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2004年10月10日
問題の書?「親日派の弁明」を読む
●いまだ当たり前ではない「言論の自由」
井沢元彦氏の「逆説の日本史」の最新刊(「朝鮮出兵と秀吉の謎」)を読んでいたら、日韓の歴史認識の問題が取り上げられていた。秀吉を扱った回だから避けては通れないわけだが……、一読すると、やはり韓国の「歴史わい曲」はかなり深刻だという印象を受けた。歴史に関心のない人はピンと来ないかもしれないし、なかには「歴史をわい曲しているのは日本のほうではないか」という人もいるかもしれない。しかし、ニュートラルな立場で見ても、韓国のほうに問題があると言わざるを得ないようだ。
中国や北朝鮮も含めて、「反日」を掲げる国は一様に「言論の自由」が制限されている。一つの現実として、日本人にとって当たり前すぎる権利でも(というより、すでに権利という意識すら希薄なくらいだろうが)、それを許したら成り立たない国もあるということだ。日本人は多くの情報に接している割に、まだ本当に「世界」が見えていない。島国根性が原因と言えばそれまでだが、世界中の国のなかでも日本くらい自由に議論ができる国はないのかもしれないのに、その価値が実感できていないわけである。
自由な議論というとアメリカが思い浮かぶかもしれないが、言いたいことをガンガン言い合うだけが自由ではない。その点で見れば、日本人など彼らの10分の1の能力もない。しかし自由な議論をするためには、まず意識の自由が必要。頭のなかにイデオロギーが存在すれば、その分だけ自由は制限される。宗教もしかりだ。自己主張するだけでなく、受け入れる感覚も必要ということ。むしろ後者の感覚のほうが自由には不可欠であると理解できた時、多くの人のイメージするアメリカ流のディスカッションよりも、日本流の「話し合い」のほうが、じつは物事を解決させる可能性(能力)を持っていることが見えてくる。
●文化を守り通してきた朝鮮の凄み
まあ、この「可能性」については機会を改めて書くとして、今回井沢氏の本を読んでちょっと興味深い作家の存在を知った。「親日派の弁明」という本を著したキム・ワンソプ氏のことだが、この人は生っ粋の?韓国人でありながら「日韓併合」「日本の植民地支配」を「結果的に良かった」と認め、タブーとなっている自国批判の本を出版した。一読してみればわかるが、決して偏った思想を持った人ではない。自国を批判していながら卑下しているわけでもなく、奇跡的なくらいにバランス感覚が取れている。
奇跡的というと大袈裟に思うかもしれないが、本が出版された2002年の3月には、なんとキム氏は「閔妃(=ミンビ *後述)の末裔たちから「名誉毀損」と「外患煽動」で告訴され、逮捕され」ている。「こんなことで投獄されるなら日本大使館に亡命を求めざるをえない」と抗議し、釈放されたそうだが、歴史を扱った本を一冊出しただけで逮捕とは、まあ、日本ではありえない話だ。こういう事実を、どのくらいの日本人が知っているだろうか? しかもその一か月後には政府により著書が「青少年有害図書」に指定され、事実上発禁になってしまったそうだ。いったいどんな内容の本なんだと思うだろう。しかし、繰り返すがごく普通の本なのである。こういう現実を知らないまま「日韓友好」を説いても、複雑な問題が複雑になるだけだという気がしてくる。
筆者はいま、少しずつだが朝鮮の歴史についても学んでいる。反日教育や歴史問題など「病的だな」と感じる面は多々あるが、それをふまえたうえでも、「思った以上に凄い国だな」というのが正直な感想だ。考えてもみてほしい、朝鮮半島はユーラシア大陸のいわば東の袋小路にあたり、逃げ場というものがない。大陸にはその国土の広さに見合った大国の興亡が展開されるから、必然的にその余波を食う。日本の侵略を語る以前に、この半島の人々は古代から幾度となく異民族の侵略を受けてきた。
ハッキリ言ってしまえば、いまの中国にあたる大陸の大国のずっと属国だったわけである。李朝の王などは、宗主国であった清の使節を「土下座」で迎えねばならなかったと言われる。しかし吸収合併されて、消えてしまったわけではない。今日の我々から見ても、中国人と朝鮮人は文化も性格も異なる別々の民族であると、当たり前のように認識できる。日本は島国で海という万里の長城に勝る防壁があったから文化の独自性があるのはある意味当然だが、朝鮮半島は違う。服属を強いられながらも失われず残ったものが、彼らの文化なのである。歴史問題がすべてはっきりしたとしても、この事実は誇るにたるアイデンティティになる。
●サムライを生み出せなかった国の悲劇
朝鮮史において大きなウエートを占めているのは、李氏朝鮮500年の歴史だろう。1392年に建国され1910年の日韓併合まで続いているが、1392年と言えば、日本では室町時代の初期の段階だ。3代将軍義満の治世と言えばわかりやすいだろうか? そのころに建国された王朝が、延々と日本の明治時代末期まで続いたわけだ。先のキム氏は「隠遁の王国だった朝鮮は500年間、外部世界とは石垣を積んで隔てられたまま偏狭な儒教思想に浸りきっていた」と語っているが、日本で言えば、平安時代の国情と重なり合う。
平安時代の貴族政治の実態は、結局のところ政治と言うよりは権力抗争、権威の奪い合いでしかなかったわけだが、その長い400年の歴史のなかで、武士という勢力を生み出す素地をつくった。武士は初めは貴族のガードマンでしかなかったが(サムライ=侍の語源も、侍う・さぶらう=付き従うという語からきている)、次第に自立を志向するようになり、地方に土着し、土地を切り開くことで貴族に対抗する勢力に成長していった。そのなかから一つの政府レベルにまで組織力をつけたのが源氏だ。
自力で土地を切り開いた武士層を支持母体とした源氏は、幕府という貴族たちとは別の政治機構をつくり、事実上日本を支配するようになった。源氏の血統は足利氏(室町幕府)、徳川氏(江戸幕府)へと引き継がれ、地方自治をベースにしたゆるやかな連合国家を形成することに成功した。世界を驚かせた近代日本の発展の背景には、自主自立のサムライたちの政権が長い歴史の中で完成の域に達していたことが大きい。サムライの国へと変革を遂げてきたからこそ、欧米列強の侵略にも対応ができたわけである。
……とここまで書いてくればわかるだろう。朝鮮はこうした「武士の時代」を経験しないままいきなり近代に突入してしまった国なのである。平安貴族ですら乱が起これば武士の兵力を頼りにした。しかし朝鮮は、徹底した文治主義を採っていたため、日本の武士に該当する歴とした勢力が存在しなかったようだ(彼らは武力を宗主国の清に頼っていた)。列強が押し寄せてきた情勢下、王朝で権勢を振るっていた閔妃の勢力などは、日本史で言えばさながら徳川氏に抵抗した淀殿のように映る。
●自虐=反省心も「才能」である
ビジネスマンなどに多いが、こうした歴史の積み重ねを理解しないまま、さかんに「韓国の将来性」を語る人がいる。彼らは歴史など知らなくても現実だけで生きていけると思っているかもしれないが、個人の問題に照らし合わせてほしい。いくら成功しようが、自分の過去と向き合い、その上で自己を肯定できなければ、ある段階から先へは進めなくなる。怒られる?ことを承知で喩えるならば……、子供の頃のイジメがトラウマとしてあるのなら、直視しなければならない時が必ず来るということだ。
日本という国は自虐的だと言われるくらいに、反省の好きな民族のようだ。「日本軍のアジア侵略」などを取り上げて、まだ反省が足りないと不満に思っている人もいるようだが、そういう不満や反省心自体を持つという体質そのものが、じつは日本人の希有な才能なのである。あの権謀術数に長けた藤原氏でさえ、抵抗勢力を追い落とすたびに祟りを恐れ、過剰なくらいに反省をした。源平の戦でも、勝った源氏より負けた平氏に同情が集まった。これも反省の表れだ。
反省というのは自虐に陥る負の側面も確かにあるが、その一方で人生の裏表、機微に通じる感性を育てる。敗者や日陰の存在に光を当て、それすらを美学として受け止める。学びの対象にする。どんな極悪人にも善性があり、善性は神仏の心に通じると多くの日本人が理解している。よく言われているように靖国神社に祀られる「A級戦犯」も、日本人からすれば「神」であり、成仏した存在となる。反省が足りないと批判する人の心情と一見齟齬があるように見えて、どちらも日本的な感覚でつながっている。
●突破口は意外な形でやってくる
こうした感覚は、当然のことながら世界的には特異なものだ。スタンダードではない。これを一つの能力として理解し、身につけていくことが容易でないことは、繰り返しになるが、個人の問題に照らし合わせればわかると思う。韓国も中国もどんな政治、国づくりをしようが自由だが、日本に要求している「反省心」をまず自分たちが身につける努力をしないと、日本はその先へとどんどん進んでしまう。現状はまだ、日本人自身が自分たちのしていること(してきたこと)に気づいていない。だからはっきりと見えていないが、日本は近代以降に軍事的な成功も、経済的な成功もかなりのレベルで達成してきた事実がある。
別にお国自慢をしているのではない。同じ成功をまた体験しよう(それが日本の再建だ、復活だ)と考えているのは、歴史の流れの読めない一部の政治家や評論家だけであり、もはや多くの人は違うものを望んでいる。それは簡単に言ってしまえば、「和」を大切にして、自然に楽しく生きていきたいという感覚だ。そんなことは誰もが思っていると言われそうだが、世界の多くの国はまだ従来の「成功」を求めている、その段階にないのが現実ではないのか。平凡なことは記事にもできないので、多くはメディアにすら取り上げられないまま、水面下で進んでいく……。メディアの渦中にいるとかえってそれが見えにくくなる。
韓国にもキム氏のような理性的な論客が現れたわけだから、どうであれやはり水面下で質的な変化を遂げようとしているのかもしれない。それはおそらく、ある日突然表面化するだろう。そのとき日本との関係もかなり自然な形で見直されることになる。まあ、精神的なショックはあるだろうが、そこからが彼らの真価の問われる時だ。いずれにせよ、いまありえない、考えられないことでも、突破口というものは案外とあっさり開けてしまう面がある。メディアは世論をつくるが、世論が必ずしも歴史を動かしているわけではない。世論は強固なようでいて、一朝にして変わってしまう。韓国の政治家たちは、その理がわかっているのかいないのか、とにかく必死に世論を操ろうとしているが、だからといって彼らが歴史を動かしているわけではないのである。
投稿者 長沼敬憲 : 2004年10月10日 16:42