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2005年07月29日

シリーズ「夢の王国」 ・はじめに〜イチローとカレリンの「アジア」

 日本人。……世界史的に見ても相当にユニークで、類例のない歴史を歩んできた、極東の一民族。
 しかしその特異さを、当の日本人が気づいていない。特異であると語ることがまるで罪であるかのように、妙な慎み深さを身につけている。
 戦争で負けた後遺症だという人もいる。
 しかし、21世紀。筆者にはすでに違う景色が見えている。膠着した世界をほどくには、新しい風が必要だ。そして我々は、すでにその風の中で生きてきた。
 日本史をひもとけば、それがはっきりと見えてくる。知らないというなら、知ればいい。同時にそれは、埋もれていたDNAを呼び起こす旅になる。

 手はじめにまず、こんな話からしていくことにしよう。
 唐突だが、筆者の脳裏には、いまロシアの広大な大地が広がっている。
 20世紀を席巻したソビエトという国はついぞ好きになれなかったが、国土としてのロシアは好きである。たとえば筆者は、1999年、格闘家・前田日明の「引退試合」の相手として来日したアレキサンダー・カレリンという男を見て、驚いた。

 グレコローマンレスリングでオリンピック3連覇を果たした、ロシアの国民的英雄。国民的英雄と軽々しく言ってしまったが、その尊敬のされ方は尋常ではない。

 「スポーツに疎い人であれ、カレリンのことを語らせたら、30分や1時間はやまない。……他の競技のスポーツ関係者に取材しているときも、カレリンに話が及ぶと、本題をはずれて、彼がどんなに素晴しい人物かを延々と聞かされるので、困ることが度々ある」
(アサヒグラフ99年3/19号、小野田悦子「カレリンの真実」より)。

 190センチを超える並外れた体格。ナチュラルとしか言いようのない、柔らかな肉質。……要するに、カレリンはロシアの風土、その中で培われた伝統や文化の結晶。それがレスリングという競技を通じて、パフォーマンスしている。ロシア人ではない筆者が目にしても、まずそんな感想が思い浮かんでくる。

 日本の歴史について書こうというのに、なぜ異国の格闘家の話をはじめたのか?
 じつはカレリンは、ロシア人としての愛国心を強固なまでに持つと同時に、アジア人であることを公言してはばからない存在だからだ。

 ……日本へ行ったのは、いつも強調しているとおり、同じアジア人だからですか。
「そう。もちろん私はアジア人です。日本から学ぶことは多いはずだと思っています」
 ……外見はどうしてもアジア人に見えないのですが。中身がアジア風なんでしょうか?
「中身は私にも見えません(笑い)」
 ……では一体どこがアジア?
「(真顔で)私が生まれ育ったシベリアはアジアなんですよ」
 ……地理的に?
「地理的にもそうだし、えー、とにかく来てみればわかります。たしかにアジアです」
(前出「カレリンの真実」より)

 とりとめのない会話ではあるが、筆者はカレリンの感覚に共感する。
 理屈ではない。彼らとどこかで「つながっている」という感覚。歴史が好きで、学んできた筆者は、日本人とは何か?と自問したとき、まずはじめにロシアの大地が浮かび上がる。筆者にとってアジアとは、意外にも(?)ロシアなのである。

 じつはこの話を冒頭でしようと思ったのは、こうした筆者や、あるいはカレリンの郷愁にも似た感覚が、近年、科学的にも証明されつつあるからだ。
 NHKスペシャルで去年放送された、シリーズ「日本人はるかな旅」
 仕事の合間に何気なく見ていた番組の中で、筆者は、きわめて面白い研究成果が紹介されていることを知った。縄文人の人骨をDNA分析した結果、「29体中実に17体がシベリア平原に暮らすブリヤート人と一致したのである」(NHKスペシャル「日本人」プロジェクト編「日本人はるかな旅①」より)。

 まだ日本列島が大陸と切り離されていない頃の話。2〜3万年前と見積もればいいか?
 もちろん、北だけでなく南からやって来た祖先もいただろう。
 しかし、我々が思っている以上に、北とのつながりも濃厚であったということ。これを意外に感じる人も少なくないのではないか。
 考えてみてほしい。カレリンと戦った前田日明は、やはり190センチと巨漢だが、彼のような人間は日本ではまれ。
 我々は基本的に小柄で華奢。カレリンをロシアの英雄とするなら、日本ではやはりイチロー……。アメリカで活躍する彼は、一野球選手という域を超え、いまや「日本人」を体現する存在となっている。

 ロシアの国民的英雄と、そして、日本の国民的英雄。 
 長い年月を経て、見た目にも大きな違いが現われている。それが歴史。
 歴史を学ぶということは、他との差異を明確にするということであり、それが同時に自己に目覚めるということにつながっていく。ロシア、シベリア、アジア……、それらの言葉でイメージされる異国の大地にある種の憧れを抱きながらも、島国という条件下、きわめて繊細な、端々まで「行き届いた」文化を築き上げてきた日本。
 その本質をどこまでも問い詰め、明瞭にしていった先に、まだ日本人も自覚できてはいない、世界標準とは異質な「成功法則」が見え隠れする。

 ……我々は、いったいどんな「成功」を望んできたのか?
 それを伝えるのが、この本の目的。筆者の物語る歴史は、自己認識を苦手とする多くの日本人にとって、なにより刺激的な行為になるに違いない。
 繰り返すが、時代は21世紀。
 日本人以上の日本人となって、ロシア人以上のロシア人、アメリカ人以上のアメリカ人と渡り合う。……そのための発想のベースがここには眠っている。

(参考文献)
小野田悦子「カレリンの真実」(アサヒグラフ99年3/19号所収)
NHKスペシャル「日本人」プロジェクト編「日本人はるかな旅(1)〜マンモスハンター、シベリアからの旅立ち」(NHK出版)

投稿者 長沼敬憲 : 09:51 | コメント (0)