっている。</p>

<p>　筆者は、これまでも何度か書いてきたが、生粋のサッカーファンではないし、専門のライター、評論家ではない。もともと身体論という、従来のスポーツジャーナリズムとは異なる視点を持ってきたこともあり、同じものを見ながらも、彼らの見解とは少々違ったことを感じている。<br />
　今回は、その点について解きほぐしてみたいと思う。</p>

<p>　まず、ワールドカップについてあれこれ語る前に、いまの日本代表をどう評価したらいいのか？　という、一番ベーシックな部分に注目してみよう。<br />
　これは、代表が監督であるジーコの構想をベースに作られてきたものである以上、ジーコを監督に選んだサッカー協会の選択は妥当だったのか？　と問いかけたほうが視点がより明確になる。<br />
　ただネームバリューがあるから、日本とのつながりが濃かったから、あるいは他に適任者が見つからなかったから選んだのか？　こうした要素も少なからずあったかもしれないが、しかし、これだけだとしたら、大会でどんな成果を上げようと、すべて泥縄式にすぎなかったことになる。これでは未来につながらない。評価としては、「最悪」ということになる。</p>

<p>　結論を先に言えば、筆者はジーコを監督に選んだサッカー協会の判断は、きわめて妥当なものだったと思っている。もちろん、予選ラウンドを突破できなければ、ジーコにも、協会にも、厳しい批判は集まるだろう。<br />
　しかし、そうなったとしても、選んだ時点での意図や狙いまで否定はできない。結果が出てしまう以前に、こうした話をするのも、そのほうがより公平に原点の部分をジャッジできると思われるからだ。</p>

<p>　では、実際にどんな意図があったのかということだが、筆者は、オフィシャルに語られている部分よりも、協会の関係者が「ジーコがいいんじゃないか」と感じた時の、（理論化される前の）感覚をイメージしたほうが、本質は見えてくると思っている。<br />
　どういうことかというと、前任の監督であるトルシエは、よく知られるように、ガチガチの理論重視タイプ。その彼が４年にわたって作り上げてきたものを、どう発展させていくか？　そうした発想の中で最終的に選ばれたのがジーコだったことだ。</p>

<p>　理論派のトルシエに対して、ジーコは規律よりも自由、戦術よりも選手の自主性を重視する指導法を採ったとされている。個性尊重のブラジルスタイルなどとも言われたし、逆に明確な戦術がないという「弱点」は、専門家たちの間では、それこそ毎回のように批判の的となってきた。</p>

<p>　そもそも、ジーコには監督としての経験はまったくない。そのことは初めからわかっていたわけだから、戦術の部分でジーコを批判するのは、じつは的を得ていない。ジーコにすれば、「それもわかった上で自分を選んだのだろう！」という思いがあって当然だからだ。代表監督になって、慌てて戦術を学ぶような人物だったら、それこそ彼の権威は失墜してしまう。</p>

<p>　繰り返しになるが、であるにもかかわらず、なぜジーコは選ばれたのか？　ジーコにはいったい何が期待されていたのか？　問われるのはその点だ。<br />
　筆者はそこに、それまでの日本代表に欠けていた<a href="http://www.thunder-r.net/shintairon/hara.html"target=_blank>「ハラ」という感覚</a>を当てはめたいと考える。世界的な名選手であったジーコは、監督としての実績も、高度な戦術を編み出すスキルも欠けていたかもしれないが、それを上回って余りある才能を持っていた。それが、「ハラ感覚」あったと感じられるからだ。</p>

<p>　ハラが据わるという言葉があるように、それは何があっても動じない強い精神力、不動心、あるいはそうした感覚に裏打ちした体幹の強さなどに表される。<br />
　ジーコをハラとしたら、トルシエはアタマだ。トルシエは、理論によって日本代表を育て上げることで、国際舞台で戦える状態にまで仕上げた。前大会でベスト16という結果を残すことができた。<br />
　しかし、それは戦えるというだけで、勝てるということと必ずしもイコールではなかった。</p>

<p>　たとえば、日本代表に試す戦術として、トルシエの「フラット３」以上に優れたプランもあったかもしれない。しかし、より優れた戦術を採用できても、だから「より勝てる」とは限らない。そのへんの壁をサッカー協会の幹部は感じ取ったのではないだろうか？<br />
　この壁を破るには、戦術などものともしない、個の力が求められてくる。身体論で見た場合、それはハラという感覚になる。</p>

<p>　ジーコに求められたものは、だから、細々とした戦術ではないし、そうした部分での試合運びに稚拙さがあったとしても、繰り返すが、それは「初めからわかっていたこと」。限られた条件の中で必要以上の「無い物ねだり」をしても、それは批判に値するかわからない。<br />
　それよりも、ジーコがいまの日本代表に伝授できるものは何か？　それは実際に伝授できているか？（できたのか？）　この点に着目した方が、ある意味結果を問うこと以上に生産的と言えるはずだ。</p>

<p>　そして、そのように見た場合、ジーコはおのれの使命をかなりの度合いで果たしたように思う。この４年間で日本代表のハラは（国際レベルに肉薄できるくらいには）安定してきたように感じられる。<br />
　よく語られるのは、アジアカップを制した時のような、試合終了のギリギリまであきらめない強靭な精神力。どこがどう強いというわけでもないのに、何かしらの可能性を（相手から見た妙な不気味さ）を感じさせるのは、４年前には見られなかった点だ。</p>

<p>　念のために言っておくならば、ハラという感覚は、抽象的な概念（たとえ）ではなく、実際に感じ取れるものであり（だから感覚という）、意識して養えるものでもある。ただ、それを理屈で指摘しても、実際に身体に染み込まなければ、自分の力にはなれない。だから、この感覚を持った指導者のもと、実戦を積んでいく必要が出てくる。</p>

<p>　日本は外部の力をうまく活用することで、過去の歴史において幾度も自己の能力の掘り起こしに成功してきた。監督経験のない（明確な戦術のない）ジーコが選ばれた理由。それは、日本人がかつて明瞭に持っていたものを掘り起こし、呼び戻すプロセスと重なってくる。<br />
　日本代表は、文字どおり、日本の代表なのだから、彼らが学んだプロセスは何らかの形で我々の日常に還元される（影響を及ぼす）だろう。</p>

<p>　さて、いよいよワールドカップ開幕だが、そんなふうにして新しい力を身につけた日本代表は、その身につけた成果をどこまで発揮できるだろうか？　グループＦは名うての強豪国ぞろい。世界標準で力を試す、絶好の機会ととらえることができる。</p>

<p>　各試合の展望も、ハラという視点で行ってみると、じつはかなり面白いものが見えてくる。<br />
　初戦のオーストラリア戦などは、ジーコとヒディングという両監督の、ハラの戦いという感じだ。それぞれ弱点を抱えており（日本は体力で劣る、オーストラリアは急きょ監督に就任したヒディングの促成栽培の感が否めない、など）、おそらく戦況は五分。最後に勝敗を分ける部分、それはもう言うまでもなく、技術や戦術などではないということだ。選手にどれだけのものを伝えられたか？　両監督のメンタルな技量が問われてくる。</p>

<p>　よく言われているように、初戦のオーストラリア戦に勝てるかどうかが、予選ラウンド突破のカギ。ここでハラの戦いを制した時、クロアチア、ブラジル戦に向けてハラ的な展望が見えてくる。<br />
　一戦ごとに対戦国のグレードがアップする点も興味深い。このような組み合わせを引き当て、しかも第３戦で母国ブラジルと戦うという運命的な巡り合わせは、ジーコの持つ理論を超えた、不思議な強さを感じさせる。</p>

<p>　つまりは最高のお膳立てが整えられていることが見えてくるが、この用意された舞台で自分の力を出せるかどうか？　そう、ここでも問われるのがハラなのである。<br />
　大会後のポストジーコ体制は、再び戦術重視の監督によって、さらにハイレベルなものが要求される段階に突入すると予想するが（サッカー協会が賢明ならばそう発想すると思われる）、今大会のテーマはあくまでもハラ。ここに運の強さも加味するならば、予選ラウンドの突破は可能と見るが、果たして？</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>11.19「K-1GP決勝」を見た</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/11/1119k1gp.html" />
<modified>2005-11-21T02:20:05Z</modified>
<issued>2005-11-21T00:46:46Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2005:/astralbout/10.323</id>
<created>2005-11-21T00:46:46Z</created>
<summary type="text/plain">
それが肋骨を折ってアーツが棄権。リザーブファイトを制したクラウベ・ファイトーザが準々決勝に進出。……おそらくこの対戦相手の変更が、武蔵の勝ち運を奪ってしまった。トーナメント全体を見渡せば、もう一方のブロックでレミーがシュルトにKO負け。そして武蔵も、シュルトと同じ空手系の、しかも激しい（変則的な）飛び技をもったクラウベに、「不用意に打撃をもらって」敗退。今後のK-1を考えると、これはある種の天意が働いたようにも思えてしまう。


</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>格闘技</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>“影の優勝候補”セーム・シュルトがパーフェクトと言っていい勝ちっぷりで栄冠を手にした、ことしの<a href="http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/k1/live/200511/19/index.html"target=_blank>K-1GP</a>。<br />
筆者もテレビで観戦。先日の直前予想をもとに、大会を振り返ってみたい。<br />
（青字が前回の予想部分）</p>

<p><font color=blue>カギになるのは、第1試合のレミー×ホンマン。</font></p>

<p><font color=blue>なにしろ、戦前にさんざん挑発され、「名誉」が傷つけられているホンマンは、勝敗以上にレミーを潰しにかかる意図が見える。<br />
しかも、レミーが勝ったとしても、次は影の優勝候補と目されるセーム・シュルトとの対戦の可能性がある。<br />
2戦連続の大男……。勝ってもその先にさらに決勝が待っている。<br />
レミーにとってはかなり厳しい組み合わせ。<br />
どんなハプニングがあろうが（前述のホーストのような）この組み合わせでV3が飾れたなら、彼の強さは“本物”と認められるだろう。</font></p>

<p>残念ながら、最初のハードルをクリアしたレミーだが、次のシュルトに完敗。<br />
最終的にシュルトが優勝を飾ったことで、レミーや武蔵の戦法に象徴される、ここ数年のK-1のファイトスタイルは大きく変化しそうな予感がする。</p>

<p>レミーと武蔵に共通していたのは、ポイントを稼ぎ、負けない試合に徹する戦法をとっていた点。<br />
KO決着を望むファンからすると物足りなさがあっただろうが、K-1ファイターは草創期から比べればはるかにレベルアップし、技術が拮抗している。<br />
そうした実力者どうしのなかでコンスタントに勝ち抜くには、リスクを避け、ディフェンス力を強化するのは常道にも思える。</p>

<p>フライングニーを中心に派手な飛び技を武器にしてきたレミーも、王者になってからは両腕でがっちりガードを固め、コツコツとローを叩き込むような戦法に変化した。<br />
シュルトに破れたレミーが、奇しくも「プレッシャーから解放された」と語っていたように、負けない戦い方をずっと強いられてきたのだと思う。</p>

<p>これを「そんなファイトスタイルはやめて、正々堂々と打ち合いをすべきだ」と批判しても意味がないことは言うまでもないだろう。</p>

<p>そう。レミーや武蔵の現在進行形のK-1ファイトスタイルを凌駕する（つまり、さらにレベルアップした）戦い方ができるファイターが現れないことには、この膠着状態からは抜け出せない。<br />
シュルトは、結果としてそれをやってのけたことになる。</p>

<p><br />
<font color=blue>一方のホンマンだが、前回のサップ戦で意外なスタミナのなさと、ローキックへの無防備さが露呈してしまったが、正直、短期間での修正は難しい気がする。<br />
ホンマンもそのことは、どこかで感じているのではないか？　今回は勝利よりも、明らかにレミー潰しを狙っている。<br />
で、そのうえで勝ち上がったとしたら……シュルトとの“大男対決”？？<br />
そうなると、技術の正確さからシュルトが有利な気がするが……。</font></p>

<p><font color=blue>ちなみにホンマンの場合、本人にとってはイヤな話だろうが、見る側の興味としては、いつダウンするのか？　いつKOされるのか？　というものがあると思う。<br />
最初のレミー戦か、次の準々決勝か……。<br />
もしかしたら、その前後の時間帯が瞬間最高視聴率になるかも。</font></p>

<p><br />
敗れたとはいえ、ホンマンは思った以上に試合ができたというのが、筆者の印象。<br />
その分、デビュー当時のサップのような“予測を超えた無茶苦茶さ”がなかったため、レミーにポイントを奪われ、攻略されてしまった格好だろう。</p>

<p>とはいえ、あの体格であの動きはやはり逸材。<br />
次戦は、今回実現できなかったシュルトとのスーパーファイトが実現したら面白い。<br />
ホンマンはこの一戦で、「瞬間最高視聴率」レベルの？豪快なKO負けをするかもしれない。しかし、シュルトと豪快な打ち合いをすれば、「もしか？」の展開もありえる。<br />
少なくとも大味な大男対決にはならない気がする。</p>

<p><br />
<font color=blue>というわけで、筆者はこのブロックの本命はレミー、対抗はシュルトと考える。<br />
シュルトに関しては、1回戦のセフォー戦がちょっとしたチェックポイント。この試合にあっさり勝ってしまうと（セフォーを完封してしまうと）、優勝候補の本命に昇格かなという気がするが……。</font></p>

<p><br />
書いた通りになりましたな。笑。</p>

<p><br />
<font color=blue>では、もう一方のブロックはどうか？<br />
正直、このブロックは武蔵に有利な組み合わせに筆者には映る。対戦相手のカラエフは強いが、武蔵は相手の攻撃をいなすタイプ。<br />
いい試合になってほしいとは思うが、結果は順当に武蔵の判定勝ち。</font></p>

<p><font color=blue>で、その前のレ・バンナとアーツの“旧世代大物対決”だが、もしかしたらこの試合の勝敗が一番読みにくいかもしれない。<br />
とはいえ、アーツはやはりすねの傷が気になるが、何となく最近は勝ち運がある。レ・バンナは最近とみにスキルアップ、パワーアップしている感があるが、逆に勝ち運が薄いような……。</font></p>

<p><br />
このへんも、ほとんどパーフェクトな予想。笑。</p>

<p><br />
<font color=blue>その意味で有利なのはアーツ。<br />
ただ、どちらが勝ち上がっても、準決勝では案外武蔵が順当に勝利をおさめる気がする。<br />
いまのK-1はハードパンチャーより、いなせる技術を持ったファイターに軍配が上がりやすい。<br />
これまで不用意に打撃をもらって相手に主導権を奪われていた武蔵だが、最近ではそのへんが修正されているので……。</font></p>

<p><br />
アーツはここ最近いい戦い方をしていたので勝ち上がるとは思っていた。<br />
しかし、パワーファイターのレ・バンナ相手に接戦になるだろうから、スタミナ面で武蔵に有利になると思っていた。</p>

<p>それが肋骨を折ってアーツが棄権。リザーブファイトを制したクラウベ・ファイトーザが準々決勝に進出。<br />
カラエフ戦で予想以上に体力を消耗していた点もあるだろうが、おそらくこの対戦相手の変更が、武蔵の勝ち運を奪ってしまった。</p>

<p>トーナメント全体を見渡せば、もう一方のブロックでレミーがシュルトにKO負け。<br />
そして武蔵も、シュルトと同じ空手系の、しかも激しい（変則的な）飛び技をもったクラウベに、「不用意に打撃をもらって」敗退。</p>

<p><br />
<font color=blue>というわけで、筆者の決勝の対戦予想は、3年連続のレミー×武蔵戦！<br />
もちろんそうはならない可能性も無数にあるが、ことしのトーナメントの軸はやはりこの二人にあるというのが、筆者の見方。</font></p>

<p><font color=blue>つまり、本命1のレミーを崩すトリックスターがホンマン。<br />
本命2の武蔵を崩す、やはりトリックスターがカラエフ。</font></p>

<p><font color=blue>で、勝ち抜いた場合、大きな試練として立ちはだかるのが、レミーの場合、シュルト（あるいはセフォー）、武蔵の場合、アーツ（かレ・バンナ）。</font></p>

<p><font color=blue>この試練を乗り越えて、あとは精神力で戦うのが3年連続の決勝戦。</font></p>

<p><br />
筆者の戦前の構図は途中できれいなくらいに崩れ、しかも、両者のファイトスタイルとは対極的なシュルトとクラウベの決勝戦。<br />
今後のK-1を考えると、これはある種の天意が働いたようにも思えてしまう。</p>

<p>シュルトは、総合（PRIDE）でヒョードルやノゲイラ、ハリトーノフに完敗しているので、正直な話、筆者のなかではかなり商品価値が落ちていて（失礼！）、あまりプッシュする気になれなかった。<br />
しかし、今回のGPであれだけ圧倒的な勝利を得た以上、これから立ち技の世界では明らかに台風の目になっていくだろう。<br />
<a href="http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/k1/column/200511/at00006705.html"target=_blank>谷川プロデューサー</a>はクラウベとの決勝戦を「地味」とも評していたが、テレビメディアとしても、ようやく取り上げやすい存在になったと言える。</p>

<p><br />
<font color=blue>ちょっとKO決着はなさそうな……。</font></p>

<p><br />
シュルトが決勝に上がるとしても、KO決着は決勝くらいと思っていた。<br />
その点、いい意味で予想を裏切られたわけで、そう感じた人が多かったならイベントとして「大成功」だったのではないだろうか？</p>

<p>ともあれ、K-1に“絶対王者”が生まれることで、イベントとしてのカラーは見えやすくなった。<br />
来年以降（大晦日も含め）、どんな仕掛けをしていくのかなかなか楽しみではある。<br />
<br></p>

<p></p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>11.19「K-1GP決勝」を直前予想する</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/11/1126k1gp.html" />
<modified>2005-11-19T05:56:58Z</modified>
<issued>2005-11-19T05:20:08Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2005:/astralbout/10.321</id>
<created>2005-11-19T05:20:08Z</created>
<summary type="text/plain">
カギになるのは、第1試合のレミー×ホンマン。これが数年前のGPのホースト×サップ戦に不思議なくらいダブることは前に書いた通り。このときはホーストがまさかのKO負け、しかしサップの負傷により準決勝に繰り上がり、そのままなんと優勝までかっさらってしまった（ホーストはV4達成）。今回もこんなドラマの予感がプンプンする。なにしろ、戦前にさんざん挑発され、「名誉」が傷つけられているホンマンは、勝敗以上にレミーを潰しにかかる意図が見える。
</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>格闘技</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>間近に迫った<a href="http://www.so-net.ne.jp/feg/k-1/top.htm"target=_blank>K-1GP決勝</a>の直前予想を、普通に行なってみます。</p>

<p>カギになるのは、第1試合のレミー×ホンマン。<br />
これが<a href="http://www.so-net.ne.jp/feg/database/20021207rslt.html"target=_blank>数年前のGPのホースト×サップ戦</a>に不思議なくらいダブることは前に書いた通り（→<a href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/09/923k1gp_1.html"target=_blank>こちら</a>を参照）。このときはホーストがまさかのKO負け、しかしサップの負傷により準決勝に繰り上がり、そのままなんと優勝までかっさらってしまった（ホーストはV4達成）。今回もこんなドラマの予感がプンプンする。</p>

<p>なにしろ、戦前にさんざん挑発され、「名誉」が傷つけられているホンマンは、勝敗以上にレミーを潰しにかかる意図が見える。<br />
しかも、レミーが勝ったとしても、次は影の優勝候補と目されるセーム・シュルトとの対戦の可能性がある。<br />
2戦連続の大男……。勝ってもその先にさらに決勝が待っている。<br />
レミーにとってはかなり厳しい組み合わせ。<br />
どんなハプニングがあろうが（前述のホーストのような）この組み合わせでV3が飾れたなら、彼の強さは“本物”と認められるだろう。</p>

<p>一方のホンマンだが、前回のサップ戦で意外なスタミナのなさと、ローキックへの無防備さが露呈してしまったが、正直、短期間での修正は難しい気がする。<br />
ホンマンもそのことは、どこかで感じているのではないか？　今回は勝利よりも、明らかにレミー潰しを狙っている。<br />
で、そのうえで勝ち上がったとしたら……シュルトとの“大男対決”？？<br />
そうなると、技術の正確さからシュルトが有利な気がするが……。</p>

<p>ちなみにホンマンの場合、本人にとってはイヤな話だろうが、見る側の興味としては、いつダウンするのか？　いつKOされるのか？　というものがあると思う。<br />
最初のレミー戦か、次の準々決勝か……。<br />
もしかしたら、その前後の時間帯が瞬間最高視聴率になるかも。</p>

<p>というわけで、筆者はこのブロックの本命はレミー、対抗はシュルトと考える。<br />
シュルトに関しては、1回戦のセフォー戦がちょっとしたチェックポイント。この試合にあっさり勝ってしまうと（セフォーを完封してしまうと）、優勝候補の本命に昇格かなという気がするが……。</p>

<p>では、もう一方のブロックはどうか？<br />
正直、このブロックは武蔵に有利な組み合わせに筆者には映る。対戦相手のカラエフは強いが、武蔵は相手の攻撃をいなすタイプ。<br />
いい試合になってほしいとは思うが、結果は順当に武蔵の判定勝ち。</p>

<p>で、その前のレ・バンナとアーツの“旧世代大物対決”だが、もしかしたらこの試合の勝敗が一番読みにくいかもしれない。<br />
とはいえ、アーツはやはりすねの傷が気になるが、何となく最近は勝ち運がある。レ・バンナは最近とみにスキルアップ、パワーアップしている感があるが、逆に勝ち運が薄いような……。</p>

<p>その意味で有利なのはアーツ。<br />
ただ、どちらが勝ち上がっても、準決勝では案外武蔵が順当に勝利をおさめる気がする。<br />
いまのK-1はハードパンチャーより、いなせる技術を持ったファイターに軍配が上がりやすい。<br />
これまで不用意に打撃をもらって相手に主導権を奪われていた武蔵だが、最近ではそのへんが修正されているので……。</p>

<p>というわけで、筆者の決勝の対戦予想は、3年連続のレミー×武蔵戦！<br />
もちろんそうはならない可能性も無数にあるが、ことしのトーナメントの軸はやはりこの二人にあるというのが、筆者の見方。</p>

<p>つまり、本命1のレミーを崩すトリックスターがホンマン。<br />
本命2の武蔵を崩す、やはりトリックスターがカラエフ。</p>

<p>で、勝ち抜いた場合、大きな試練として立ちはだかるのが、レミーの場合、シュルト（あるいはセフォー）、武蔵の場合、アーツ（かレ・バンナ）。</p>

<p>この試練を乗り越えて、あとは精神力で戦うのが3年連続の決勝戦。</p>

<p>このように捉えると、両者に課せられたテーマの意外な共通性が浮かび上がってくる。<br />
では、肝心のGPの優勝は？？</p>

<p>正直、この二人以外の誰がなってもおかしくない組み合わせだが、レミー×武蔵になった場合、ことしは武蔵に分があると予想しておこう！<br />
というわけで、2005年のGPの優勝は武蔵！</p>

<p>GPは第1回から見ているが……、本戦では万年1回戦ボーイだった武蔵に対し、判官びいきなしにこんな予想ができるようになるとは……。<br />
ともあれ、以上の視点で応援するつもりなので、少なくとも１回戦のKO負けはナシにしてもらいたい。笑。</p>

<p><br />
<font color=red>★直前予想★</font><br />
<font color=brown>（準々決勝）<br />
○レミー（判定）ホンマン●<br />
●セフォー（判定）シュルト○<br />
●レ・バンナ（判定）アーツ○<br />
○武蔵（判定）カラエフ●</font></p>

<p><font color=brown>（準決勝）<br />
○レミー（判定）シュルト●<br />
●アーツ（TKO）武蔵○</font></p>

<p><font color=brown>（決勝）<br />
●レミー（判定）武蔵○</font></p>

<p>ちょっとKO決着はなさそうな……。</p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>フードファイター“復活”と日本人の身体感覚</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/11/post_20.html" />
<modified>2005-11-14T01:43:45Z</modified>
<issued>2005-11-13T01:32:11Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2005:/astralbout/10.313</id>
<created>2005-11-13T01:32:11Z</created>
<summary type="text/plain">
筆者がつくづく思ったのは、「彼らはいったい何なんだろう？」ということ。もう少し具体的に言うなら、「サムライ」のテーマとも重複するが、彼らのようなフードファイターが、なぜ日本でのみ量産され続けるのか？　テレビ局のサポートもなくなり、ファイターの多くは学生や社会人としての日常を送りながら、それでも不思議なくらいに情熱が持続している。そして、突然変異的に新星が現れる。これまで筆者は、それは武道でいうところのハラ（丹田）の感覚が特異に発達してきた日本文化の、ひとつのバリュエーションであると指摘してきた。フードファイターである彼ら自身、ほとんど自覚はないだろうが、冷静に考えてみても、風土との結びつきなしに彼らの出現は考えられない。
</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>フードファイト</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>数年前、社会的なブームにもなった<font color=red>「フードファイト」</font>が、今年になってようやく“テレビ復活”を果たした。<br />
なんでもブームのただ中に、早食いのマネをした中学生が死亡してしまった事故が原因で、テレビ局が相次いで撤退。<br />
あまた輩出していた日本各地のフードファイターたちは活躍の場を失い、メディアで取り上げられる機会もほどんどなくなっていた……。</p>

<p>筆者はこの「大食い」にブーム当初から注目していて、彼らフードファイターたちを、処女出版となった<a href="http://www.thunder-r.net/samurai/04.html"target=_blank>「サムライ」</a>のなかで取り上げてもいる。<br />
「サムライ」のサブタイトルは、（出版社がつけたものだが）<font color=red>「世界の常識を覆えす日本人アスリートの身体感覚」。</font><br />
その観点から筆者は、イチローや宮本武蔵に注目し、イチローとはちがった中田英寿の魅力を分析、最後に「日本人にだけなぜフードファイターが多いのか？」という素朴な疑問をひもといてみたのである。</p>

<p>フードファイター、つまりは大食い・早食いというと、あまり関心のない人は“体育会系で焼き肉大好き”みたいな人たちの延長線上にイメージしているかもしれない（このイメージ自体、まあ偏見なのだが・笑）。<br />
しかし、日本で開催される“大食い大会＝フードファイト”においては、この種の体育会系は早々に脱落してしまい、たいていは“エッ、こんな人が？”という、細身の、見かけは普通の若者がハイレベルの戦いを繰り広げる。</p>

<p>その典型が、毎年アメリカの独立記念日に行なわれる「ホットドック早食い選手権」でぶっちぎりの連覇を続ける、小林尊だろう。<br />
「サムライ」のなかから関連の箇所を、一部抜粋してみよう。</p>

<p>　<font color=blue>出場者は主催国のアメリカを中心に、日本を含め、ヨーロッパなどから十数名。しかし……、日本のふたり以外はみないかにもという感じの、お腹の突き出た巨漢ばかり。それに対して新井（和響）の体重は、50キロ弱。小林も55キロほど（ともに当時）。同世代の日本人から見ても標準か、少し痩せすぎかと言ったところ。「痩せの大食い」などとは言うものの、その体格からして明らかに異彩を放っている。</font></p>

<p>　<font color=blue>……カメラはまず、スタートともに、チャンプ新井の食べっぷりに向けられた。ラビットとあだ名されているように、物凄い早さで目の前のホットドックを呑み込んでいく。……しかし、スタートして間もなく、その新井をも凌駕する「異変」が起こる。</font></p>

<p>　<font color=blue>プリンス小林の食べっぷりが、尋常ではない新井をはるかに上回っている。テレビカメラが、慌てて小林にターゲットを絞りはじめた。日本の大食いのレベルが世界的にも段違いであることは筆者自身熟知していたつもりだが、それにしても早い。あまりに、早い。なんと開始５分で、昨年新井がマークした世界記録（25個）を超えてしまった。たった５分でホットドック25個である。</font></p>

<p>　<font color=blue>30……、40……、世界記録を超えても、その挑戦はまだまだ続いた。<br />
　時々食べたものを、胃から腸に下ろすかのように肩を上下に揺らしているが、勢いは衰えない。ついに50個！　プリンスはほとんど苦痛の表情を浮かべることもなく、ぶっちぎりの大記録で優勝！</font><br />
　<br />
　<font color=blue>彼のペースに刺激を受けたのか、昨年の覇者・新井も、31個という自己新記録で堂々の２位。ほとんどの出場者が10数個食べるので精一杯のなか、ふたりのレベルは完全に抜きん出ていた。しかも、最近では彼らに限らず、何とこのプリンスを撃破した“ジャイアント”白田信幸、ライバルと目される射手矢侑大、高橋信也、あるいは「旧世代」では岸義行や赤坂尊子などなど……、この大会で優勝できる大食いが日本には幾人も存在し、日々しのぎを削っているのである。</font></p>

<p>以上は、いわばブーム最盛期の大食いファイターたちの活躍ぶりの一端。<br />
その後、くだんの死亡事故をきっかけにテレビ放送がなくなり、ブームが去ったことは書いた通りだが、メディアの報道しない水面下でも、新たなフードファイターたちが着々と育っていたようだ。<br />
　<br />
その代表が、春に“復活”したテレビ東京の<font color=red>「大食い王決定戦」</font>で優勝した山本卓弥や準優勝の泉拓人といった面々だろう。<br />
彼らは白田や射手矢らの次の世代のフードファイターということで、“第3世代”などと称されている。<br />
（上記の文中で旧世代と記した岸や赤坂、新井らが“第1世代”、白田、射手矢、そして小林らが“第2世代”と位置づけられているようだ。<br />
なお、テレビでは「大食い」は解禁されたが、リスクがより大きいとされる「早食い」はNG。このため、早食い系のチャンピオンである小林は、もっぱら海外の大会に“遠征”している。しかも、プロファイターとして！）</p>

<p>話がややそれたが、春の復活放送の第2弾として、この新旧の“世代対決”を目玉に放送されたのが、<a href="http://www.tv-tokyo.co.jp/oogui2005/"target=_blank>「元祖！　大食い王決定戦」</a>（放送は10/30、11/6）。<br />
番組のサイトから、内容を抜粋してみよう。</p>

<p><font color=blue>この春３年ぶりに復活した「大食い」の 第2弾。<br />
全国から100名余りの大食い自慢が集結。東京と大阪で開かれた予選を見事勝ち抜いた６名が、前大会の大食い王を倒すべく、本選で激突する。</font></p>

<p><font color=blue>日本一の「大食い王」を決定する、熱く激しく感動的な戦い。今回は、かつて一世を風靡した伝説のチャンピオンも参戦。<br />
まさに大食い"第2世代"と"第3世代"の意地をかけた対決が繰り広げられる。<br />
果たして、真の"大食い日本一"は誰か！</font></p>

<p>上記にある6名の予選通過者が、本戦でさらに3名までしぼられ、ついに迎えたのが決勝のラーメン大食い対決。<br />
90分の制限時間内にラーメンを何杯食べられるかを競うというもの（汁は免除）。<br />
で、ここに勝ち残ったのが旧世代（第2世代）の白田、射手矢と、第3世代（新世代）の山本だったのである。<br />
（射手矢は“家庭の事情”?で「西川」という変名を使っていた）。</p>

<p>この決勝は、年来の“大食いファン”からすると少々驚くべき結果となった。<br />
なんと「日本最強」と言ってよかった“ジャイアント”白田が、19杯で途中棄権（ていうか、これだけでもすごいが……）。<br />
優勝したのは、西川（射手矢）の追撃を交わした新世代の山本（西川24杯、山本25杯）。<br />
フードファイト界の“世代交代”が実現した……。</p>

<p>と、ここまで書きながら筆者がつくづく思ったのは、「彼らはいったい何なんだろう？」ということ。<br />
もう少し具体的に言うなら、先の「サムライ」のテーマとも重複するが、<font color=blue>彼らのようなフードファイターが、なぜ日本でのみ量産され続けるのか？</font>　テレビ局のサポートもなくなり、ファイターの多くは学生や社会人としての日常を送りながら、それでも不思議なくらいに情熱が持続している。そして、突然変異的に新星が現れる。</p>

<p>これまで筆者は、大食いや早食いの“達人”が日本に多いのは、武道でいうところのハラ（丹田）の感覚が特異に発達してきた日本文化の、ひとつのバリュエーションであると指摘してきた。<br />
フードファイターである彼ら自身、ほとんど自覚はないだろうが、冷静に考えてみても、風土との結びつきなしに彼らの出現をとらえることは難しい。</p>

<p>すなわち、世界有数の先進国でありながら、欧米のスタンダード（グローバルスタンダード）には染まりきらない、そんな“不思議さ”を持った日本。<br />
その不思議な国（というより風土と言ったほうがいいか）から、イチローのような不思議な野球選手が輩出されたように、彼らフードファイターも出現した。<br />
この不思議さのベースに、意識の中心を脳ではなく肉体上の中心＝ハラに置く、日本特有と言っていい身体感覚が見いだせる……。</p>

<p>日本を“特別視”するということに違和感をおぼえる人もいるかもしれないが、現実問題、彼らのようなフードファイターが自然発生する風土が、世界のどこかにまだあるとは聞いたことがない。<br />
あるいはそうした能力を持った人々がある国や地域に潜在的にいたとしても、テレビでああいうハイレベルな“試合”が放送される（つまり、社会的に彼らの存在を受け入れる土壌がある）国は、日本くらいしか見当たらないのではないか？</p>

<p>小林尊が一人勝ちしているアメリカのホットドック早食い選手権を見れば、それは一目瞭然……。<br />
メジャーかマイナーかの差だけで、そのメガネを外せば、小林の活躍の意味合いはイチローのそれと変わらなく筆者には映る。<br />
メジャーという話からの連想で言うなら、たとえば、いま日本ではフードファイトとは比べ物にならないくらい格闘技が人気だが、K-1にもPRIDEにも世界各地から強豪ファイターが続々と押し寄せてくる。<br />
しかし、フードファイトに限っては、日本のファイターのレベルそのものが世界を大きく引き離している。だから、「世界大会」という企画はなかなか実現しない……。</p>

<p>フードファイターというと、ややもすれば好奇な目でしか見られない面があるが、特異な才能の持ち主であることは間違いない。<br />
ただ、その才能のもとになっていると思われるハラという身体感覚については、まだピンと来ない人のほうが多いだろう。<br />
孫引きになってしまうが、また「サムライ」から関連箇所を一部抜粋してみよう。</p>

<p>　<font color=blue>たとえば、この本でも幾度となく紹介してきた、「肥田式強健術」の創始者・<a href="http://homepage1.nifty.com/hidashiki/"target=_blank>肥田春充</a>は、さすがハラ研究の大家らしく（？）、武道家として「強さ」を発揮するばかりでなく、大食いにまつわる次のようなエピソードを残している。</font></p>

<p>　<font color=red>歯も立たないような、硬い章魚（たこ）の煮たのを、大皿へ盛ったのを、瞬く間に喰べて仕舞っても、喰べる底から、溶けて行って、何処へ這入ったか分らぬ位、二度も三度も立て続けに喰べても、何の事は無い。とろろ汁の飯だと、何時でも十二三椀はたちまちペロリと片付けて仕舞う。それで一時間もすればお腹の中はもう空同様だ。まあ実に恐るべき消化力で、我ながら痛快窮まりなし。これは若い昔のことではなく、昭和十一年、五十四歳、現在のことでありますぞ。<br />
（「聖中心道・肥田式強健術・天真療法」より）</font></p>

<p>　<font color=blue>普段は驚くほどの粗食で知られた肥田ではあるが、「喰べる底から、溶けて行って、何処へ這入ったか分らぬ」という下りなど、まさに大食いチャンピオンたちの心境を彷彿とさせるものがないだろうか？（彼自身、「消化力が無くて少食にしているのではない」ことを証明するため、あえてこうした大食いを披露したようだ）。</font></p>

<p>　<font color=blue>要するに、これが筆者の言う、ハラの力なのである。ハラが働いているからこそ、食事の内容に関わりなく、たえず「活力」を維持することができる。当人にその気さえあれば、多少の「無茶」もまったく平気になってしまう。</font></p>

<p>要は、大食いという能力もまた、武道・武術に用いられる身体感覚の、ひとつの応用として位置づけられるのではないか？　ということ。<br />
よく「フードファイターたちが大食できるのは、胃を極限まで大きくできるからだ」という指摘を耳にするが、それは「ではなぜ、そのように胃を大きくできるのか？」という疑問の答えにはなっていない。現象面ばかりを追いかけても、その現象をカタチにする本質の部分は見失われてしまう。</p>

<p>また、ファイターたちの日常生活について見聞きするかぎりでも、いわゆる「過食症」といった病気とは明らかに性格が異なっている。<br />
やはり、いちど従来の医学の常識から離れ、身体論の視点から彼らの感覚や能力をひもといたほうが本質が見えてくるのではないか？（→詳しくは<a href="http://www.thunder-r.net/shintairon/shintai-kankaku.html"target=_blank>こちら</a>）。そしてそうすることで、世界を見る目そのものも変わってくる……。</p>

<p>さて、最近筆者はこのハラと関連して、「日本人には腸を“第2の脳”として捉える感覚が先天的にあった」といった意味の発言をよく聞くようになった。<br />
たとえば、筆者が仕事で関係した<a href="http://www.right-net.co.jp/kokoro_karada/noos_014.html"target=_blank>健康食品関係のサイト</a>にもこんな記事が載っていた。</p>

<p><font color=blue>半田「……あるとき、先生御自身が研究されていた低分子の水溶性キトサンを紹介していただきました。それがヌーススピリッツ共同開発のきっかけでした。ここで先生に少しお伺いしたいのですが、様々なキトサンがある中でなぜ低分子キトサンに精神効用が見られるのでしょうか？」</font></p>

<p><font color=blue>酒井「それが全くわかってないんです。いろんな推測があるんですね。</font></p>

<p><font color=blue>一番あるタイプの推測というのは、キトサン分子が肝臓に入ってこの副交換神経節を刺激していることが考えられます。暴力衝動等は全部、交感神経の働きによって起こるんです。交感神経というのは「戦い」と「逃げる」という『戦いのモード』なんですね。キトサンが副交感神経に刺激を与えることによって、この交感神経の昂りを押さえているという推測は十分成り立ちます。</font></p>

<p><font color=blue>しかし、それだけではないんです。というのも、単に交換神経を遮断する薬や副交感神経を刺激する薬はいくらでもあるんです。しかし、僕の治験経験から言って、薬だけではこのキトサンが起こしているような良好な変化は起こらないんです。だからそれとは違うはずなんです。</font></p>

<p><font color=red>またもうひとつの説というのまたもうひとつの説というのは『腸脳論』といって腸とか脳がひとつのものだとさっき言いましたが怒りっぽいということのひとつに腸内でいろんな悪いものが造られるんですが、メタンとかプロパンとかが造られる。そうするとあっという間に血液の中に入って脳に作用して人間を凶悪化するんですよ、実は。そういうような意味もあるかもわからない」</font></p>

<p><font color=blue>＊１……半田広宣氏（ヌースコーポレーション代表）<br />
＊２……酒井和夫氏（精神科医、医学博士）</font></p>

<p><br />
現役の医師（精神科医）がこのような発言をするようになったところに、古くて新しいスタンダードが台頭しつつあることを予感させる。<br />
ここでいう身体感覚としてのハラと臓器としての腸の関係については、個人的にも興味があるので、また機会をつくって検討してみたいと思う。</p>

<p>“復活”したフードファイトに関しては、今後もぜひとも継続してほしいが、社会的な偏見がなくなれとまでは筆者は言わない。<br />
しかし、「たかが」と思って馬鹿にしていると、素朴な疑問はどんどん封印されてしまう。アタマがどんどん固くなっていく。<br />
問題はむしろそこにあることに気づくべきだろう。</p>

<p><br />
（追伸）<br />
じつは、今回の「元祖！　大食い王決定戦」のテレビ収録の数週間前に、筆者は<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/475730336X/qid=1131847918/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/249-9197545-3556365"target=_blank>ある雑誌の企画</a>で白田を取材している。<br />
現在白田は某IT関係の会社の営業マン。ウイークデーは深夜にまで仕事がおよび、大会前の貴重な休日にも取材やらイベントやら……。<br />
「練習の時間がない」と本人がこぼしていたように、おそらくぶっつけ本番に近い状態で大会にのぞんだのではないだろうか？</p>

<p>仕事とはいえ、ちょっと足をひっぱったかなという思いも……。</p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>武田幸三はK-1MAXでなぜ「勝てない」のか？</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/10/post_19.html" />
<modified>2005-10-25T15:09:02Z</modified>
<issued>2005-10-25T07:10:54Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2005:/astralbout/10.293</id>
<created>2005-10-25T07:10:54Z</created>
<summary type="text/plain">
というわけで、“アスリートのDNA”が染み着いた外国人ファイターと、なんだかんだと“サムライのDNA”を受け継いでいる「日本人」武田。「勝たなければ始まらない」という思いは日本人ファイターだって同じだと言うかもしれないが、日本人が往々にして「紙一重で勝てない」のは、染み着いている意識のレベルに関係している。しかし、その一方で、こうも言える。日本でなぜ、こうまで格闘技が隆盛を迎えているのか？
</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>格闘技</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>遅ればせながら、10月12日の<a href="http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/k1/live/200510/12/index.html"target=_blank>K-1MAX世界王者対抗戦</a>の話題を。<br />
すでにメディアで様々に報じられているが、筆者が注目していたのは、メインの新K-1王者アンディ・サワー×武田幸三戦、ボクシング日本王者クラスの参戦、佐藤嘉洋の復活戦あたり。<br />
（大会直後の<a href="http://www.thunder-r.net/aboutdays/archives/2005/10/k1max.html"target=_blank>「日記」</a>も参照）<br />
佐藤の話は最後にするとして、筆者が面白いと思ったのは、サワーに壮絶なKO負けを喫した武田と、ボクサー相手に余裕の勝利を飾ったアルバート・クラウス、マイク・ザンビディスの戦いぶりがあまりに対照的であったという点。</p>

<p>筆者の見るかぎり、武田とクラウス、ザンビディスの間に大きな力量差はない。<br />
言い換えるなら、武田は世界に通用する実力を持っている。<br />
だからこそ、“難攻不落”と言われたムエタイのチャンピオン（ラジャダムナンウエルター級王者）になるという快挙を成し遂げたわけであり、60戦40勝（15敗5分）という戦績も堂々たるものだ。<br />
だが、にもかかわらず、K-1ではなかなか勝てない。<br />
ここまでの通算成績は、3勝5敗。</p>

<p>キックボクシングとK-1は、素人目にはほとんど同じ競技に見えるが、じつは似て非なる競技だと捉えるべきだという声をよく聞く。<br />
その意味で、輝かしいキックの戦績を誇る武田も、いまだにK-1への対応に苦慮している面があるのかもしれない。<br />
しかし、それが確かだとしても、筆者にはまた違ったものが見えている。<br />
それは武田が「日本人」であるという点だ。これだけではわかりにくいと思うので、当日のクラウス、ザンビディスの試合と比較してみよう。</p>

<p>この両者は、K-1MAXに参戦する外国人ファイターの中でもトップクラスの実力者。<br />
クラウスは初代MAX王者に、ザンビディスはあの山本“KID”徳郁にKO勝ちするなど、ここまで相応の実績を残している。<br />
しかし、今回の“日本人ボクサー”相手の試合では、ファンの期待したパンチの打ち合いはほとんど避け、ローキックで手堅い勝利をモノにしている。</p>

<p>当日の試合を観戦したターザン山本氏は、二人の試合を次のように酷評する。</p>

<p><font color=blue>まったくバカなことをしてくれたものである。なぜボクサーに対してパンチで勝負しようとしなかったのか？<br />
自信がなかったのか？　それもある。選手というものはリングに上がればどんなに強くても不安になるもの。だからクラウスたちは〝勝ち〟を取るためにローキック攻めにいったのだ。<br />
バカバカしいというか、アホらしいというか。<br />
ボクサーのパンチにはパンチで応戦してそれで勝ってみせる。そうすることで初めて「K-1」の価値とポリシーを彼らに見せつけることができたのだ。<br />
なぜ、それをやらなかったのか？　それは彼らがアーティストではなくボクからするとどこにでもいるアスリートだったからだ。<br />
（<a href="http://www.ibjcafe.com/talk/tarzan/d/2005/20051014115523.htm"target=_blank>ターザンカフェ／プロ格コラム2005年10月14日</a>より）</font></p>

<p>彼らはアーティストではなく、アスリートだった。……なかなかするどい指摘だが、「欧米人」である彼らにこの言葉がどこまで響くだろうか？<br />
彼らにとっては、試合はまず勝たないことに始まらない。<br />
「いい試合を見せる」ことなどは、生き残るためには二の次というのが本音。<br />
そうした意識が、日本人一般とくらべ非常に強いと思われるからだ。</p>

<p>クラウスなどは、半ば相手を見くびって、普段は決して出すことのないタテ回転の回し蹴りまで繰り出している。<br />
これが「見せる＝魅せる」という行為につながらないことは、試合を見た多くの人が感じとっただろう。しかし、この日本のファンの多くが感じとっている意味合いを、クラウスの胸に届くように伝えることは非常に難しい。<br />
魅せるなどというと、ショーマンシップのように受け取ってしまう可能性もある。</p>

<p>一方、メインを務めた武田の場合はどうか？　まず戦前の彼のコメントに耳を傾けてみよう。<br />
彼は、前回の対戦にあたる、8月22日の<a href="http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/live/200508/22/index.html"target=_blank>「TITANS 2nd」</a>で強豪ジョン・ウエイン・パーに壮絶なKO負けを喫した点をふまえ、</p>

<p><font color=blue>ジョン・ウェイン相手にローキックが効いたのは確かに自信になりましたね。<br />
その点で言えば、サワーの方がジョン・ウェインより崩しやすいと思うし、自分の距離で戦えれば勝てると思います。<br />
命を削る覚悟で、ファンの皆さんに楽しんでもらえるように、死ぬ気で戦います。<br />
（<a href="http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/k1/column/200510/at00006306.html"target=_blank>スポーツナビ／格闘技</a>より）</font></p>

<p>結果的に2試合連続のKO負けとなってしまったわけだが、武田の発言で気になるのは、最後の「ファンの皆さんに楽しんでもらえるように」という点。<br />
彼のインタビューなどを読むと、必ずと言っていいほどこのフレーズが出てくる。</p>

<p>試合後、「会場が盛り上がればそれで合格というわけではない。考え方というか、変えていかないと」といった発言もしていたが（<a href="http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/k1/live/200510/12/a13.html"target=_blank>スポーツナビ／格闘技</a>より）、彼の意識の中には勝敗以上のものを求める気持ちが明らかに見受けられる。<br />
おそらくこの感覚は、身体に染み着いている以上のものであると筆者は思う。</p>

<p>というわけで、“アスリートのDNA”が染み着いた外国人ファイターと、なんだかんだと“サムライのDNA”を受け継いでいる「日本人」武田。<br />
「勝たなければ始まらない」という思いは日本人ファイターだって同じだと言うかもしれないが、日本人が往々にして「紙一重で勝てない」のは、染み着いている意識のレベルに関係している。<br />
このへんの話は、これまでもずいぶんと話してきた。</p>

<p>しかし、その一方で、こうも言える。<br />
日本でなぜ、こうまで格闘技が隆盛を迎えているのか？<br />
そこには勝ち負けの競い合い以上のものを求めたがる国民性が、明らかに介在している。そう言えるのではないか？<br />
そして、このブームを根底で支えるのは、「才能あふれるアスリート」ではなく、たえず勝ち負けを越えたリスクの高い戦いに挑もうとする「日本人ファイター」（山本氏のいうアーティスト）であるということ。</p>

<p>だから、「日本人ファイター」はよく負ける。しかし同時に、その戦いの歴史の中で、突然変異的にアスリートの強さを凌駕するファイターも現れる。<br />
K-1MAXでいえば、魔裂斗がそれにあたることは異論のないところだろう。<br />
MAXの人気は彼の出現によって不動のものになったと言われているが、いくら彼のルックスが良くても、もし「アスリート」であったらここまでの人気は生まれなかったはずだ。</p>

<p>武田や小比類巻、同じくK-1MAXでなかなか勝てない安廣などの日本人ファイターは、筆者には同じ質のDNAを宿しているように映るが、やはり同じDNAの持ち主・魔裂斗との間には、見えない壁が存在している。<br />
この壁を打ち破るのは、“DNA”がからんでいるだけあって容易ではない（唯一の“対抗馬”であった山本“KID”徳郁は、<a href="http://www.so-net.ne.jp/hero-s/"target=_blank>総合格闘技＝HERO'S</a>に転身してしまった）。<br />
また、強豪ぞろいの外国人ファイターたちも、今回のような試合で「勝った」と思っているかぎり、一つ上のステージにはなかなか上がれないだろう。<br />
（そのステージを認識できているかという問題もある）</p>

<p>わかりやすい話をすれば、過去のK-1の歴史の中で魔裂斗と同じポジションを築いたのは、筆者の見るかぎり、やはり、故アンディ・フグ。<br />
彼が“青い目をした日本人”と呼ばれてゆえんは、そこにある。<br />
ちなみに、今回“涙の復活勝利”を飾った佐藤は、生粋のアスリートタイプだがアーネスト・ホーストのように“負けない横綱”になれる逸材と言われている。<br />
確かにその可能性はあるだろう。</p>

<p>アンディにホースト、そしてアーツタイプのファイターも揃っているK-1MAXは、なんだかんだとこの先も「進化」していくものと思われる。<br />
しかし、日本人が強くなる道というのは、ただ険しいだけでなく、多くの人が思っている以上に「奥が深い」。<br />
また、「外国人ファイター」が「道」に目覚めることも、同様。それらはコインの裏表、車輪の両輪として「進化」を牽引している。<br />
そのような視点で格闘技をながめると、なかなか興味深いものが見えてくる。</p>

<p>“DNA”の話は面白いので、また機会を改めて書きたいと思う。<br />
<br><br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>9.23「K-1ワールドGP開幕戦」を見た。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/09/923k1gp_1.html" />
<modified>2005-09-26T03:54:44Z</modified>
<issued>2005-09-26T03:31:31Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2005:/astralbout/10.260</id>
<created>2005-09-26T03:31:31Z</created>
<summary type="text/plain">
筆者はややホンマンを買いかぶっていた（過大評価しすぎていた）かなという気もしないでもない。ひとつは思ったほどにパンチ力はないこと、もうひとつはローの攻撃が効きそうなこと。その意味では、決して攻略不可能なモンスターなどではない。とはいえ、25日に行われた決勝の公開抽選の結果、なんと第1試合でディフェンディング・チャンピオンのレミー・ボンヤスキーとの対戦が決定！数年前のホースト×サップを思わせる組み合わせ。なにやら因縁めいている……。こうした対戦が「くじ」で決まるところが面白い。</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>格闘技</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>ここ数年ではまれに見る個性派ファイターの集結した、<a href="http://www.so-net.ne.jp/feg/report/20050925r_11.html"target=_blank>「K-1ワールドGP開幕戦」</a>が終了した。<br />
筆者は当日、テレビ観戦した一人。事前予想（<font color=blue>青字</font>で掲載）をふまえながら、「感想」なんぞを書き綴ってみたいと思う。</p>

<p><font color=red>○チェ・ホンマン（3-0　判定）ボブ・サップ×</font></p>

<p><font color=blue>2メートルを超す長身でありながら、優れた運動神経と格闘センスを持つ、、韓国相撲シムルの元横綱（天下壮士）チェ・ホンマン。<br />
K-1デビュー以来無敗の彼が、１サイクル前に出現したもうひとりのモンスター、“野獣”ボブ・サップと対決するメインイベント。<br />
巨漢同士の、テレビ映えするわかりやすい対決……のように何やらお気楽に捉えられている向きがあるが、この一戦は今後のK-1の歴史を左右するような意味合いを持っている、と筆者は思っている。</font></p>

<p><font color=blue>どういうことか？　ホンマンはまだK-1のトップファイターと当たっていないが、筆者の見るところ、サップの数倍のポテンシャルを持っている。K-1の戦いに慣れれば、ホンヤスキーや武蔵でもかなり苦戦する（負ける）可能性がある。<br />
この状況を、数年前にサップが出現したときの状況と比べてほしい。<br />
出現したばかりのサップは、セオリーを無視したビーストファイトでフォータイムス王者ホーストを苦しめ、結果としてK-1ファイターのポテンシャルをアップさせる起爆剤（悪く言えばあだ花）の役割を果たした。</font></p>

<p><font color=blue>ご存じのように、サップはその後「心の弱さ」を露呈して、トップファイター（ミルコ、ボンヤスキー、セフォーなど）に簡単に攻略されてしまったわけだが……、１サイクル後のモンスターであるホンマンはどうか？　筆者には、サップと同じテツを踏むようには思えないのだが……。</font></p>

<p><font color=blue>となると、今大会のメインイベント（ホンマン×サップ）は、ちょっとした世代交代的な一戦という意味合いを持つ。<br />
サップが負ければ、サップのいたポジションにホンマンが入る。そして、次のGP決勝で自動的にトップファイターとの対戦が実現する。もしかしたらホンマン旋風が吹き荒れるかもしれない。</font></p>

<p><font color=blue>前大会（ハワイ大会）での対曙戦で、両者のあまりの実力の違いを知ることになったが、今回のサップ戦はどうか？　サップがあっさりKOされてしまうようだと、筆者の指摘も現実味を帯びてくるはずだが……。</font></p>

<p><br />
テレビ観戦した感想を言えば……、筆者はややホンマンを買いかぶっていた（過大評価しすぎていた）かなという気もしないでもない。<br />
ひとつは思ったほどにパンチ力はないこと（サップをKOできなかった）、もうひとつはローの攻撃が効きそうなこと（＋的が大きいので当たりやすそう）。<br />
その意味では、決して攻略不可能なモンスターなどではない。</p>

<p>とはいえ、25日に行われた決勝の公開抽選の結果、なんと第1試合でディフェンディング・チャンピオンのレミー・ボンヤスキーとの対戦が決定！<br />
数年前のホースト×サップを思わせる組み合わせ。なにやら因縁めいている……。こうした対戦が「くじ」で決まるところが面白い。</p>

<p>ホンマンの戦い方次第では、この試合でサプライズが起きる可能性は十分にある。<br />
思えばホーストもサップの“無茶苦茶な戦い方”に、その精密機械が壊されて、丸太のようなパンチをもらってしまった。<br />
レミーにはレミーの精密機械がある。これを壊す戦い方……。</p>

<p>果たして旋風を引き起こすことになるか？<br />
（すでにホームの韓国では、かなりの旋風が吹き荒れているようだが→<a href="http://www.so-net.ne.jp/feg/report/20050925r_11.html"target=_blank>大会のサイト</a>を参照）</p>

<p><br />
<font color=red>○ルスラン・カラエフ（3-0　判定）リカルド・ノーストランド×<br />
○ピーター・アーツ（2R0分42秒　KO）マイティ・モー×</font></p>

<p><font color=blue>大会直前に“引退”を表明したホースとに代わって急きょエントリーされたのがノースランド。しかし、彼よりもアメリカ予選（ラスベガス大会）で鮮烈な印象を残したカラエフに期待が集まる。</font></p>

<p><font color=blue>ホーストはGP戦線から撤退するだけで、ワンマッチには今後も出場するようだが、一つの時代が終焉したのを象徴する事態であることに変わりない。<br />
そこに来て、サップよりバージョンアップした“モンスター”と言えるチェ・ホンマンの台頭、そして卓越した才能が感じられるカラエフの出現。<br />
これでホーストと同じくK-1草創期のレジェンド・アーツが、モーにKO負けでも喰らったとしたら……、これはもう完全に世代交代の大会だったということになる。</font></p>

<p>アーツが意外な強さでモーに完勝。同じくグッドリッジに完勝したレ・バンナも含め、旧世代のトップファイターが最前線にふみとどまった格好だ。</p>

<p>しかし、試合中にまたもやスネをカットしたアーツは、ある意味で紙一重での勝利。中途半端なドクターストップでモーに勝利が転がり込んでくる可能性だってあったはず。<br />
モーの調子云々を指摘する以前に、この「紙一重」の部分に世代交代を拒否した不思議な力を感じさせる。</p>

<p><br />
<font color=red>○レミー・ボンヤスキー（3-0　判定）アレクセイ・イグナショフ×<br />
○武蔵（3-0　判定）フランソワ“ザ・バッファロー”ボタ×</font></p>

<p><font color=blue>前年王者レミーはシード扱いで決勝に進めるため、これはスーパーファイト。<br />
じわじわと実力ある次世代が台頭している状況下、ことしモーに判定負けするなどやや調子を落としている感のあるレミーにとって、この一戦は意外に正念場。</font></p>

<p><font color=blue>武蔵の相手ボタは、前大会でモーに秒殺負けしているがなめられる相手ではない。<br />
とはいえ、レミー、武蔵ともにここは堅実に勝って、決勝にコマを進めてもらいたいところ。</font></p>

<p>レミー、武蔵ともに無難な戦い方で勝利。いまのK-1ではこういう戦い方のできるファイターが「強い」ということになる。</p>

<p>この点で言うと、負傷→ドクターストップの多いアーツや、調子に波のあるレ・バンナ、勝ち運のない実力者セフォーよりも、やはり前年のファイナリストであるこの２人がことしのGPの優勝候補（本命）だろう。</p>

<p><br />
なお、日曜の抽選で決定した決勝トーナメントの組み合わせは下記の通り。</p>

<p><font color=blue>第1試合　レミー×ホンマン<br />
第2試合　セフォー×シュルト<br />
第3試合　レ・バンナ×アーツ<br />
第4試合　武蔵×カラエフ</font></p>

<p><br />
筆者の予想（期待）は、</p>

<p><font color=blue>レミー　武蔵　セフォー　カラエフ　クラウベ　レ・バンナ　モー　ホンマン</font></p>

<p>だったから、ここからクラウベとモーが脱落したことになる。<br />
第1試合以外の見どころとしては、やはり第2試合のセフォー×シュルトだろう。影の実力者と言われてきた“もうひとりの大巨人”シュルトも、前回のクラウベ戦でようやく「強さ」に脚光が当てられた格好。</p>

<p>彼を影の優勝候補に推す専門家は多いが、トーナメントは天を味方につけないかぎり勝ち抜けない面がある。<br />
シュルトにそうした力が作用した場合、ホンマン旋風とはまた違った意味で、K-1に新しい風が吹き始めることになる。<br />
つまり、よりグレードアップしたホースト＝シュルトという図式……。</p>

<p>ちなみに、シュルトがセフォーに勝った場合、準決勝でホンマンと“大巨人対決”の可能性もあるが、これも上記をふまえれば、ただの“大巨人対決”でないことは明白。</p>

<p>レミーがホンマンに勝った場合、レミー×シュルトという組み合わせの可能性もあるが、これも“ポストホースト対決”として位置づけられる面白さがある。</p>

<p>当日の詳しい試合予想については、大会直前にまたしたいと思います。<br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>9.23「K-1ワールドGP開幕戦」オンエアを前に。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/09/923k1gp.html" />
<modified>2005-09-23T12:22:46Z</modified>
<issued>2005-09-23T11:53:27Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2005:/astralbout/10.257</id>
<created>2005-09-23T11:53:27Z</created>
<summary type="text/plain">
筆者はホンマンのポテンシャルをサップよりも数段上と位置づけている。ということは、今大会のメインイベント（ホンマン×サップ）は、ちょっとした“世代交代”的な一戦という意味合いを持つ。つまり、サップが負ければ、サップのいたポジションにホンマンが入る。そして、次のGP決勝で自動的にトップファイターとの対戦が実現する。もしかしたら、GP決勝でホンマン旋風が吹き荒れるかもしれない……。</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>格闘技</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>直前に迫ったK-1ワールドGP開幕戦。<br />
「21時」からのテレビ観戦を前に、知られているようで知られていない、この大会の「見どころ」をいくつかピックアップしてみよう。</p>

<p><font color=blue>■チェ・ホンマン×ボブ・サップ</font></p>

<p>2メートルを超す長身でありながら、優れた運動神経と格闘センスを持つ、韓国相撲シムルの元横綱（天下壮士）チェ・ホンマン。<br />
K-1デビュー以来無敗の彼が、1サイクル前に出現したもうひとりのモンスター、“野獣”ボブ・サップとメインで対決する。<br />
巨漢同士の、テレビ映えするわかりやすい対決……のように何やらお気楽に捉えられている向きがあるが、この一戦は今後のK-1の歴史を左右する可能性がある、と筆者は思っている。</p>

<p>注目したいのは、もちろんホンマン。<br />
まだK-1のトップファイターと当たっていないが、筆者の見るところ、サップの数倍のポテンシャルを持っている。K-1の戦いに慣れれば、ホンヤスキーや武蔵でもかなり苦戦する（負ける）可能性がある……。<br />
と、この状況を、<a href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2002/11/post_9.html"target=_blank>数年前にサップが出現したときの状況</a>と比べてほしい。<br />
出現したばかりのサップは、セオリーを無視したビーストファイトでフォータイムス王者ホーストを苦しめ、結果としてK-1ファイターのポテンシャルをアップさせる起爆剤（悪く言えばあだ花）としての役割を果たした。</p>

<p>ご存じのように、サップはその後「心の弱さ」を露呈して、トップファイター（ミルコ、ボンヤスキー、セフォーなど）に簡単に攻略されてしまったわけだが……、“１サイクル後のモンスター”であるホンマンはどうか？　やはりサップと同じテツを踏んでしまうのだろうか？</p>

<p>繰り返すが、筆者はホンマンのポテンシャルをサップよりも数段上と位置づけている。<br />
ということは、今大会のメインイベント（ホンマン×サップ）は、ちょっとした“世代交代”的な一戦という意味合いを持つ。<br />
つまり、サップが負ければ、サップのいたポジションにホンマンが入る。そして、次のGP決勝で自動的にトップファイターとの対戦が実現する。もしかしたら、GP決勝でホンマン旋風が吹き荒れるかもしれない……。</p>

<p>前大会（ハワイ大会）での対曙戦で、両者のあまりの実力の違いを知ることになったが、果たして今回のサップ戦は？　サップがあっさりKOされてしまうようだと、筆者の指摘もかなり現実味を帯びてくるはずだが……。</p>

<p><br />
<font color=blue>■ルスラン・カラエフ×リカルド・ノーストランド<br />
■ピーター・アーツ×マイティ・モー</font></p>

<p>大会直前に“引退”を表明したホースとに代わって急きょエントリーされたのがノースランド。しかし、彼よりもアメリカ予選（ラスベガス大会）で鮮烈な印象を残したカラエフに期待が集まる。</p>

<p>ホーストはGP戦線から撤退するだけで、ワンマッチには今後も出場するようだが、一つの時代の終焉を象徴する事態であることに変わりない。<br />
そこに来て、サップよりバージョンアップした“モンスター”と言えるチェ・ホンマンの台頭、そして卓越した才能が感じられるカラエフの出現。<br />
これでホーストと同じくK-1草創期のレジェンド・アーツが、モーにKO負けでも喰らったとしたら……、これはもう完全に世代交代の大会だったということになる。</p>

<p><font color=blue>■レミー・ボンヤスキー×アレクセイ・イグナショフ<br />
■武蔵×フランソワ“ザ・バッファロー”ボタ</font></p>

<p>前年王者レミーはシード扱いで決勝に進めるため、これはスーパーファイト。<br />
しかし、じわじわと実力ある次世代が台頭している状況下、ことしモーに判定負けするなどやや調子を落としている感のあるレミーにとって、この一戦は意外に正念場。</p>

<p>武蔵にしても、相手ボタは前大会でモーに秒殺負けしているが、なめられる相手ではない。<br />
レミー、武蔵ともにここは堅実に勝って、決勝にコマを進めてもらいたいところ。そのほうがこの先のK-1は面白くなる。</p>

<p><br />
筆者の予想では、決勝に上がるのは、</p>

<p><font color=blue>レミー　武蔵　セフォー　カラエフ　クラウベ　レ・バンナ　モー　ホンマン</font></p>

<p>あたりだろうか。<br />
まあ、これは予想というより、こうなればいいという筆者の「期待」なのだが、このあたりのメンバーがそろうようだと決勝は相当に見どころが多くなる。<br />
（セフォーの代わりにガオグライが入ってもいい）</p>

<p>すなわち、ある程度安定した戦いのできるレミー、武蔵。<br />
そして、往年の実力者のセフォー、バンナ。<br />
このあたりの常連トップファイターに、ホンマンやカラエフ、モーがからんでくると、K-1ヘビーはMAX並みの盛り上がりを見せる可能性もある。</p>

<p>特にホンマンの登場は大きい。こうした異分子が出現することで、K-1ファイター全体のスキルは、またレベルアップする。K-1の世界進出はますます展開されていくだろう。</p>

<p>さて、結果は……。<br />
特にホンマン、筆者の買いかぶりに終わらないことを望む。笑。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>9.7「HERO&apos;Sミドル級GP」を見た。</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/09/97herosgp.html" />
<modified>2005-09-10T07:09:51Z</modified>
<issued>2005-09-10T03:12:47Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2005:/astralbout/10.228</id>
<created>2005-09-10T03:12:47Z</created>
<summary type="text/plain">
試合は互いの技術や精神力の「試し合い」という考えを持っている前田からすれば、こうした「割り切ったほうが勝ち」というような状況から一歩踏み出したものを、この先の展開に望んでいるように思われる。仮に前田の感覚がうまく伝わっていけば、格闘技も質的な意味でより「武道」に近いものに変わっていくだろう。これは「HERO&apos;S」が先発の「PRIDE」にはないカラーを打ち出していく上でも、じつはかなり重要なテーマになってくるかもしれない。</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>格闘技</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>前大会に引き続き、はるばる有明コロシアムに総合格闘技<a href="http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/live/200509/07/index.html"target=_blank>「HERO'S 2005ミドル級世界最強王者決定トーナメント」</a>を見にいってきた。<br />
ことし旗揚げしたばかりとは思えない、かなり洗練された雰囲気の大会。<br />
後発ながら同じ階級のライバル・イベント<a href="http://www.prideofficial.com/free/result/event/1124265435.html"target=_blank>「PRIDE武士道」</a>をスッと追い抜き、なにやらあっという間に人気ソフトになってしまった感じ。<br />
看板選手である山本KIDや須藤元気が、すでに立ち技の<a href="http://www.so-net.ne.jp/feg/database/20050720rslt.html"target=_blank>K-1MAX</a>でブレイクしていたという下地がやはり大きい。<br />
以下に、試合を観戦して気づいた点などをざっくりつづってみたい。</p>

<p>準々決勝<br />
<font color=blue>○須藤元気（2R 4分45秒　腕ひしぎ十字固め ）宮田和幸●</font></p>

<p>試合は5分2ラウンド（＋1ラウンド延長あり）。PRIDEでの試合形式（1R10分・2〜3R5分）を見慣れていたせいか、1R終わった時点での感想は「早っ」。笑。<br />
時間が短い分、１ミスが敗戦につながってしまう。選手は大変だろうなと思ったが……。<br />
須藤が勝利したのは、にもかかわらず、落ち着いて試合をしていた点だろう。1R押され気味だったのに、自分のペースを崩さなかった。</p>

<p>そう言えば、いま<a href="http://www.judo.or.jp/24th_wc/"target=_blank>柔道の世界選手権</a>が、連日テレビで中継されているが、こちらは試合時間がたった5分。でも、残り時間1分、2分というところでも結構逆転がある。</p>

<p>時間というのはある意味相対的なもので、長さは個人の感じ方によって左右される。落ち着いている人は、「5分は短い」というような一般の固定観念にとらわれない感覚を持っていると言えるかもしれない。</p>

<p>須藤がクール（頭がいい）と言われるのは、たくさん本を読んでいて、理論家であるからではない。トリックスターと呼ばれるのも、変わり者だからではない。それは彼の頭が柔らかく、固定観念に囚われない感性があるから。<br />
感性なんていう言葉は、ある意味使い古された表現だが、「時間に支配されない＝落ち着いている」というキーワードからひもとくと、ひとつ実態が見えてくるかもしれない。</p>

<p><br />
<font color=blue>●レミギウス・モリカビュチス（2R 4分16秒 TKO　＊レフェリーストップ） 高谷　裕之○</font></p>

<p>戦前の予想では、レミギウス有利の声が多かったのではないか？　二人とも打撃系。「レミギウスのパンチ力のほうが上＝だから有利」という図式が見る側にあったかもしれないが、勝負を分けたのは、「腰の強さ」の差だった。</p>

<p>高谷は打撃のことや、過去にストリートファイトで慣した武勇伝みたいなものがクローズアップされているが、ぼくが驚いたのはそこにつきる。</p>

<p>打撃中心の選手は、往々にして組み技系よりも線が細い面がある。だから、打撃をスカされ倒されると、ひっくり返せない。レミギウスもそんな感じだった。<br />
でも、彼がそうだったことより、高谷がそうでなかった（＝思いのほか腰が強かった）ことに「頼もしさ」を覚えた。<br />
日本人vs外国人の構図だと逆のパターンが多かった気がするが、ことこのクラスに関しては、やはり日本も相応に層が厚いように思われる。</p>

<p><br />
<font color=blue>●ホイラー・グレイシー（2R 0分38秒 KO　＊右フック) 山本“KID”徳郁○</font></p>

<p>やや全盛期を過ぎた感のあるホイラーだが、それでもあれだけ鮮烈なKO勝ちのできるKIDは、やはり並ではないという印象。</p>

<p><br />
<font color=blue>○宇野薫（2R判定　3-0）所英男●</font></p>

<p>この日のベストバウトと呼ばれた試合だが、ここでも勝敗を分けたのは「腰の強さ」の差だったように思う。<br />
所は非常にセンスのある選手だが、やや安易に下になりすぎる。試合時間が短い以上、もう少し腰を強くして崩れないようにしないと、接戦の場合、今回のような結果になる。そこが課題になってくるのではないだろうか。</p>

<p>この点ではやはり次の高谷の試合のほうが、ぼくには興味深く思えた。</p>

<p><br />
準決勝<br />
<font color=blue>○須藤元気（2R 3分47秒　三角締め）高谷裕之●</font></p>

<p>結果的に須藤の流れるような関節技が決まったが、テークダウンされても安易に下にならない高谷の「腰の強さ」がここでも目立った。<br />
タイミングを合わされタックルで倒されても、わずかな間にスッと上体を起こして、不利な態勢をつくらない。こういう光景を見ると「胸がすく」。格闘技を見ていて面白いと思える瞬間だ。<br />
ぼく的にはこの試合がベストバウト。</p>

<p><br />
<font color=blue>○山本“KID”徳郁 （2R 4分04秒　TKO　＊レフェリーストップ） 宇野薫●</font></p>

<p>不利な立ち技でKIDに対抗した宇野。ホイラー戦の時とよく似た比較的動きの少ない展開だったが、キッドの打撃で宇野が額？をカット。<br />
あくまで自分の得意な土俵に持ち込もうとする須藤やKIDが勝ち、それをしなかった宇野が負けたという構図。<br />
実力差というより、勝負に対するスタンスが明暗を分けたような気がする。</p>

<p>大会終了後、スーパーバイザーの前田日明が、須藤の「相手の攻撃をスカす」戦術に苦言を呈していたが、その前田が宇野を高評価していたのは、彼のこうした“戦う姿勢”にあったのだと思う。<br />
とはいえ、「負けたら始まらない」という意識の強かった須藤やKIDが勝ち上がり、「いい試合をしたい」という意識をどこかに持っていた宇野や所が敗れたのは、格闘技的には、ある意味順当な結果と言えるかもしれない。</p>

<p>もちろん、試合は互いの技術や精神力の「試し合い」という考えを持っている前田からすれば、こうした「割り切ったほうが勝ち」というような状況から一歩踏み出したものを、この先の展開に望んでいるように思われる。</p>

<p>その意図にピンと来る選手がどれだけいるかが問題だが、仮に前田の感覚がうまく伝わっていけば、格闘技も質的な意味でより「武道」に近いものに変わっていくだろう。<br />
これは「HERO'S」が先発の「PRIDE」にはないカラーを打ち出していく上でも、じつはかなり重要なテーマになってくるかもしれない。<br />
そして同時に、おそらく前田が、「ビッグマウス・ラウド」でやろうとしている“新しいプロレス”のイメージも、ここにリンクしていることのように感じられる。</p>

<p>以上が、感想でした。</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>8.28「PRIDE GP」から見えてくるもの</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/08/828pride_gp.html" />
<modified>2005-08-30T14:02:51Z</modified>
<issued>2005-08-30T13:12:22Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2005:/astralbout/10.201</id>
<created>2005-08-30T13:12:22Z</created>
<summary type="text/plain">
　久しぶりにPPVでPRIDE GPの決勝を見た。今回はミドル級のGPの準決勝・決勝に加え、ヒョードル×ミルコのヘビー級タイトルマッチという豪華版のカード。市場としての格闘技イベントが確立し、有能な人材が世界中から日本に集まるようになった現在、ファイターの質も日増しにレベルアップしている。試合の感想を含め、いくつか気づいた点について、まとめてみることにしよう。
</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>格闘技</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>　久しぶりにPPVで<a href="http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/pride/live/200508/28/index.html"target=_blank>PRIDE GPの決勝</a>を見た。今回はミドル級のGPの準決勝・決勝に加え、ヒョードル×ミルコのヘビー級タイトルマッチという豪華版のカード。<br />
　市場としての格闘技イベントが確立し、有能な人材が世界中から日本に集まるようになった現在、ファイターの質も日増しにレベルアップしている。<br />
　試合の感想を含め、いくつか気づいた点について、まとめてみることにしよう。</p>

<p><font color=blue>●エメリヤーエンコ・ヒョードル（ロシア）×ミルコ・クロコップ（クロアチア）</font></p>

<p>　王者ヒョードルを追い続けてきたミルコにとって、宿願とも言えたタイトルマッチ。しかし、その牙城を打ち破ることはついにできなかった。<br />
　立ち技ではほぼ互角の攻防ながら、<font color=blue>ヒョードルは圧力がすごい。</font>戦前の報道などとは異なり、気迫の点でもミルコを凌駕している印象。<br />
　<br />
　しかし、それ以上にヒョードルの強さを印象づけたのは、彼が<font color=blue>型を持っている</font>という点。さしあいでバランスを崩しても、自分は下にならない。上になってもサイドポジジョンを無理に狙わず、打撃でプレッシャーをかける。ヒョードルの上からの攻撃をかわし続けたミルコだったが、2Rになるとかなり疲労困憊していた。</p>

<p>　ミルコの攻撃で驚いた点もある。ハイキッックなどでバランスを崩しても、<font color=blue>本能的にすぐに立ち上がるバネの強さ</font>があったことだ。これだけの対応力があるから、外した際のリスクの大きいハイキックも十分に武器になるんだなと納得。</p>

<p>　ただ、ヒョードルを倒すには、打撃が互角以上であることに加え、さしあいになったとき下にならないことも不可欠。ミルコは前者に関しては対抗できたが、さしあいに負けて下になったのが致命傷だった。一度この態勢になったら、ラウンドが変わらないかぎりヒョードルはひっくり返せない。つまりは<font color=blue>ヒョードルの強さは、腰（ハラ）の強さ。</font>ミルコも強いものを持っていたと思うが、崩すほどの強さではなかった。現状で彼のハラを上回るファイターはなかなか見当たらない。</p>

<p>　ともあれ今回は、ミルコのこの一戦に賭けるすさまじい執念が、皮肉なことに、<font color=blue>ヒョードルの潜在能力のすごさを際立たせた一戦</font>だったと評価できると思う。<br />
<br><br />
<font color=blue>●マウリシオ・ショーグン（ブラジル）×ヒカルド・アローナ（ブラジル）</font></p>

<p>　ミドル級GPの決勝戦。シウバを完封したアローナが、決勝で“弟分”のショーグンに今度は逆に完封負け。準決勝のアリスター戦もふくめ、結果的にショーグンの無類の強さがクローズアップされるような展開になった。</p>

<p>　しかし、そのショーグンも、準決勝のアリスター戦は序盤にことごとくさしあいに負けて、有効打を浴び、アリスター必殺のフロントチョークまで食らってしまうピンチ。しかし、それをしのいでしまうと、そこからは一気にラッシュ。<br />
　<font color=blue>相手の得意な攻撃をすべて受け切った上で勝つあたり、まるでプロレスラーに手本にしてもらいたいような強さ。</font>かえって攻略の難しさを印象づけた感がある。<br />
　ミドル級では頭一つ抜けたショーグン。となると、ミドル級のタイトル戦線はどうなるのだろう？　本人のモチベーションはイマイチのようだが、今回実現しなかった王者シウバとの同門対決も、このままいくと現実味を帯びてきそうだ。<br />
<br><br />
<font color=blue>●PRIDE、いよいよ全米進出</font></p>

<p>　今回のイベントに合わせて、アメリカの大手テレビ局「FNS（フォックス・スポーツ・ネットワーク）」の関係者が来日。なんとPRIDEが同局でレギュラー放送されることになるそうだ。<br />
　FNS社は<font color=blue>「NFLスーパーボウル、大リーグなどの放映権を持ち、全米8000万世帯で視聴されている。その中で、PRIDE番組は日曜午後９時から放送される。米国では最も視聴される時間帯で、看板番組と位置づけられた」</font>とのこと（<a href="http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/pride/headlines/20050830-00000009-spnavi_ot-spo.html"target=_blank>スポーツナビ</a>より）。<br />
　エンターテインメント大国アメリカを本気にさせた、PRIDE。同様の戦略を持っているK-1と併せて、日本の格闘技ソフトのアメリカ進出が本格化。軌道に乗れば、<font color=blue>日本のアニメーションが全米に上陸した時以上の話題、影響力を与える可能性もある。</font></p>

<p>　かつて世界第2位の経済大国にのしあがり、その経済力からアメリカに脅威を与えた日本。しかし、面白いことに<font color=blue>いまアメリカに進出しているのはスポーツを含めて、その多くは文化というカテゴリー。</font>たとえば、イチロー。“不調”がささやかれてはいるが、彼が全米に与えたカルチャーショックは、従来のスポーツジャーナリズムの視点からでは解読しにくい面がある。</p>

<p>　また、彼のような有名人ではないが、毎年7月4日（アメリカ独立記念日）に行われる、<a href="http://www.food-fighter.com/fan_forum/book/2005-7/index.htm"target=_blank>ニューヨークのホットドック早食いコンテスト</a>で、ぶっちぎりの５連覇を果たしたフードファイター、小林尊のような若者を、既成のジャーナリズムは<font color=blue>「色物」</font>としてしか扱えない。ぼくにはイチローも、プリンス小林も、同じ“日本現象”の一コマとして捉えられるけどなあ。</p>

<p>　さて、PRIDEのアメリカ進出で興味深いのは、<font color=blue>肝心のアメリカ人ファイターの「復活」はありえるのか</font>ということ。アメリカでは現在も老舗のUFCがイベントを定期開催しているが、ここ数年の選手のクオリティーを比較すればPRIDEのほうが数段上。アメリカ出身のファイターで、現在PRIDEで常時活躍しているのは、ダン・ヘンダーソンくらいだろう。</p>

<p>　ヘンダーソンのファイティング・スタイルは、アメリカ人ファイターのそれを象徴している。すなわち、<font color=blue>バックボーンに世界レベルのレスリング</font>があり、それに強烈な打撃（パンチ）を加えたコンビネーション。<font color=blue>ボクシング</font>もまた、アメリカで発展した世界スポーツだ。アメリカのファイターの多くは、この戦いの2つのDNAを総合格闘技における最大の武器として戦ってきた。</p>

<p>　具体的に言えば、スタンドではパンチの打ち合い、そのスキを見てタックル。そして、上のポジションからのパウンド（パンチ攻撃）。……しかし、この戦略には<font color=blue>関節技</font>がインプットされていない。ヘビー級もミドル級もかなりのレベルに達してしまったPRIDEのリングで、<font color=blue>従来のアメリカンスタイルはこの先通用するのか？　変質を余儀なくされるのか？</font>　アメリカン・ファイターが当たり前に関節技を取り入れる（習得する）状況になるということは、大げさに言えば、新しい文化が入り込むことを意味する。</p>

<p>　PRIDEの全米放送。そこで求められる、ニュー・アメリカンヒーロー。それはマーク・コールマンやダン・ヘンダーソン、あるいはUFCのランディ・クートウアやチェック・リデルではない。彼らの「次」に現れるファイターということになる。<br />
　現状ではひとつの夢想ではあるが、アメリカでNFLやNBAレベルで（あるいはボクシングに代わるものとして）総合格闘技がメジャーになった時、アメリカン・ファイターのファイティング・スタイルは大きく変容しているはずだ。</p>

<p>　そう言えばこの数年、MLBでイチローの活躍と対照的に、大物選手のステロイド（筋肉増強剤）疑惑がさかんに報道されている。アメリカ人の目の前には、<font color=blue>「従来とは違う何か」</font>がいま提示されはじめている。その潮流の中に総合格闘技の台頭もある。<font color=blue>アメリカと日本は、昨今の小泉首相とブッシュ大統領ではないが、歴史的にコインの裏表のような関係。</font>水面下で進行中のアメリカの変化に、日本は文化の面から関与しようとしている。<br />
<br><br />
<font color=blue>●ブラジリアン・ファイターはなぜ強いのか？</font></p>

<p>　試合に直接関係ない話を長々と書いてしまったが、格闘技は試合だけでなく、全体をひとつの現象として捉えることで、歴史につながる面白さが見えてくる。<br />
　最後に、今回のミドル級のGPでも目立ったように、<font color=blue>ブラジリアン・ファイターの相変わらずの強さ</font>についても簡単に言及しておこう。</p>

<p>　確かにブラジル人の身体感覚はすばらしい。ことにスポーツ（格闘技）に関しては、世界レベルで見ても<font color=blue>人類の財産と言っていいクオリティー</font>を発揮していると、ぼくも思う。ただ、一見するとブラジル勢の独走に見える格闘技界だが、（メディアを含め）見ている側にいくつか根本的な錯覚があるように思える。</p>

<p>　総合格闘技というのは、<font color=blue>「ルールをより排することで、あらゆる格闘技の出身者が平等に強さを競うもの」</font>、つまり、<font color=blue>「総合格闘技の勝者こそが最強の格闘家である」</font>……、こんな概念に支えられている。<br />
　しかし、これは総合格闘技を中心に見た場合に成り立つひとつの考え方であり、総合格闘技と比べてレスリングや柔道、相撲などが劣っているという話には、じつはならない。本当に強いと言うなら、レスリングでも柔道でも相撲でも勝つ必要がある。にもかかわらず、<font color=blue>総合格闘技＝最強という印象（幻想）</font>をファンは当たり前に持ってしまっている。</p>

<p>　この幻想を作り出したのが、<font color=blue>グレイシー柔術を中心にしたブラジリアン・ファイター</font>であり、ホイス・グレイシーがUFCで快進撃し、兄のヒクソンが日本の「最強」プロレスラー・高田延彦を連破することで、ひとつの絶対的な価値を生み出した。「あらゆる格闘技のなかで最高」という概念は、はじめプロレス（新日本プロレス）が打ち出したものだが、創設者であるアントニオ猪木の弟子にあたる高田がヒクソンに破れることで、その権利がグレイシーの側に奪われてしまった。</p>

<p>　以上の点は、<a href="http://www.thunder-r.net/docchi/kouki.html"target=_blank>前田日明の「復活」</a>についてふれた稿の中でも書いたが、ここでさらに一歩踏み込むなら、ブラジル人の強さというのは<font color=blue>「自分たちの土俵に立っている者の強さ」</font>ということ。リングス時代のロシア人ファイターが、総合格闘技＝バーリ・トウードに対して「あれはブラジル人のルール」と評していたことなども、それを物語っている。</p>

<p>　ブラジル人は確かにすごい。しかし、彼らの土俵の上に立って、その上で彼らの強さに対抗しようとしているヒョードルを初めとするロシア勢、あるいは日本やオランダのファイターたちも、じつは相当に「すごい」のである。</p>

<p>　たとえば、吉田道場のファイターたち。彼らは全日本ではトップレベルの柔道家だが、まだ吉田と中村以外は、十分な活躍ができていない。しかし、ノゲイラやシウバがもし数ヶ月の準備期間で全日本柔道選手権に出たとして、どこまで勝てるだろうか？　そのような想像ができれば、彼らの挑んでいることの意味も捉えやすくなる。</p>

<p>　もう少し俯瞰して言うなら、日本という国は「外の文化を作り替えた」という言い方があるように、歴史において徹底して<font color=blue>「他人の土俵の上」で戦うこと</font>を続けてきた面がある。武士道と呼ばれるものも、じつはそうした自己犠牲的な精神と呼ぶこともできる。K-1も母体である正道会館という空手団体が、キックボクシングという土俵に上がったことで成立したものだ。<br />
　<br />
　総合格闘技でも、そこで戦う日本人ファイターは、身体感覚のポテンシャルで世界有数のレベルにある<font color=blue>ブラジル人の土俵</font>に乗っている。その上で、本気で勝とうともしている。<br />
　しかも、その「他人の土俵」を自分たちでわざわざ作り、結果として優秀なブラジリアン・ファイターが育つ土壌を作り、最高の環境を整えた上で……。<br />
　こうした“場づくり”を半ば無意識で行っているすごみ。ヒョードル×ミルコ、ショーグン×アローナのようなレベルの高い戦いを、実現させてしまっていることのすごみ。プロデューサーがいて、観客がいて、選手がいるという“場”のあるすごみ。<font color=blue>「総合」と呼ぶのなら、そうした点についても目を向ける必要がある。</font></p>

<p>　以上、PRIDEという格闘技イベントから見えてくる日本。そして、世界。そんなものについても、ついつい書いてしまいました。<br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>HERO&apos;S代々木大会を見た</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/07/heros.html" />
<modified>2005-09-26T08:14:21Z</modified>
<issued>2005-07-06T23:12:12Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2005:/astralbout/10.173</id>
<created>2005-07-06T23:12:12Z</created>
<summary type="text/plain">
旗揚げ戦に引き続き、総合格闘技「HERO&apos;S」の代々木大会を観戦してきました。
まだテレビ中継の録画も、報道もほとんど見ていないけれども、なんだろう……思ったよりも面白かったし、お客さんもかなり入っていた。満員マーク？　ちょっとマジメに個々の試合をプレイバックしてみます。
</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>格闘技</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>旗揚げ戦に引き続き、総合格闘技<a href="http://www.so-net.ne.jp/hero-s/03eventresult/20050706/20050706.html"target=_blank>「HERO'S」の代々木大会</a>を観戦してきました。<br />
まだテレビ中継の録画も、報道もほとんど見ていないけれども、なんだろう……思ったよりも面白かったし、お客さんもかなり入っていた。満員マーク？　ちょっとマジメに個々の試合をプレイバックしてみます。</p>

<p><br />
<font color=blue>■第1試合　<br />
○ホドリゴ・グレイシー（ブラジル／チーム グレイシー柔術）（2R判定3-0）國奥麒樹真（日本／フリー） ●</font></p>

<p><font color=black>パンクラスの２階級で王者になった国奥がフリー後初参戦。グレイシー相手に互角にわたりあったが、ファーストコンタクトで下になったのが痛かった。試合時間は2R10分だからあっという間。グレイシーは勝負強いという印象。</font></p>

<p><font color=blue>■第2試合<br />
○ボブ・サップ（米国／チーム・ビースト）（1R3分44秒　KO） アラン・カラエフ（ロシア／リングスロシア）●</font></p>

<p><font color=black>なんと第2試合でサップが登場。トーナメントが主役の大会だからかな。結構、新鮮。相手はロシアの腕相撲世界王者。クルミを指で割ってしまえるやつ。総合2戦目なのに、最初に上になったのはカラエフのほう。相変わらずもろいサップ。でも殴り合いのKO勝ちは盛り上がった。ちゃんと技術のある選手と戦ったら、やっぱ勝てないだろうな。</font></p>

<p><font color=blue>■第3試合<br />
○秋山成勲（日本／フリー）（1R 0分59秒　腕ひしぎ十字固め ）カール“トゥームストーン”トゥーミィ（オーストラリア／チームエクストリーム） ●</font></p>

<p><font color=black>KO率100％というアヤシイ?ふれこみで紹介されたトゥーミィにあっさり勝った秋山。まだまだウオーミングアップみたいな試合。筋肉はすごいが、柔道のスキルが総合でまだほとんど使えていない。対打撃の試合をもう少し見てみたいが。</font></p>

<p><font color=blue>■第4試合<br />
○レイ・セフォー（ニュージーランド／レイ・セフォーファイトアカデミー） （2R 0分30秒　KO）キム・ミンス（韓国／リングスコリア） ●</font></p>

<p><font color=black>総合初挑戦のセフォーが快勝。寝技への対応がある程度できていたので、そうなるとあの打撃はかなりの武器。試合慣れもしているし。ミルコ、ハントの成功を裏打ちするかのような印象。</font></p>

<p><font color=blue>■第5試合<br />
○菊地昭（日本／KILLER BEE）（2R1分41秒　TKO）井上克也（日本／和術慧舟会　ＲＪＷ） ●</font></p>

<p><font color=black>修斗（菊池）とパンクラス（井上）のトップ同士の対決は、あっさり修斗の勝利。ていうか、そこそこ格闘技を見ているぼくでも知らないニューカマーが次々出てきている感じ。特に修斗は中軽量級の人材の宝庫なんだろうな。そうか、菊池はKIDの道場の所属なのか。なるほどー。</font></p>

<p><font color=blue>■第6試合（ミドル級トーナメント１回戦）<br />
○所英男（日本／STAND）（2Rドロー　延長0分08秒　KO）アレッシャンドリ・フランカ・ノゲイラ（ブラジル／ワールドファイトセンター） ●</font></p>

<p><font color=black>今大会一の大番狂わせ。序盤、ノゲイラ必殺のギロチンチョークにあっさりかかった所だが、なんとしのいでしまい、そのまま判定へ。ノゲイラのやや分がありという内容だったが、ドロー判定で、会場は「エエ〜！」。日本人に一方的に肩入れする観客って、結構少ないんだよね。<br />
で、心持ちもやもやした空気のまま延長戦……しかし、開始直後、意表をつくバックブローで“無敗王者”にKO勝ち。判定のエエ〜！が帳消しになる結果に、会場は大盛り上がり。<br />
ノゲイラはどんなコメントしてるのかな。ノゲイラ有利といっても、私見では0.5ポイント程度の差。判定で勝ったつもりでいて、テンション少し落ちたところにバックブローみたいな感じだったから、ある種油断負けだった気もする。所の格闘家としてのセンスが、随所で感じられた内容だった。</font></p>

<p><font color=blue>■第7試合（ミドル級トーナメント1回戦）<br />
○高谷裕之（日本／フリー）（1R1分56秒　KO ）ヤニ・ラックス（スウェーデン／チーム・スカンジナビア） ●</font></p>

<p><font color=black>ケンカ歴28年というふれこみの高谷。彼も修斗の選手みたいだが、初めて知った観客も多かったのでは（自分もそう）。宇野を破ったヨキアム・ハンセンにも勝ったことがあるというヤニ・ラックスに打撃でKO勝ち。トーナメントで日本人が2連勝。会場もいい雰囲気。</font></p>

<p><font color=blue>■第8試合（ミドル級トーナメント1回戦）<br />
●吉田　幸治（日本／フリー）（2R判定　0-3 ）ホイラー・グレイシー（ブラジル／チーム グレイシー柔術）○</font></p>

<p><font color=black>トーナメントにグレイシーのビックネームが登場。対する吉田は柔道とボクシングで実績のある、これまたニューカマー。会見の写真では、柔道やってたわりに腰の高そうな印象があったので、“寝技にも対応できるボクサー”として見ていたが……、試合巧者のホイラーに寝技に持ち込まれ、地味に判定負け。ただ、何試合か見てみたい気がする。</font></p>

<p><font color=blue>■第9試合（ミドル級トーナメント1回戦）<br />
○宮田　和幸（日本／フリー）（1R2分49秒　チョークスリーパー ）シャミール・ガイダルベコフ（ロシア／スコーピオンジム） ●</font></p>

<p><font color=black>素材としては超一級、でも勝ち星に恵まれなかった“オリンピック・レスラー”宮田が、総合で待望の初勝利。ただ、「レスラーは寝技で武器のないので総合では不利」という最近のマット界の風潮が、頭をよぎる。レスリングや柔道だけでは、総合ではなかなか勝てない。この“常識”をどう壊していくか。秋山にも言える話だけれど。</font></p>

<p><font color=blue>■第10試合（ミドル級トーナメント1回戦）<br />
●村浜武洋（日本／ZERO-1 MAX）（1R1分14秒　KO ）レミギウス・モリカビュチス（リトアニア／リングスリトアニア） ○</font></p>

<p><font color=black>リングス・リトアニア、前田日明の秘密兵器？が、村浜にスキルの違いを感じさせるKO勝ち。村浜は総合でのブランクが響いたかな。過去の選手になるかどうかの瀬戸際にいる印象。やはりもう数試合見てみたい。ていうか、いまゼロワンの所属なの？</font></p>

<p><font color=blue>■第11試合<br />
○ピーター・アーツ（オランダ／チーム アーツ）（1R1分36秒　TKO ）若翔洋（日本／Team Paon）●</font></p>

<p><font color=black>K-1のアーツが総合初挑戦で勝利。ただ若翔洋はどうかな？　それなりの覚悟で総合に挑戦しているのだろうが、ファンからするとまず“顔”が見えない。なぜ総合を始めたのか“物語”が見えてこないから、感情移入もできない。それであんなにあっさりと負けてしまっては、消えてしまうのも時間の問題か。うーん。</font></p>

<p><font color=blue>■第12試合<br />
○山本“KID”徳郁（日本／KILLER BEE）（3R1分23秒　KO）イアン・シャファー（オーストラリア／リングス・オーストラリア） ●</font></p>

<p><font color=black>本人も語っていたが、調子がいまひとつだったよう。でも、最後にKO勝ちしてしまうあたりは、メーンイベントとしては合格というところか。会場人気はすさまじかった。</font></p>

<p><br />
……というわけで、トーナメントを勝ち上がったのは、所、高谷、ホイラー、宮田、レミギウスの５人。これにシード扱いになったKID、宇野、須藤が加わって、次回（9/7有明コロシアム）は８人で準々決勝。って、日本人ばっかりだなあ。組み合わせが面白そう。どれも好勝負みたいな。ニューカマーがテレビにどんどん登場して、いい試合をしていけば、K-1MAXみたいに人気が出てくるかもしれない。</p>

<p>以上、とっても普通の観戦記でした。笑。</p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>前田×永田の“舌戦”と新日ドーム大会</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/05/post_7.html" />
<modified>2005-09-26T08:13:59Z</modified>
<issued>2005-05-15T01:48:11Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2005:/astralbout/10.165</id>
<created>2005-05-15T01:48:11Z</created>
<summary type="text/plain">
永田に相応のセンスがあるなら、舌戦の相手であった前田を来場させてこそ“オイシイ”と言えたはずだが、彼にそう思える感覚がどこまであっただろうか？　繰り返すが、ただ理性的に正論を言えばいいわけではない。衆人環視の論争である以上、プロのレスラーならば、その聴衆の感覚を揺さぶる盛り上げ方が必要。そうやってまず自分の戦いに関心を持たせることで、実際に観客動員がアップすればそれが“強い”だけでない、一流レスラーの証にもなる。
</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>プロレス</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>　新日本プロレスのドーム大会が終わった。<br />
　まだ詳しい報道に接したわけではないが、結果だけを見ると、残念ながら戦前の予想の範疇を超えなかった印象を受けてしまう。レスラーが頑張っていないとは言わない。しかし、天山の王座奪取、藤波・三沢組がライガーからピンフォール勝ち、高坂の敗戦、武藤の勝利……と、こうした結果をある程度事前に予想していたファンは多かったのではないか？</p>

<p>　興行に求められるのは、「何が起こるかわからない緊迫感」。<br />
これが醸し出せなければ、もはや新日本プロレスが産み落としたとさえ言えるPRIDEやK-１などの格闘技イベントに、彼らが「勝つ」ことは難しい。</p>

<p>　これはよく指摘されるが、では、この肝心の緊迫感をどうやって出せばいいのか？　<br />
　多くのファンはプロレスは総合格闘技のような“リアルファイト”ではない、と思ってしまっている。そんなに簡単に決めつけていいのかという気もするが、少なくともそう思われていることは事実。それが人気や観客動員に影響している。<br />
　レスラーはこの空気を変えてしまわなければならないわけだが、どう変えたらいいか……明確な回答はまだ示されてはいない。</p>

<p>　ここで、大会前にプロレスマスコミを賑わしたあの前田日明と永田裕志の“舌戦”について取り上げてみよう。<br />
　筆者はこれまで書いてきたように前田のことを応援している“立場”だが、この舌戦について、別にどちらが正しいという話をしたいわけではない。<br />
　ただ、プロレスに必要な緊迫感とは何か？　ということについて考えた場合、“プロレスを駄目にした張本人”として前田に公の場で槍玉に挙げられた永田の、レスラーとしてのセンスというものがどうしても気になってしまう。</p>

<p>　レスラーとしてのセンス。といっても、それはかなり単純な話。<br />
　前田自身は、プロレス批判の例として挙げただけかもしれないが（つまり、ケンカを売るような明確な意図があったとまでは思えないが）、永田の立場からすれば、これを逆に利用することで自分の価値を高めることもできる。</p>

<p>　これが筆者の言うところのセンスだ。<br />
　たまたま起こったようなことでも、自分のキャリアアップの道具にしてしまう。状況とリンクさせてオイシイ展開を作る。そういう本能的な感覚。<br />
　“舌戦”などと表現したが、話の内容も別に複雑とは思えない。前田の批判に対して、永田は反論した。それに対して、前田は「反論する以上は覚悟があるのか？」と問うた。イエスかノーかの話であって、あとのことはその枝葉にすぎない。</p>

<p>　筆者が報道などで目を通した限り、永田の反論は、「腹が立った」などと言いながら、それなりに理性的なものだったし、筋道自体は通っていた。<br />
　しかし、ファンが聞きたいのはそんな理屈ではないということだ。<br />
　当たり前の話だが、プロならばファンに夢を売らなければならない。その感覚がものすごくズレてしまっていたように筆者には映る。</p>

<p>　もっとわかりやすく言えば、3月に組まれた前田の弟子にあたる高坂剛との一戦は、“前田との抗争”を始める絶好のタイミングでもあったはずだ。<br />
　しかし彼の反論は、まっとうなものであったとしても、この高坂戦という“次の展開”にうまくつながったとは思えない。つまり、点と点が一本の線にはならなかった。<br />
　これでどうやってカードに感情移入しろというのだろう？　純粋に試合内容で勝負する？　……それでプロレスラーなのだろうか？</p>

<p>　肝心の試合自体も、高坂のスリーパーで落ちてしまい、中途半端な敗戦……。<br />
　高坂も勝利はしたが、永田に最初に足関節を極められたという点が屈辱だったとのことで、今回のドーム大会での再戦が決定。<br />
　この結果も言ってしまえば、あまり大きな注目は集められないままに、ある意味予想通り？、永田が高坂に雪辱を果たした。しかし、それが何だったのだろうか……。</p>

<p>　ドーム大会には、前田をバックアップする上井文彦氏や、彼らが開催するプロレスイベント「Wrestle-1」に出場が確実視される柴田勝頼、村上一成、山本宜久らが来場し、高坂に勝利した永田との間に“遺恨”が勃発したと伝えられる。</p>

<p>　しかし、この展開自体はある程度は予想できたこと。<br />
　永田に相応のセンスがあるなら、舌戦の相手であった前田を来場させてこそ“オイシイ”と言えたはずだが、彼にそう思える感覚がどこまであっただろうか？<br />
　繰り返すが、ただ理性的に正論を言えばいいわけではない。<br />
　衆人環視の論争である以上、プロのレスラーならば、その聴衆の感覚を揺さぶる盛り上げ方が必要。そうやってまず自分の戦いに関心を持たせることで、実際に観客動員がアップすればそれが“強い”だけでない、一流レスラーの証にもなる。</p>

<p>　こうした点にちゃんとピントが合っていれば、前田をドームに来場させることが、今回の永田の最大の使命であったと気づいたはずだ。<br />
　というより、気づかなければおかしいし、それが理屈でなく本能的にわかることが（一般の格闘家にはない）レスラーのセンスではないのか？</p>

<p>　もちろん、ただ来いと挑発してハイと前田が来るわけがない。だからこそ、来ざるを得ない状況にする。だとしたら、答えは簡単だ。前田の挑発に乗ればよかったのだ。<br />
　永田は反論の中で、前田のかつての格闘技戦（ドン・ナカヤ・ニールセン戦）を「自分の総合の試合（ヒョードルに秒殺負け）と一緒にしないでほしい」と批判した。それに対して、前田は「批判するなら、ニールセン戦と同じシチュエーションのカードを用意するから戦え」と言い返した。</p>

<p>　ここでいちいち理屈を言ってしまっては始まらない。<br />
　あれこれ言わずにそのまま承諾してしまえば、「ドームでの高坂戦を見に来い。いまの自分の力を見せつけてやる」と発言をする権利が生まれる。発言に説得力が出てくると言い換えてもいい。こうした展開ならば、前田もドームの来場を拒否できなくなる。</p>

<p>　これがファンに見せるべきプロレスラーの“センス”ではないだろうか？<br />
　こういうやりとりをアングルなどといい揶揄する（斜め読みしたがる）ファンも多いが、これくらいのアングルも仕掛けられないでレスラーと言えるのかと筆者は思う。<br />
　言い換えれば、理屈でいくらアングルを作っても、簡単にはファンは乗らない。<br />
　大事なのは、本能。前田は本能的な感覚で、永田の存在を否定した。本能に対しては本能で反応できなければ、何も盛り上がらない。</p>

<p>　ドームの戦前にこうした本能的なやりとりが展開され、一つの状況が作れていたら、プロレスマスコミも注目し、当然のことながらもっと永田×高坂戦をあおっただろう。大会も注目され、永田は台風の目になる。<br />
　実際問題、前田が上井氏をはじめ、柴田や村上らを引き連れる形でドームに押し寄せれば、あるいはメインを食ってしまった可能性がある（雑誌の表紙を飾るケースになる。むろん主役は前田と永田だ）。<br />
　第2試合に追いやられていた鈴木みのるが、この展開を“オイシイ”と感じたら、前田と鈴木の遭遇というオマケだってつけられたかもしれない。<br />
　<br />
　こんな可能性すらありえたカードが、現実にはどうだったのか？　……この想像力の落差が、プロレス人気の低落の真の原因ではないのか？<br />
　正直あまり熱心というわけでもない筆者でさえ、ちょっと想像しただけでこれくらいの展開は思いついてしまう。</p>

<p>　これは高い理想について論じているわけではなく、プロと呼べるほどのセンスがある者なら当然できるはずの（できてくれなければ困るレベルの）“仕掛け”ではないだろうか？<br />
　この程度に目の肥えたファンは、その肥えた目を満足させるためにPRIDEやK-1を見ているのであって、「格闘技の方がリアルファイトだから人気が集まっている」などという単純なものではない。<br />
　人気と呼ばれるもののからくりが本能的にわかるレスラーが現れれば、状況はいくらでも変わる。その可能性は決してゼロではない。<br />
　仮にPRIDEのリングで連戦連勝するレスラーが現れたとしても、盛り上がるのは格闘技界であって、だからプロレス界が人気復活するとはかぎらないということだ。</p>

<p>　引退した前田の発言がなぜ波紋を呼ぶのか？　それはこの本能がいまだに彼の体内に宿っていることを、ファンが感じ取っているからだ。<br />
　その前田とまともに絡み合うことができなかった永田は、残念ながら、いまの新日本プロレスに欠落した何かを象徴していると筆者は思う。新日本プロレスには、彼のように“いいレスラー”は確かにたくさんいるが、“いい”というだけで夢を叶えられるとは限らないということに気づくには、まだまだ時間がかかるのかもしれない。<br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>PRIDEミドル級トーナメントと「金原弘光」の場合</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/05/pride.html" />
<modified>2005-09-26T08:13:23Z</modified>
<issued>2005-05-09T01:40:22Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2005:/astralbout/10.164</id>
<created>2005-05-09T01:40:22Z</created>
<summary type="text/plain">　このプロデュースを、独立して、すべて1人でやる（そして結果を出す）というのは難しい。金原が実力者でありながら勝ち星に恵まれないのも、おそらくこの点にあるのではないか？ たとえば去年10月のアリスター戦に勝てていれば、次戦の展開も変わり、ミドル級トーナメントにも出場できていた可能性はある。それが叶わなかったのは、アリスターに負けたからというより、その対戦を引き受ける過程での戦略の問題もあったはずだ。有利なシチュエーションがつくれたら、結果が変わっていた可能性もあるのだから。
</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>格闘技</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>　PRIDEミドル級のトーナメントが始まった。見ての感想はいろいろあるが……、すでに発売された雑誌などを見るかぎり、それほど大きく視点が異なっているわけでもない。</p>

<p>　ただ今回ふと感じたのは、フレーズ自体はありきたりだが、「リングの上だけが戦いではないんだな」ということ。<br />
　そう感じたのは、大会が終わって数日後、トーナメント出場の機会を逃した金原弘光のブログに、たまたま目を通していた時のことだ。</p>

<p>　彼の実力がミドル級では日本でも指折りあることは、筆者もよく知っている。しかし、PRIDEのリングに上がるようになって以降、どうしても勝てない。PRIDEのオフィシャルサイトの戦績をなんとなく眺めていたら、あることに気がついた。</p>

<p>　<font color=blue>ヴァンダレイ・シウバ、ミルコ・クロコップ、アリスター・オーフレイム、マウリシオ・ショーグン</font></p>

<p>　対戦相手のすべてが相当の実力者であることはもちろん、シウバ、オーフレイム、ショーグンは、先のミドル級トーナメントの１回戦も見事突破している。ミルコも含め、事実上、彼らの踏み台になってしまったような格好だ。</p>

<p>　また、試合間隔で言えば、</p>

<p>　<font color=blue>シウバ（2002年11月）→ミルコ（04年５月）→アリスター（同年10月）→ショーグン（05年2月）</font></p>

<p>　ミルコ戦以降、4〜5か月という決してコンスタントとは言えない間隔で、言ってみればポツンポツンと、強豪との試合が組まれている。<br />
　これでは戦いが線としてつながっていかず、ただ一つ一つの敗戦の記録だけが重なっていくかのような印象を受ける。ハッキリ言ってもったいない。</p>

<p>　筆者が思ったのは、おそらくPRIDEとの交渉も彼自身が直接関与しているのではないかということ。<br />
　であるなら、ファイターの性分としては、基本的には「この人とは戦いたくない」とは言いにくい面があるだろう。だから半分強がりでも、チャンスだと思ったら無謀なカードを引き受けてしまう。<br />
　筆者から見れば、すでにこの時点で相手に有利なポジションを奪われたようなものだ。不利な状態でリングに上がってしまっているのである。</p>

<p>　これに対し、賛否両論はあるが、グレイシー一族がなぜあれだけ事前の交渉にこだわるのか？　シウバやノゲイラ、ミルコらがなぜチーム単位で交渉を行っているのか？<br />
　練習に集中したいからというだけではあるまい。チーム単位で自分に有利な状況を作りだし、負けるリスクをより少なくした上でリングに上がりたいという意図があるからだ。</p>

<p>　「真剣勝負のリングでは実力のあるものが勝つ」……というのは、正論と言えば正論だが、その実力には技術的なもの、精神的なもの以外にも様々な要素が含まれている。<br />
　総合格闘技というのは、その「様々な要素」が総合された状況の中で戦うということを、本質的には意味しているのだと筆者は思う。</p>

<p>　元リングス勢は、正直言えば前田日明の卓越したプロデュース能力によって支えられていた（うまく能力が引き出されていた）面がやはりある。<br />
　このプロデュースを、独立して、すべて1人でやる（そして結果を出す）というのは難しい。<br />
　金原が実力者でありながら勝ち星に恵まれないのも、おそらくこの点にあるのではないか？</p>

<p>　たとえば去年10月のアリスター戦に勝てていれば、次戦の展開も変わり、ミドル級トーナメントにも出場できていた可能性はある。<br />
　それが叶わなかったのは、アリスターに負けたからというより、その対戦を引き受ける過程での戦略の問題もあったはずだ。有利なシチュエーションがつくれたら、結果が変わっていた可能性もあるのだから。</p>

<p>　そう言えば、ケガもあり、同じようにトーナメントに出場しなかった1人に、同じリングスでしのぎを削った田村潔司もいる。<br />
　田村もリングスを離れ、PRIDEに出場した初戦で、金原と同様、いきなり強豪シウバとのタイトルマッチ。ルールも異なる大会の初戦で、よくもまあこんなカードを引き受けたものだと、筆者自身、驚いた記憶がある。</p>

<p>　ちなみに田村は、このシウバ戦後、ブレイクする前のボブ・サップともPRIDEで戦っている（体格差が災いして秒殺KO負け）。このへんは以前にも<a href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2002/07/post_12.html"target=_blank>「観戦記」のページで指摘した</a>ことだが、田村はこうした“無謀な敗戦”を通じて、自己プロデュースの難しさというものを肌身で感じたのではないだろうか？</p>

<p>　田村の場合、リングス時代から自分でジムを立ち上げ、弟子を育て、離脱後はUWFルールを踏襲した大会を定期的に開くまでになっている。<br />
　今回のトーナメントはケガという不可抗力もあったようだが、最近の動向を見るかぎり、リング外での戦い＝自己プロデュースについても、リングでの戦い並みに重要視し、あれこれ試行錯誤している様子が見受けられる。</p>

<p>　PRIDEで勝てない金原も、いま最も考えなければならないのは、この点だと筆者は思う。タイにキックの修行に行くよりは、自分のことをよく理解し、うまくプロモートしてくれるブレーンとの出会いに意識を向けることのほうが重要だ。あるいは、田村同様、自分自身で意識してこの能力を身につけていくか……。<br />
　選手層が充実し、実力が均衡してくると、おそらくこんなところで差が出てくる。</p>

<p>　今回のトーナメントの8人の勝者は、この点でもかなり実力が均衡している（つまりは勝つべくして勝った）ように思われるが、どうだろう？　あえて異分子を挙げるのなら、一匹狼に近いボブチャンチン。捨て身で殴り込んできている気配があり、台風の目になる可能性は十分にある。<br />
</p>]]>
</content>
</entry>
<entry>
<title>どっちの世界を？〜前田日明、船木誠勝、ふたつの「戦い」（後記）〜“弱肉強食”、“永遠の戦い”の先にあるもの</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.thunder-r.net/astralbout/archives/2005/03/post.html" />
<modified>2005-09-26T07:54:06Z</modified>
<issued>2005-03-09T18:17:03Z</issued>
<id>tag:www.thunder-r.net,2005:/astralbout/10.13</id>
<created>2005-03-09T18:17:03Z</created>
<summary type="text/plain">
武道の世界でも、もちろん試合はする。そこでの勝利も求める。しかし、「兵法」の「家伝（極意）」とされているのは、「自由な動き」そのものにある。前田の発想に置き換えれば、自らの能力を最大限に引き出した結果得られる境地（感覚）であり、そのためにこそ試合（試し合い）も存在するとなる。ということは、どういうことか？　そう、すべての選手の能力を引き出せないルールを「最強を決めるためのルール」だと固定化してしまうことは、極論すれば試合を組む意味すらないということになってしまう。</summary>
<author>
<name>長沼敬憲</name>
<url>http://www.thunder-r.net</url>
<email>info@thunder-r.net</email>
</author>
<dc:subject>サムライ</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.thunder-r.net/astralbout/">

<![CDATA[<p>　<font color=red>■転換期のK-1がもたらした“リングス復活”</font></p>

<p>　どうやら、前田日明の「リングス」が復活する模様だ。<br />
　当初、新日本プロレスを退社した上井文彦氏の立ち上げるプロレス興行に、スーパーバイザーとして協力するとの話だったが、上井氏に協力するK-1のラインから、新たに総合格闘技の興行にも参画することになったようだ。</p>

<p>　３月26日、さいたまスーパーアリーナ。大会名は<a href="http://www.so-net.ne.jp/hero-s/"target=_blank>「HERO'S」</a>。<br />
　前田が選手のスカウトや育成、上井氏が運営を手がけるという点では前出のプロレス興行（WRESTLE-1の名称になった）と変わらないが、事実上、K-1の総合格闘技部門「K-1 ROMANEX」を引き継ぐような格好だ。<br />
　現にK-1プロデューサーの谷川貞治氏も、「K-1は立ち技最高峰を決める競技」と語り、総合格闘技からの「撤退」を表明している。<br />
　立ち技オンリーで行われてきたK-1が、総合格闘技にも進出したのは、創始者の石井和義前プロデューサーの発案によるもの。競技としての“マンネリ”をプロデューサーとしての皮膚感覚で察知した石井氏が、有力選手の反対を押し切って総合のカードを導入したのは、2002年8月8日のこと。<br />
　この時のカードが、今をときめくミルコ・クロコップの総合格闘技・デビュー戦（対藤田和之）であることを思えば、石井氏の着眼の非凡ぶりは認めるしかない。</p>

<p>　振り返ってみると、総合格闘技の導入でK-1は確かにレベルアップした。<br />
　競技としてルールが大きく変わったわけではないし、総合の試合で実績を残せるまでになったミルコやマーク・ハントは、ともにK-1から離れてしまった。興行的なメリットがあるわけではない。<br />
　しかし、“怪物路線”などと揶揄されたボブ・サップ、曙らの起用も含めて、外部の“刺激”を効果的に取り入れていくことで、個々の選手の質は全体的にレベルアップした。筆者にはそう映る。</p>

<p>　特に日本人トップファイター・武蔵の台頭は、この２大路線の導入が大きく関係している。“他流試合”を数多くこなし、まさに皮膚感覚で対応力を身につけていったことが、２年連続GP準優勝の要因の一つとなった。<br />
　しかし逆に言えば、一定の成果を上げた以上、K-1もしばらくは本戦を充実させる方向へと進んでいきたいところ。中量級のK-1 MAXも順調だ。といって、大晦日に「K-1Dynamite!」がある以上、総合系の選手も大事にしたい。<br />
　こうした思惑の進行する中で、上井・前田のマット界復帰・旗揚げ。谷川氏にとっても「渡りに船」だったのではないか。結果として上井氏を助けることにもなるし、前田の才能を生かす場をつくることにもなる。</p>

<p>　<font color=red>■前田の“毒”はPRIDEを脅かすか？</font></p>

<p>　大まかな図式で言えば、K-1の最大のライバルは、大晦日決戦を見てもわかる通り、総合格闘技イベント<a href="http://www.prideofficial.com/"target=_blank>「PRIDE」</a>。<br />
　といっても、総合部門に関しての実績は、“本家”のPRIDEのほうが上。<br />
　繰り返すが、その状況下に新日本プロレスを離脱した上井氏と、事実上、PRIDEによって活動休止に追い込まれた前田日明が「復活」した。そして、彼らが言ってみれば、K-1の総合部門を引き継ぐようなカタチになった。</p>

<p>　これはただ単に、総合格闘技のビッグイベントが「PRIDE」と「HERO'S」の２つに集約されていく……というだけの話ではない。<br />
　冒頭でも触れたように、「HERO'S」はK-1の総合部門を継承していくものであっても、前田が主導していく以上、「リングス」色が必ず出てくる。というより、報道を見るかぎり、K-1側も「リングス」を復活させる意向を持っているようだ。</p>

<p>　谷川氏の陣営はさすがに頭が切れる、と筆者は思う。<br />
　「K-1ROMANEX」では、いくら大物選手を起用し、総合格闘技イベントをうたっても、実績のある「PRIDE」の二番煎じの感は否めなかった。<br />
　しかし、「リングス」ならば、旗幟鮮明となる。前田日明の個性が全面に出てくることで、ファンは「PRIDE」と違う何かを期待するからだ。</p>

<p>　運営形態がどのように変わっていくかは展開次第だが、順調に進んでいけば、どこかで「HERO'S」という大会名自体、「リングス」に変わってしまうかもしれない。もしかしたら上井氏もプロレス興行のほうに専念して、運営も前田が担うようになるかもしれない。もちろん、上井プロレスとK-1、K-1MAXと、出場する選手も状況によりクロスオーバーするだろう。そしてこれらの枠の中で人気と実績を得た選手が、年末の大舞台「Dynamite!」に出場する。</p>

<p>　テレビはTBSがつく。場合によっては、「K-1JAPAN」から撤退した日本テレビでも、何らかの別企画が進行しているかもしれない。<br />
　これはなかなか、PRIDEにとっても手強い相手だ。“お祭り”的要素が批判されてきたここ数年のK-1に、前田という“毒”が加わる。大晦日の「Dynamite!」が内容的にも充実してくると、この先、数字でも上回るのが難しくなるかもしれない。</p>

<p>　<font color=red>■リングスは“真剣勝負”でなかった？</font></p>

<p>　と、このあたりまでは、ある意味で表面的な未来予測。<br />
　これだけの話だと、PRIDEとHERO'Sの対立図式は、ただの興行戦争に前田の“怨念”が加わっただけのものになってしまう。<br />
　筆者の目には、もう少し面白いものが見えている。<br />
　それはいまだ誤解の多い前田日明とリングスの“謎解き”にもつながってくるし、低迷がささやかれて久しいプロレスの「復権」にも大いに関係している。おそらく、前田の目指している総合格闘技が、PRIDEの目指しているそれと似て非なるものであるということも、もっと明らかになってくるかもしれない。</p>

<p>　格闘技マスコミの前田評、リングス評をざっと紹介しよう。<a href="http://www.boutreview.com/"target=_blank>「Bout Review」</a>という格闘技サイトを運営している井田英登氏が、<a href="http://allabout.co.jp/sports/k1/closeup/CU20050125A/"target=_blank>「ALL ABOUT」</a>という別のウエブサイトにコラムを寄せている。まず彼は、今回の前田の「復活劇」を、</p>

<p>　<font color=blue>30年近くプロレス枠での活動を行って来た上井氏はともかく、前田自身は1991年のリングス旗揚げ以降、「自分のやりたいのは格闘技であって、プロレスではない」と、一回は決別を宣言したはずの身。プロレス業界に対して、複雑なルサンチマンを抱えた言動が“売り”だっただけに、（現役選手ではないとしても）プロレスサイドに復帰するというのは、ファンの側からすると若干理解に苦しむ行為ではある。</font></p>

<p>　と前置きした上で、「リングス」について次のように語っている。</p>

<p>　<font color=blue>そもそもリングス時代も、前田はプロレス界から一歩も出ては居ないという考え方もできるだろう。彼のプロイズムは競技に徹した格闘技というより、観客にどれだけの興奮と感動を持たせて帰らせるか、という所を大事にしており、彼のリングスでの試合も、厳密な意味での“競技”ではなかったと指摘する声も多い。</font><br />
　<br />
　こうした指摘は、筆者もこれまで何度か目にしてきた。確かに、いわゆる格闘技マスコミ・ファンの捉える格闘技観から見れば、「リングス」のルールは“真剣勝負”としての要素が薄く映る。だから当然、「リングス」に対する次のような見方も成り立ってくる。</p>

<p>　<font color=blue>総合格闘技界にあって「世界標準スタイル」となったヴァーリトゥードルールに、最後まで前田リングスは抵抗し続けた。ロープエスケープを駆使した旧リングスルールの娯楽性や、顔面へのグラウンドパンチを排したKOKルールなど、よく言えばオリジナリティ溢れるルールを堅持し、「大勢に流される」ことを嫌ったプロデューサー＝前田だが、PRIDEや修斗でVTルールのスリリングな攻防を見慣れたファンからは、リングス＝「ぬるい」団体というレッテルを貼られた。</font></p>

<p>　<font color=red>■強さとは「対応力」である</font></p>

<p>　こうした「レッテル」の背景は、よく言われているように、「グレイシー柔術」が「UWF」に勝利したことが遠因にある。<br />
　UFCにホイス・グレイシーが彗星のごとく現れ、「ヴァーリトゥード」の凄みを存分に世界に伝え、兄のヒクソンがUWFで「最強」を名乗ってきた高田延彦に２度にわたって圧勝した。このグレイシー兄弟（グレイシー柔術と言い換えてもいいが）の成し遂げた「勝利」が、「世界標準スタイル」を作り上げた。</p>

<p>　高田は敗者としての葛藤を乗り越えて、勝者の提示した「世界標準」を受け入れた。点のイベントに過ぎなかった「PRIDE」が線になり、「世界標準」の中で強さを競い合う場ができたのは、「最強」だった高田がそれを認知したからだ。そして表現は悪いが、ヴァーリトゥードの強豪に連戦連敗することで、「世界標準」の凄みをファンに伝えた。マスコミにも伝えた。<br />
　高田はいまこの「PRIDE」の統括本部長として大会の運営に当たっている。失ったものが彼の存在を大きくし、「PRIDE」をも大きくしている。</p>

<p>　前田は高田の先輩に当たる。同じUWFという一つの「標準」を作り上げてきた仲間である以上（というより、事実上の中心人物なのだが）、いわば間接的な「敗者」という言い方もできる。<br />
　しかし、前田はこの「敗北」を認めなかった。おそらく、根本的には今も認めていないだろう。繰り返しになるが、過去の稿で取り上げた「強さ」に関する前田の考え方をもう一度紹介しておこう。</p>

<p>　<font color=blue>（ルールに縛られなければ縛られないほど、「果たし合いに近い」という幻想があると思うんです、という質問に対して）それを言うんだったら、なんでアマレスラーが違うルールで勝てるの？　柔術家が勝てるの？　ってなるやんけ。KOKは柔術のルールと全然違うやん。でも、その場所や競技で最高のヤツっていうのは、なにをやっても対応できるんだよ。本当の強者っていうのは。でしょ？<br />
（「紙のプロレスRADICAL・NO25」より）</font></p>

<p>　前田は「強さとは対応力である」と、様々な場で語ってきた。<br />
　ヴァーリトゥードで勝つこともその対応力の現れの一つであって、すべてではない。すべてではないのにすべてであるかのように思われているのは、それだけグレイシーの勝利（言い換えれば、UWF＝高田の敗北）の衝撃が強かったからだ。衝撃的ということは、説得力があるということ。しかし、説得力があるからと言って、それだけで前田の定義が覆ってしまうわけではない。<br />
　もう一度繰り返そう。ヴァーリトゥードで勝つことも対応力の現れの一つ。<br />
　つまり、前田も私淑する<a href="http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya.html"target=_blank>編集工学研究所所長・松岡正剛氏</a>の言葉を借りるならば、「多様であるということ」。この多様さは、日本という国の特色でもある。前田が命名者とも言われる総合格闘技は、日本で生まれたものだ。<br />
　少々わかりにくいかもしれないが、松岡氏の言葉をいくつか引用してみる。</p>

<p>　<font color=blue>かくして同音異義であって、一字多音の国ニッポンというものが生まれていくことになる。こうして「生」という字などは、生一本・生蕎麦のキ、一生のショウ、生活のセイ、生きるのイキ、生ビールのナマ、生まれるのウムなどと、なんともバラエティに富むことになったわけです。</font></p>

<p>　<font color=blue>しかし、歌を忘れたカナリヤをあきらめて、これを雄々しい鷹とか鷲にしようというのはもっとおかしな話です。むしろ、カナリヤならばカナリヤであること自身を知ったうえで、かつカナリヤとしての多様な歌を唄い出すべきであるような気がするのです。<br />
（ともに<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022574682/qid%3D1127719927/249-6433981-1977131"target=_blank>「日本流〜なぜカナリヤは歌を忘れたか」</a>より）</font></p>

<p>　<font color=red>■「理想と現実をクロスさせる」という理想</font></p>

<p>　前田の発想は、ものすごく大ざっぱに言ってしまえば、このような意味での日本流、広く言えば東洋流なのである。<br />
　一方、現在の格闘技マスコミの多くは、やはり西洋的な発想から格闘技というものを捉えている。<br />
　おそらく前田は、グレイシーの強さも実績も、その結果もたらされた衝撃も、すべて認めているし、それ自体は受け入れている。彼が受け入れていないのは、無自覚のうちに「多様さ」を否定し、見失ってしまっているこの世の中の、世界の、あるいは日本人の風潮そのものではないのかと筆者は思う。</p>

<p>　これはべつに、それほど難しいことを言っているわけではない。<br />
　筆者がイメージするのは例えばこう言うことだ。前田はリングスを立ち上げる際に、オランダの盟友クリス・ドールマンの助力を得た。また、リングス・ロシアを立ち上げることで、新たなネットワークを生み出した。<br />
　日本人選手の絶対数の不足という現実的問題があったにせよ、発足当初から、彼は「世界」というものを意識していた。</p>

<p>　リングスという名称自体、彼の世界観を理解する上で暗示的だ。“つながりによって成り立つ場”という認識が見えてくるからだ。<br />
　オランダ、ロシア、そして日本。これをネットワークの核にして、後年、リングス・USAやリングス・ブラジルも立ち上げた。アフリカ以外のすべての大陸に支部ができた。よく知られているように、ロシア勢のなかに現PRIDE王者のヒョードルがいた。ブラジル勢の中に元王者のノゲイラがいた。</p>

<p>　繰り返すが、こうしたネットワークが前田日明の「世界」の核になっていたわけである。彼にとっては最もリアリティのある「世界」。観念でもなく、身体感覚でキャッチできる現在進行形の「世界」である。<br />
　ここで再び過去の稿から彼の言葉を引用する。</p>

<p>　<font color=blue>何度も言うように、俺が言ってるのは、理想と現実を交差する点をいかに高くするかっていうことだから。ウチのルールってさ、どのくらいの変遷があった？　いつも理想と現実をクロスさせるところから始めるわけでしょ？　いまだったら（ノールール形式の試合が）膠着するっていうことをファンが理解できるところまで、まだまだ行ってないし、そういう部分で選手を闘わせるよりも、こっちのルールのほうが面白いからやらせているだけの話ですよ。それがプロモーターだよ。<br />
（「紙のプロレスRADICAL・NO25」前田日明インタビューより　文中のカッコは筆者）</font></p>

<p>　これも繰り返し、前田が語ってきたことだ。理想と現実をクロスさせる……、それ自体が前田の理想であり、現実的な仕事だったわけである。<br />
　この発想に立てば、彼がなぜ最後までヴァーリトゥードに抵抗を示し、「ぬるい」とも評された一面中途半端な（ヴァーリトゥード・ルールから見れば中途半端な）KOKルールを採用したのか見えてくるはずだ。</p>

<p>　ヴァーリトゥードが悪いわけではない。ヴァーリトゥードを採用しても、おそらくロシア勢は対応できるが、立ち技系の選手の多いオランダは対応できない。ヴァーリトゥードの発想では「対応できない＝弱い」となるから、これで話は終わってしまう。しかし、前田の発想はそうではない。<br />
　「対応できない」が一転して、「一部の選手の力しか引き出せない」、という発想になる。</p>

<p>　おわかりだろうか？　「最高のやつは、どんなルールにも対応できる」、これは彼の言う理想。しかし、現実には対応できない選手が出てくる。<br />
　ヴァーリトゥード的な発想を持てばそんな選手も切り捨てることはできるが、これでたとえばオランダの総合格闘技のレベルは引き上げられるか？　むしろ衰退するのではないか？　リングス・オランダはどうなる？<br />
　対応できなかった以上、衰退してもしかたない。そう言えるのは、ある意味でネットワークの外にいる「部外者」の発想。少なくとも前田のやろうとしていたことを理解できる場所＝「世界」には「いない」ことになる。</p>

<p>　<font color=blue>■“弱肉強食”という「世界標準」とは異なるもの</font></p>

<p>　言い換えるならば、ヴァーリトゥードは「弱肉強食」の発想から生まれたもの。<br />
　格闘技なのだから当たり前？　では、前田日明はどうだったのか？<br />
　一見「弱肉強食」の世界に身を置いていながら、彼が試み、実践してきたのは、「この世界のすべての存在を生かすにはどうしたらいいか？」「すべての人の能力を引き出し発揮させるには、どうしたらいいか？」ということ。それが彼の想起し、理想にしたネットワークの根底にあったことが見えてくる。</p>

<p>　「弱肉強食」に対する、強烈なアンチテーゼであることが理解できるだろうか？<br />
　格闘技だから「弱肉強食」なのではない。発想の中に「多様さ」が欠落してしまうから、一つのルールの中での勝負論だけがクローズアップされていく。「リングスは真剣勝負ではなかった」、「競技ではなかった」といったような、（おそらく前田からすれば的外れもいいところの）批判も生まれてしまう。<br />
　そして、すでにお気づきの人もいるかもしれないが、要するに前田の意識の根底には「武道」が眠っているのだということだ。</p>

<p>　日本人の生み出した「武道」は、確かに格闘技と重なる面もある。しかし、イコールでは結べない。それがなぜかということは、前田の生き方を少し観察しただけでも明瞭に見えてくる。<br />
　ここで三たび、過去の稿から、江戸時代の剣豪・柳生但馬守の「兵法家伝書」（岩波文庫・渡辺一郎校注）の一節を引用してみる。</p>

<p>　<font color=blue>……様々の習（ならい）をつくして、習稽古の修行、功つもりぬれば、手足身に所作はありて心になくなり、習をはなれて習をたがわず、何事もするわざ自由也。此時は、わが心いずくにありともしれず、天魔外道もわが心をうかゞひ得ざる也。此位にいたらん為の習也。ならひ得たれば、又習はなく成る也。</font></p>

<p>　<font color=blue>（意訳）さまざまな習練を積んで、技術が身につけば、自動的に身体が動き、こころでコントロールする必要はなくなる。型を離れても型と違わない状態となり、どのような場面でも技が自由に繰り出せる。<br />
　そうなると、天魔外道のたぐいでも、自分のこころがどこにあるか読めなくなる。そのくらいの境地に至らんとするために、習練を積むのである。型を得ることで、同時に型はなくなるのである。</font></p>

<p>　武道の世界でも、もちろん試合はする。そこでの勝利も求める。しかし、「兵法」の「家伝（極意）」とされているのは、「自由な動き」そのものにある。<br />
　前田の発想に置き換えれば、自らの能力を最大限に引き出した結果得られる境地（感覚）であり、そのためにこそ試合（試し合い）も存在するとなる。<br />
　ということは、どういうことか？　そう、すべての選手の能力を引き出せないルールを「最強を決めるためのルール」だと固定化してしまうことは、極論すれば試合を組む意味すらないということになってしまう。</p>

<p>　ヴァーリトゥードが悪いと言っているわけでも、それが選手の能力を引き出せないと言っているわけでもない。<br />
　前田の「理想と現実をクロスさせる」という言葉を思い出してほしい。<br />
　ネットワーク内のレベルが総体的にアップしていけば、ひとつの流れとしてKOKがさらに改良され、結果、ヴァーリトゥードが採用されることになったかもしれない。そしてそこではオランダの強豪も、オーストラリアの強豪も、イギリスの強豪も、ロシアやブラジルと同じようにしのぎを削っているかもしれない。</p>

<p>　結果を見れば、これに似た状況は、ヒョードルやノゲイラを脅かすミルコの台頭によって、PRIDEのリングで徐々に具現化されつつある。立ち技だけだった選手が見事な対応力を見せることで、大幅なレベルアップを実現させたからだ。同じK-1出身のマーク・ハントも、このあとに続くかもしれない。</p>

<p>　しかしこうした結果がもたらされたことは事実であっても、前田の想起する「多様さ」の過程はたどってはいない。である以上、前田は当然、この現実を受け入れてはいない。彼の反骨精神を云々するのなら、その原因はここにあると筆者は思う。性格的な問題だとか、リングスが活動休止になったからだとかそうした理解の仕方では、表面的と言われても仕方があるまい。</p>

<p>　<font color=red>■日本の格闘技を支えてきた“プロレス＝武道感覚”</font></p>

<p>　<a href="tp://www.ns-p.com/wgong/"target=_blank>「週刊ゴング」</a>2005年3/2号の記事によると、前田は「普通は年を取って丸くなるというけど、俺の場合は恨みが倍加するんだ」と、上井氏に語ったのだという。<br />
　この意味を、読者はどうとらえるだろうか？</p>

<p>　さかのぼってみれば、自らの築き上げてきたUWFが負けることで、事実上、「天下の公論」をグレイシーに奪われてしまった。そのグレイシーの延長上にPRIDEがあり、現在の「マット界」の主流がある。<br />
　どんな正論を語ろうが、実践しようが、最終的には自分自身も「敗者」のポジションに置かれてしまった現実がある。</p>

<p>　しかしその原因は、一般の格闘技マスコミが言うような、彼のリングスがただ単に「時代遅れの試合形式」だったからでも、「前田個人のカリスマで持ってきた」からでもない。彼の反骨精神だけをクローズアップして、存在感の大きさに注目しても、その根底にある「可能性」までは見えてこない。<br />
　前田でなくとも、「そんな批判は的外れや！」……と言いたくなるのではないか？</p>

<p>　筆者がつくづく思うのは、日本という国はやはりオバケみたいにいろいろなものを生み出す国なんだな、その多様性はまだ失われてないんだなということ。<br />
　K−１がブームになり、PRIDEも世間に認知され、プロレスは相対的に地盤沈下。そんな情勢の中で、プロレス的なものにも可能性はあるはずだという思いから<a href="http://www.hustlehustle.com/"target=_blank>「ハッスル」</a>のようなエンターテイメント・プロレスも生まれた。</p>

<p>　「リングス」が一部の格闘技マスコミ・ファンに「プロレス的」と批判されてきたことの本質は、言ってしまえば簡単なことなのだ。<br />
　格闘技は「弱肉強食」であり、基本的に勝者しか浮かばれない。しかし、プロレスはそうではない。敗者をも生かそうとする。<br />
　日本人は西洋経由のヴァーリトゥードを格闘技界に導入しながら、プロレス的な感覚で敗者にも勝者と変わらない視線を注いできた。懸命に戦った敗者のほうが、時として試合運びで判定勝ちしただけの勝者より評価される。日本人にとっては「当たり前」でも、これは「世界標準」ではない。</p>

<p>　前田の「リングス」がこれから「マット界」にどんな影響を与え、化学変化を起こすことになるのかはわからない。<br />
　しかし、前田の「復活」した背後には、サムライを生み出した日本の風土、「スポーツ」を「武道」に作り替えてしまう日本人の感性が潜在している。<br />
　それは、お互いの存在をたたえ合う「スポーツマンシップ」とも異なる、最終的には「試合すらもうしなくてもいい」と思える感覚にまで向かってしまう世界。</p>

<p>　話が大きすぎると感じるかもしれないが、わかるだろうか？<br />
　そう。それが「平和」ということ。戦いの先に永遠の戦いしか見えないのか、それとも平安が見えているのか？<br />
　前田日明の話ばかりしてきたが、読者はこの稿（「どっちの世界を？」）が、前田と船木誠勝の意識の対比から始まったことを覚えているだろうか？<br />
　船木はいま、リングを離れ、アクション俳優の道を歩んでいる。マット界からは半ば離れた。しかし、有能な後継者にも恵まれている。彼の追求した「原理主義」の道は、桜庭以来の“救世主”とも期待される近藤有己に引き継がれ、淡々と追求されているからだ。</p>

<p>　極真空手の全日本王者だった数見肇、K-1の舞台で活躍する“トリッキーファイター”須藤元気……、彼らもまた「永遠の戦い」の先のものを見ようとしている。勝つこと以上のことを求めようとする欲張りな若者たち。まだブラジル人にもロシア人にも完全勝利できていないのに。</p>

<p>　どっちの世界を？　そう。どっちの世界からでも、いまを突き抜けた世界は現れる。その世界を想起できるか否かの問題なのである。</p>

<p><br />
</p>]]>
</content>
</entry>

</feed>