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2001年09月14日
■「対米同時多発テロ」と日本のサムライ。
いまテレビをつけると、どのチャンネルでも、アメリカを襲った未曾有の「多発テロ」報道が繰り返されている。
現地時間で、9月11日午前9時前後(日本時間では、午後10時前後)。
アメリカの富の象徴であるニューヨークの南北二つの世界貿易センタービルに、それぞれハイジャックされた旅客機が飛び込み、両ビルは炎上。2時間も経たないうちに、タテにドーッと崩れ落ちるように瓦解。同時刻に、軍事の中枢であるワシントン近郊の国防総省(ペンタゴン)にも航空機が飛び込み、こちらも大きな被害を受けた。
被害者は総計で6千人以上にも及ぶと報道がなされているが、建国以来、アメリカの国土がここまでの大打撃を受けたのは初めてのことだろう。物理的、経済的以上に、まずアメリカ国民の精神的ダメージが想像できるわけだが……、さて、我々はこの事件をどのように受け止め、いったい何を学べばいいのだろうか?
ブッシュ大統領は、アラブ系テロ組織の犯行を言外に匂わせながら、きびしい口調で「アメリカの自由が侵害された」「正義は我々にある」「悪は裁きを受けなければならない」といった声明を矢継早に発しているが、テロを決行した側からすれば、おそらくまったく同じ感情をアメリカに対して抱いていることだろう。
どちらも正義を主張し、それが戦争へと発展することは、今回にはじまったことではない。それは人類の繰り返してきた、歴史パターンそのものである。残念ながらここまで事が起こってしまった以上、アメリカ側の報復は必ず起きる。それが「第三次世界大戦」とでも呼びうるものに発展することも、十分に考えられるはずだ。
ではなぜ、このようなことになってしまったのか?
事件の経過を見てもわかるとおり、旅客機をハイジャックしてビルに飛び込んだテロ犯は、自らの命を捨てることを前提に計画を立て、しかも高度な操縦技術によってそれを成功させている。彼らの背後に噂されているようなアラブ側の黒幕(ウサマ・ビンラディン氏)がいるとするなら、日本で起こったオウム事件とは比べ物にならない緻密さ、その組織や指導者に対する忠誠心、信念などが見え隠れするだろう。
つまり彼らの行為は狂気であっても、理性まで失っているわけではない。
こうしたテロを起こせばどのような被害が生ずるのか、アラブとアメリカの間で戦争の起こる可能性、世界経済への負の波及なども、当然のことながらリアルに想像ができていた。彼らはそうしたリスク、多くの人の命を奪うという非道さを受け止めた上で、それでもひとつの決意をもってテロを決行したと思われるのである(繰り返すがそのあたりが、サリンを蒔いたオウム信徒たちと決定的に違うところだ)。
筆者はなにも、アメリカを非難し、テロ側を支持しているというわけではない。
しかしこれだけの規模の惨事が起こったということは、言い替えるなら、そのような惨事を引き起こしても足りないほどの憎悪、敵がい心を、彼らがアメリカに対して抱いているということでもある。アメリカが彼らの誇りをそれだけ傷つけ、踏みにじってきたことも十分に想像ができてしまう。「窮鼠、猫を噛む」という言葉があるように、ブッシュ大統領の口にするような善悪の単純な図式だけでは、テロを起こした側の意識の面までは踏むこむことはとてもできない。国家どうしの連携でテロ組織を打倒できても、時を経て、第二、第三の組織が結成されるだけの話ではないか。
とくに今回の事件に関しては、強大な軍事力・経済力を振りかざしながら自己の正義を主張し続けてきたアメリカ流の「覇権主義」が、結局のところ、テロを引き起こしうるひとつの原因を作りだしていたと指摘することもできる。
事件によって失われた尊い犠牲は、アメリカ人自らが呼びこんだ結果かもしれないのである。その現実に当の彼らが目を向け、自分たちが蒔いてきたタネに気づくことができるかどうか。互いが正義を主張し続けている以上、力の優位な側が劣る側の立場や心情を理解し、敬意を払う「寛容さ」を見せない限り、弱者はさらに知恵を振り絞り、彼ら流の意地を見せつけようとするものなのである。
おそらくアメリカは(アメリカ政府は)こうした感覚の希薄なままに、従来のやり方で世界を巻き込み、相手をねじ伏せようとするだろう。強硬派のブッシュが僅差で選挙に勝利した時点でこのあたりの展開は十分に予測できたわけだが、彼らの選んだ大統領によって、彼らは彼らの未来を選ぶことになる。その結果がいかなるものか……、これから5年、10年というスパンの中で徐々に明らかになっていくはずである。
さて問題は、いまだ対岸の火事と受け止めている感のある、我々日本人である。
日本人はもともと危機管理意識の欠如した国民と言われているが、同じような災害(天災、人災を含む)に見舞われたとき、どう対すればいいのか……、日頃から不安に思い、さまざまに思いをめぐらせている人も少なからずいるはずである。
そうした人たちのために、筆者はここで、江戸時代の武士たちの話をしたいと思う。
ご存じのように江戸時代は、260年もの長期にわたって、大きな戦争のほとんど無かった時代である。同時代のヨーロッパに比べたら信じられないほど平和な時代だったわけだが、じつは武士道と呼ばれるサムライたち特有の処世術、死生観は、この時代の中で骨づけがなされ、体系化された。つまり戦争がなくなり、自分たちの存在意義が揺らぎ出したところで、それを補う発想が生み出されたわけである。
平和な時代、刀を抜く必要のほとんどない時代、……しかし、もしかしたら万が一の機会があるかもしれない。その時に武士としてふるまうことができるか?
日々の生活の中に存在意義を見い出すことのできた町人(職人や工人)や農民たちに比べ、彼らはひとたび自分らしく生きようと意図しはじめると、たえずこの「万が一」を想起せざるをえなくなる。「万が一」をシミュレーションすることで緊張感を維持し、それが凛々しさや凄みとなって姿形に現れていたわけである。
もちろん、すべての武士がそのような「立派な」生き方ができていたわけではない。
「旗本八万騎」といって江戸幕府の創設に貢献した武士たちの子孫は、平和な歳月の中でその多くが堕落したと言われ、幕末の動乱期にはほとんど役に立たなかった。しかしその一方で、身分の低かった下級武士や、武士の身分すら持たない郷士、農民などの中から、国の危機を救うサムライたちが少なからず現れている。
平和だから、危機管理能力がなくなってしまうのではない。自分自身にさまざまな思いをめぐらす想像力さえあれば、「対岸の火事」に対しても批判や批評を口にする以上の何かを学びとることができる。アメリカ人もアラブ人もおなじ目線で捉えた上で、その融合(和解)の可能性についてもリアルに想起することはできるのである。
「対岸」にいる「余裕さ」のメリットすら生かし、「万が一」に備える感覚。
サムライたちの残した想像力のDNAを、日本に生まれた我々自身が思い起こし、フルに活用させていくことで、事件に対してはじめて「人事とは思えない」という、リアルな感情が芽生えてくる。……それが、あれだけの犠牲を出した惨事を無駄にさせない、唯一の方法ではないのか? 海の向こうの話だからと言ってそこで思考停止してしまったら、その人自身がやがて「被害者」となってしまうことだろう。
投稿者 長沼敬憲 : 2001年09月14日 12:41