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2005年08月17日

シリーズ「夢の王国」(1)〜ヒトってどんな存在なのか?

■スタート地点としての「アフリカ」

 まず、日本人の話をする前に、人間について考えてみることにしよう。
 前回、いきなり格闘家の話が出たが、これから話すことも少々それと関連している。格闘家、オリンピック選手、スポーツアスリート……。言い方はどうでもいい。肉体を高度に磨き上げ、それによりパフォーマンスする人たち。
 しかし彼らも、昔の人たちと比べたら敵わない、という話がある。
 それは仕方ない。たとえば、縄文人(5000年くらい前の日本人)の平均寿命は、発掘された骨などから類推すると、だいたい30歳ほど。
 筆者ならもう死んでいる年齢。というより、あの時代だったら、幼児のうちに死に絶えていたかもしれない。つまり、強い者だけが生き残る。オリンピック選手であろうと相当に厳しい環境だが、当の彼らがそれをどこまで「厳しい」と感じていたか……。それだけの身体ポテンシャルの違いが、否応なく想起されてしまう。

 ただ、ひとたび当時の世界を見渡すと、縄文人はそれほど「頑強」ではなかったかもしれない。筆者は、そんなことも同時に思い浮かべる。
 日本列島は、気候に恵まれていた。ひとことで言って、暮らしやすい。
 先に触れたシベリア、あるいは今のヨーロッパの一帯。のちに中東と呼ばれるようになる、西アジア。このあたりで暮らしていた人たちのほうが、おそらく「強かった」。
 地球は、今から1万数千年前、氷河期から抜け出し、温暖な気候に変わっている。日本列島に住み着いていた人たちが、縄目模様の土器(縄文式土器)を作り、独自のライフスタイルを確立しはじめたのも、それ以降。ちなみに日本列島が大陸から切り離されたのも、ほぼ同じ時期と考えられている。
 日本という国(国土、風土と言い換えたほうがいいかもしれないが)のスケッチをはじめる場合、このあたりがさしあたってのスタート地点となる。

 しかし、スタート地点に立つまでには、当然そこへと至る経緯があるだろう。
 幾世代、長い時間をかけてユーラシア大陸を横断し、シベリアの極寒の気候と戦ってきた、我々の先祖たち。
 いや、さらにさかのぼって話すなら、彼ら(ホモ・サピエンス)のルーツは、もともとアフリカにある。人類はアフリカで生まれた。
 我々はみな、黒人だったのである。黒かった肌が、世界の各地に散っていくことで、その土地の気候に合った色に変化した。ヨーロッパ人は白く、アジア人は黄色く……。


■サルからヒトへの青写真

 太古のアフリカの話を、少しだけさせていただこう。
 人類の祖先が生まれたと言われる太古のアフリカは、現在のようにサバンナ(草原)や砂漠の広がる土地だったわけではない。
 生命を育むにはもってこいの、広大な森に覆われていたという。
 森は楽園。樹々が生い茂ることで、平面だけでなく上下の立体感が生まれる。多様な生命の棲み分けを可能とする、楽園のような空間が生まれる。
 その中にサルの仲間も生息していた。いわゆる、樹上生活である。
 ではなぜ、楽園を満喫していたサルの中からヒトが生まれたのか? 生命史の中でも大事件に挙げられるターニングポイントが、引き起こされた原因は?

 1000万年以上に及んだという地殻変動。それに伴う気候の激変。アフリカの大地には南北に巨大な山脈が生まれ、主に東側一帯の森が消失した。
 樹上で快適な暮らしを続けていたサルたちは、ここで岐路に迫られた。
 多くは激変する環境に耐え切れず、死滅したかもしれない。
 あるいは、運良く残った森の中でこれまでの楽園生活を続けられたサルもいただろう。事実、西側の森にいたサルたちの多くは、現在のサルたちの祖先となったと言われる。
 しかし、中には生命の底力に目覚め、「根性」を見せつけるサルたちもいた。樹上で生活していた時は、まったく必要としなかった能力。点在する森から森へと渡り歩くうちに、立って歩く、すなわち直立歩行という運動。この能力に目覚めることで、両手が自由に使えるようになり、その分脳も飛躍的に発達する。……

 それが、おおよそ500万年ほど前のことだったと言われる。
 直立歩行したばかりの人類は、一般に猿人(アウストラロピテクス)と呼ばれている。
 ヒトと言っても、直立歩行以外はかなりサルに似た容姿。それが次第に進化して、いまのヒトにより近づいてきたのが、原人。原人の中には故郷であるアフリカの地を離れて、アジアや果てはアメリカ大陸へと、果てない旅を続ける者まで出てきた。
 たとえば、発掘された土地の名前を取って、北京原人、ジャワ原人など。

 最近の研究によると、我々の祖先(ホモ・サピエンス=新人)も、アフリカで暮らしていた原人から枝分かれし、新たに世界に散らばっていったと考えられている。
 しかし、この新人に対して旧人と呼ばれる別種の人類もいた。
 ネアンデルタール人などと呼ばれる人たちである。
 ここもわかりやすく説明しよう。新人も旧人も、原人よりもさらに進化し、脳の容量も現代人と変わらないくらいに増大している。
 要するに、人類はこのとき大きくふたつの種に枝分かれしたのである。
 新と旧とそれぞれつけられているのは、一方が生き延び、一方が滅びてしまったため。現在、ヒト科に分類されているのは、我々ホモ・サピエンスだけ。だから実感しにくいかもしれないが、ほんの数万年前まで(3万年くらい前までか)は、少なくともヒトは2種類いた。その一方が、旧人と呼ばれる人たちだったのである。


■ネアンデルタールとクロマニヨン

 さて、ここで再び格闘家やスポーツマンたちの話を続けたい。
 彼らの身体能力がいくら凄いと言っても、我々の祖先(新人)と比べたら引けをとってしまうと、先に書いた。
 しかし、現役時代のカレリンのような人間だったら、必ずしも負けないかもしれない。復元された彼らの姿や、そこから割り出せる能力などを踏まえたとしても、そんなイマジネーションも成り立つ気はする。
 しかし、ネアンデルタール人(旧人)と比べたらどうか?
 もともと、こんなおかしな(?)イマジネーションを働かせたのは、筆者ではなく、専門の研究者たちである。たとえば、ネアンデルタール人研究の第一人者と言われるアメリカのエリック・トリンカウスは、「現代のオリンピック選手であれ、彼らほど頑丈でたくましい肉体の者は誰一人いない」と、断言する(河合信和「ネアンデルタールと現代人」より)。

 ……誰一人? カレリンもマイク・タイソンも、マイケル・ジョーダンも?
 これはなかなか刺激的な想像だろう。なぜ、これほどのスーパーマンが生まれたのか?
彼らの生息していたヨーロッパの一帯は、当時氷河期の真っただ中(ネアンデルタールの呼称は、彼らの化石人骨が最初に発掘されたドイツの地名から取ったもの)。
 この厳しい環境に彼らなりに適応した結果、カレリンらも軽く凌駕してしまう体力(身体能力)が身についた。特に脳の容量に関しては、現代人のそれを上回ってすらいるのである(現代人が1350ccほどに対して、彼らは1500ccほど)。

 しかし同時に、次の疑問も湧いてくる。それほど優れた(つまり、同時代に同じ地球に共存していたホモ・サピエンスよりもさらに優れた)身体能力を持ちながら、なぜ滅びてしまったのか? 旧人と呼ばれる存在になってしまったのか?

「(ネアンデルタール人の)脳が大きかったのは、彼らの隆々とした筋肉を動かすためで、知能とは関係ない。脳の構造に違いのあったことは、頭の骨を後方から見るとはっきりする。私たちの頭蓋は五角形をしていて脳が頭の上部で膨らんでいるのに対し、ネアンデルタール人は球状をしていて、真ん中で膨らんでいた」
(同「ネアンデルタールと現代人」より)

 彼らは、脳の真ん中が膨らんでいた。すなわち想像できるのは、旧脳と呼ばれる大脳辺縁系、脳幹、あるいは小脳などの一帯が発達していたということ。
 言い換えるなら、大脳、それも知能を司る新皮質の一帯は、我々と比べさほど発達していたわけではない。
 新皮質の中でも、特に人の持つ創意工夫の部分と直結しているのが、前頭葉。
 こう考えればいいだろう。ネアンデルタール人たちは、厳しい生存環境の中で生き延びるため、ストレートに体力そのものを発達させた。
 たとえば、寒さをしのぐために、彼らはその寒さに耐えられる体力を身につけた。そういう方向で努力した。しかし、我々は寒さをしのぐために、もうひとつの方法があることを知っている。


■選ばれたのはどちらか?

 そう、衣服(動物の毛皮など)を身につければいいのだ。
 そういう方向に意識が働いていった原人たちの中から、現在の我々の祖先が生まれた。ネアンデルタール人との比較で言えば、彼らに遅れること数万年、ヨーロッパにやってきた新人たちは、同じドイツの地名を取ってクロマニヨン人と呼ばれている。
 クロマニヨン人は、現在のヨーロッパ人の直接の祖先と考えてもいい。ネアンデルタールと比べたら、全体的にスマートで、やや華奢な感がある。
 しかし、遅れてやってきた彼らは、同じ狩りをするでも、より精巧な石器を使うことができた。先に話したように、衣服を発明したのも彼ら。動物の皮を剥ぐだけでなく、それをつなぎ合わせるために同じ動物の骨から針などもこしらえたりした。

 ネアンデルタール人からすれば、思いも寄らなかったことだろう。
 たしかに、体力では数段も勝っている。しかし、その体力とて絶対のものではない。もちろん、クロマニヨン人たちの知恵にしても、同様。生き延びるために英知を結集するという点では、方向性が異なるだけで、どちらも最大限の努力はしている。
 しかし、結果を言えば、生命を育んできた地球の大自然は、体力のネアンデルタールではなく、知恵のクロマニヨンを選んだのである。
 その先に、我々の歴史が存在する。ヨーロッパに限らず、アフリカ、アジア、アメリカ、もちろん日本も……、すべてはその自然の選択の先に、こうして今日、存在が許されているのである。


■前頭葉の発達の意味

 さて、もう少し続けよう。知恵を身につけた人類が生き延び、やがて今日に至る文明・文化を築くことになった。その間、長く見積もっても、2万年程度。
 地球時間で見るなら、決して長い時間ではない。
 しかし、前頭葉の発達というのは、ある意味悪魔的なことである。筆者の得意な身体論で言うならば、身体全体のバランスが大きく崩れてしまう。

 人はなにも脳だけで生きているわけではない。
 筆者が最も重視しているのは、脳よりしっぽ(尾骨)である。生物のアンテナ、直観の出どころと考えてもいい。
 生物ならはじめにこのアンテナが反応する。
 アンテナの位置は、同時に身体の重心にも重なり合う。直観と行為が重なる。生物は日々これを無意識に行っている。
 脳(前頭葉)の働きが突出するということは、この直観……行為のラインの間にさまざまな「考慮」「思惑」が入り込むことを意味している。
 たとえば、こういうことだ。ネアンデルタール人も狩りをする際に、簡易な石器を使っていたことで知られている(原人と比べたらはるかに精巧であったが)。
 もちろん、マンモスと正面から立ち向かえるほどの身体能力を持っていたわけではない。

「彼らのハンティングは、けがをした動物、腹に子をもったメス、群れから離れた、つまりはか弱い動物に襲いかかるという方法である。さらに進歩すると、物陰に隠れて奇襲攻撃をかけて相手をパニックに陥れ、やおら近づいて、石槍でつつく……」
(馬場悠男「ホモ・サピエンスはどこから来たか」

 といった情景がイメージされている。
 つまり、生きていくのに必要な量だけしか確保できなかったという点で、彼らの行為には節度があった。
 知恵はあっても、「自然に優しい」存在だった。
 それに対してクロマニヨン人は、必要以上に動物を追い求め、殺りくするという、「マンモス・ハンター」の側面を持っていたと言われる。
 知恵さえ働かせていけば、体力がなくとも、巨大なマンモスを仕留めることはできる。彼らはこのことに気づき、それをさまざまに実践した。


■生き抜くための「残虐性」

 たとえば、遠くから槍を投げる。矢を射る(弓を最初に発明したのも、彼らである)。
 矢尻に毒を塗れば、マンモスなど大型獣も倒すことはできる。
 あるいは、ワナ。集団で大声を上げるなどしてガケに追い込み、死に追いやる……。
 いろいろな知恵が湧けば、それを試し、成功させることそのものに愉しみを覚えるようにもなる。ハンティングにゲームの要素が加わっていく。
 マンモスが絶滅した原因は、何も人類のハンティングのせいだけではなかった、つまり氷河期の終焉に伴う気候激変に対応できなかった、それが要因であると語る学者もいる。
 しかし、我々ヒトの性質を考えたら、ハンティングがまったく無関係だったとは言えないだろう。
 ホモ・サピエンスが幾世代もかけて厳寒のユーラシア大陸を横断したのも、生き抜くため、獲物を求めてのことだったのである。

 ユーラシア大陸を横断したホモ・サピエンスは、モンゴロイドと呼ばれている。
 やがて彼らの一部は、現在の日本列島の一帯に住み着いた。また、別の一派は地続きだったアリューシャン列島を渡り歩き、やがてアメリカ大陸へと達する。

「不思議なことに、なぜか彼らの新大陸進出と同時に、当時のアメリカ大陸の大型哺乳類たちが次々と大量絶滅している。北アメリカでは、更新世末期(約10万〜1万年前)に生息した大型哺乳類43属のうち72パーセントにあたる45属が、南アメリカでは57属のうち75パーセントにあたる45属が絶滅している」
(山口敏監修「日本人起源の謎」より)

 もちろん、これはアメリカ大陸だけに見られた現象ではない。
 人間(ホモ・サピエンス)そのものが、脳(特に前頭葉)を余計に発達させることで、自然界のバランスそのものを崩してしまう行為をする存在となった。長い生物史から見ても、それがきわめて特異な進化であることは言うまでもないだろう。
 しかし我々は同時に、その進化がマイナスばかりでないということも知っている。


■ヒトってどんな存在なのか?

 ここでもネアンデルタール人を引き合いに出すことで、話を進めていこう。
 彼らの話題が出ると決まって、1950年代、イラクのシャニダール遺跡で発掘された人骨のまわりから、大量の花粉粒が検出されたというエピソードが取り上げられる。
 つまり、死者の埋葬の際に花がたむけられたのではないか、という推測である。
 同じ遺跡からは、頭や腕を怪我した重度の障害者の骨も見つかっている。そのようなハンデを背負っても仲間から見捨てられず、天寿がまっとうできたというわけである。

 たしかに感動的な話かもしれない。しかし、感動的な話で言えば、じつはクロマニヨン人のそれのほうが、スケール感でははるかに凌駕している。
 知っている人も多いだろう、1万年ほど前に描かれたと言われる、ラスコーやアルタミラの洞窟壁画である。
 正確に言えば、ラスコーやアルタミラに限らず、フランスやスペインの南部一帯の洞窟の天井に、無数の動物の絵が描かれている。
 その表現力。そして、色彩感覚。美術史の本をひも解けば、おそらくいちばん最初に紹介されているであろう、草創期の人類の最高傑作。
 美術とは何かという問いへの答えが、すでにこの段階で明確になっている。日本に暮らす筆者は画集を眺めるのみだが、それだけでも彼らの信じられないほどの「豊かさ」を感じてしまうのである。

 おわかりだろうか? これが人間なのである。
 つまり、善だけではなく、悪だけでもない。両方を際限なく持つことができ、しかも自分自身の意志によってそのどちらをも選ぶことができる。選べるということが、長い進化の歴史の中、唯一人間だけが獲得できた能力だと思ってもいい。
 その意味では、性善説も性悪説も、どちらも正しく、どちらも間違っているのである。
 
 
■サルからヒトへの進化と、アダムとイブ

 人に内在する善と悪との問題は、その存在の存亡自体に関わる事柄であるため、古来からさまざまな形で認識され、解釈されてきた。その解釈の筆頭と言うべきものが宗教であったということに、異論を挟む人は少ないだろう。
 宗教と科学を対立させる考え方もあるが、筆者は物事を認識する、解釈するという点では、どちらもさして変わりないと思っている。表現の手法が違うだけで、発想や行き着いた結論そのものは、かなり似通っているのである。

 たとえば先に、筆者は楽園であった森を追われたサルがヒトに進化した、と書いた。
 現在の考古学者たちが導き出した青写真だが、この話を聞いて何かに似ているな、と感じた人も多かったのではないだろうか?
 そう、旧約聖書に描かれたアダムとイブの「楽園追放」神話である。
 旧約聖書の冒頭、「創世紀」によると、この世界を創り出した神は、やがてチリからアダムという男子を、彼の肋骨からイブという女子を生み出した。この一組の男女に棲処として与えられたのが、エデンの園である。

「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう」
(新共同訳「聖書」より)

 面白い話だ。つまり、エデンの園にはたくさんの木が生い茂り、食べるに十分なだけの実が豊富になっていた。それだけではない。

「主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、人のところへ持ってきて、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。人が呼ぶと、それはすべて生き物の名となった」
(同右)

 何のことはない、エデンの園は森だったのである。
 人(アダムとイブ)をサルに置き換えれば、同じ類のエピソードを、違う角度から解釈・説明しているのだと思えてくる。
 しかも、その森には、「善悪の知識の木」が生えているという。
 サルがヒトへと進化するための「危うさ」(あるいは「可能性」)が、すでに森に内包されていた、筆者ならそう読み解く。
 神はそれを自らが作っておきながら「食べるな」と警告しているわけだが、ご存じのように、アダムとイブは「主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢い」蛇にそそのかされ、ついにその実を口にしてしまう。
 そそのかしたというが、蛇の発した言葉もじつに振るっている。

「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ」
(同右)

 神のように善悪を知る。……たしかにサルにはできない芸当である。
 前にも話したように、善悪を知るということは、善悪を自らが認識し、そのどちらかを選択しなければならないからだ。
 物事を認識するという感覚そのものを手に入れた、つまり、脳内における前頭葉の特異な発達を、象徴的に語っているのだと捉えてもいい。
 「認識」を手に入れたアダムとイブは、裸を恥ずかしがるようになった。つまり、寒さを体力によって克服しようとしたネアンデルタールに対し、衣服を発明することでしのごうとしたクロマニヨン。
 しかしこの知恵は、彼らの命を救うと同時に、裸がつねに隠されている日常を作り出した。それがやがて「恥ずかしさ」という感情のもととなっていく。「認識」とは、どちらにせよそういうものなのである。


■「原罪」の記憶と「楽園生活」の記憶

 このアダムとイブにまつわる話には、他にもさまざまなメッセージが隠されている。
 あまり知られてはいないが、彼らの棲んでいたエデンの園には、「善悪の知識の木」のほかに「命の木」も生えていた。
 しかし神は、善悪を知る者となったアダムとイブが「手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となる」ことを恐れた。知恵によって命まで管理されてしまったら、神の出る幕はないということか。
 神は「命の木」を守るため、アダムとイブを楽園から追放した。聖書によると、この追放された男女の子孫こそが、我々人類となるのである。

 キリスト教では、アダムとイブが「善悪の知識の木」の実を食べ、楽園から追放されたことを、「原罪」と呼んでいる。
 人が犯したあらゆる罪の中でも、いちばん根本にある罪、という意味だろう。
 この解釈が有史以来のヨーロッパ社会、そこから派生したアメリカをはじめキリスト教文化圏の国々、そして、同じく旧約聖書を信奉するイスラム社会においても、人々の心を規定し、縛る役割を担い続けてきた。
 人のDNAに刻み込まれた遠い昔の記憶が、この物語にある種の説得力を与えている。進化論と聖書の記述を符合させると、そんな想像も浮かび上がる。

 しかし、日本人にはこの世界中を席巻している感覚が、なかなか実感できない。
 ……なぜか? 楽園を追放され、長い長い放浪の旅を強いられたのち、今の日本列島の一帯にたどり着いた人々は、長期にわたる「楽園生活」を再体験できたからだ。
 その期間、おそらくは1万年。それが、筆者のイメージする縄文時代である。
 我々の感覚の中に、一神教を奉ずる人たちのような強烈な宗教感覚はない。それが「甘さ」につながっているとの指摘もあるが、不思議なことに、その強烈な宗教感覚の持ち主たちに滅ぼされることなく、それに類する危機は幾度もあったものの、そのたびに甦り、新しいスタイルを取り込んでいる。それが日本人である。
 人生の勝者だけでなく、敗者に対しても同等か、それ以上の「美学」を見い出せる我々の感性も、世界的には決して当り前のことではない。
 しかしそう感じられる価値観は、文化を生み出す原動力にもなる。日本史をひも解いていけば、それが敗者に対する惜別や哀悼、慈しみで貫かれていることに気づかされるだろう。


■モンゴロイドから縄文人へ

 少々脱線してしまったが、筆者はアダムとイブの「楽園追放」を原罪とは捉えない。
 というより、日本人は必ずしもそうは捉えてこなかったということも、この先の章でさまざまに解いていきたいと思っている。
 そもそも、彼らをそそのかしたという蛇を、日本人は悪魔扱いしてはこなかった。
 古来から神の化身として尊んできたのである。
 たとえば、縄文人たちもヘビを生命力の象徴として信仰し、土器の文様などに取り込んでいたと言われる(日本だけでなく、多神教をベースとする国や地域では、蛇は決して悪魔ではない)。

 つまり、生命力というもの、生きるということ。これをどう捉えるか?
 生命観、人生観、そして宗教観の違い……。
 筆者は、それに対する「答え」を、日本史の中から無数に受け取ってきた。
 この「答え」を明確に認識し、育んでいくということは、21世紀、我々が新たなスタンダードを構築し、世界の人たちに「どうですか?」と提案することでもある。
 話が大きすぎる? しかし、国際感覚が重要と言うのなら、語学を覚える以上に、自己を語れる感覚そのものが問われてくる。

 ようやくその語るための準備ができた。
 むろん、ここまでで指摘したいくつかの問題は、これから先のすべての内容に関わってくる。「モンゴロイド」が「縄文人」へと変化していった過程について、もう少し焦点を絞り込んでみることにしよう。


(参考文献)
NHK取材班「生命 40億年はるかな旅・5〜ヒトがサルと分かれた日/ヒトは何処へいくのか」(NHK出版)
河合信和「ネアンデルタールと現代人〜ヒトの500万年史」(文春新書)
馬場悠男「ホモ・サピエンスはどこから来たか」(河出書房新社)
山口敏監修「日本人の起源の謎〜「大いなる太古の日本の日本の原風景」を探究する」(日本文芸社)
*本文の引用は、第1章「人類の起源とモンゴロイドの旅」(中川悠紀子)より
新共同訳「聖書」(日本聖書協会)

 

投稿者 長沼敬憲 : 2005年08月17日 09:24

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