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2003年02月01日

■脱「東洋人」を目指して。

 2003年もあっという間に一月が過ぎ、あれこれと忙しく過ごしているうちに、サイトを更新する間もないまま2月を迎えてしまった。
 旧暦(太陰暦)では、ちょうど今日(2月1日)が新年である。
 中国大陸や香港などでは旧暦を祝う風習が今も続いているというが、明治以来、欧米文化をスタンダードにしてきた日本では、月を基準にした生活などすっかり忘れ去られている。日本人は意外なほど伝統を守らない。歌舞伎や相撲などが続いているから伝統的に見えるが、それは日本らしさの本質とは必ずしも重ならない。

 本にも書いたことがあるが、法隆寺とマクドナルドが混在している「いい加減さ」「曖昧さ」こそ、日本らしさと捉えたほうがいい。古めかしい伝統と最新の技術が隣り合せ。その落差を我々は当り前のように受け入れて生きている。
 東洋式の新年にあたって、これから1年の計を自分なりに立ててみたいと思う。
 これまで筆者は、自分自身を日本人の典型のように感じてきた。もう少し手先が器用だったら完璧?だったが、まあここでは性格的なものをイメージして欲しい。先に触れた「いい加減さ」や「曖昧さ」。言葉にすると悪いイメージがあるが、生きていく上でなくてはならない感覚である。カタブツと呼ばれる人は、これがわからない。反面、人生の機微を理解している人は、「いい加減はよい加減」だと感じている。
 日本人は働きアリのように思われているが、筆者に言わせれば基本的にのんびり屋であると思う。ただ、基礎能力が高いからちょっと頑張ればいい結果が出る。のんびり屋の人間はおだてられると弱いから、ついついそこから頑張ってしまう。
 ワーカーホリック(仕事中毒)の気がある人は、まずそんな自分に気づくことだ。そして歴史を振り返り、いちど初心に帰ってみる。
 かつて中国大陸では、百花繚乱の思想が華開いた時代があった。
 日本列島が縄文文化にどっぷり漬かっていた頃、大陸では大河(黄河、長江)の流域で初期文明が興り、農耕が開始され、国が生まれ、他民族・異民族がせめぎ合い、ぶつかり合う中で、様々な価値観・考え方・発想が生み出された。現在の我々が「道徳」と呼んでいる儒教も、「道」と呼んで尊んでいる道教も、「法律」と呼んでいる法家思想も……、そんな渦中で導き出された生きる処方に他ならない。
 同時代の日本人は、そんな思想など持たずとも、つまり「おのれとは何ぞや?」という問いを発しなくとも、殊更問題なく、自由に淡々と生きることができた。
 同時代の日本人、すなわち縄文人。1万年続いたというこの時代、日本人の性格や資質のベースがほぼ9割方作られた。その後大陸からの文化が入り込んでくることで、それらをミックスさせた、弥生時代以降の歴史が作られる。
 日本人が自我に目覚めたとき、自分たちの生き方に最もフィットした思想は、儒教や法家思想でも、インドから中国経由で入ってきた仏教(大乗仏教)でもなく、老子や荘子によって編み出された道教であったと筆者は理解している。
 道教(老荘思想)の本質は、その名の通り、道という語に集約されている。
 日本人は道が好きだ。芸事全般に限らず、何にでも道をつける。縄文時代のライフスタイルが、この道の概念と重なり合っていたからだ。では道とは何か? 日本人はそれをシンプルに神道と呼んだ。神道を宗教の一つと思い込んでいる人は多いが、明確な教義などあるわけではなく、もともと自分たち固有の生き方に他ならない。大陸から伝来してきた儒教や仏教などと区別するため、便宜的にそう名づけられたものだ。
 
 道教の理想は「愚」になる、ことである。無能でいい。むしろ有能になることを小賢しいと呼び、そうならないように戒めた。
 小賢しいということは、頭でっかちであるということだ。
 そんな計算ばかりするから世の中が住みにくくなった、と道家は捉える。日本人が頭ではなくハラを大事にしてきたことは、これまで筆者が繰り返し述べてきたことだが、ハラで生きるということは、極論すれば愚になるということである。
 それが道を極めたことだと日本人は捉えたため、剣道、柔道、華道、茶道などなど……、芸事の語尾にこの文字をつけ、自らの理想としたのである。
 筆者は自分を日本人の典型と書いたが、それは言い替えるなら、この道の感覚が好きであるということだ。いい加減、曖昧という語を悪いものと捉えないのも、小賢しさに陥って脳が凝り固まってしまうより、「よい加減」であるほうが自由でいられるからだ。この感覚がなければ、仕事をしても、芸に打ち込んでも、最後は自分を見失ってしまう。逆にこの感覚と出会うために、仕事や芸に没頭する。働きアリのように思えて、じつは働くことそのものより、日本人は「道を極める」ことが好きなのである。
 さて、長々前置きするのはやめにして、そろそろ「一年の計」の話をしていこう。
 ここまでさんざん東洋人や日本人の話をしてきたが、筆者はすでにその資質を理解し、一定レベルの感覚を持ち合わせている。要するに、べつに今のままでもいい。平凡に生きるだけでも十分に楽しいし、それもまた立派な能力である。簡単に平凡というが、誰に言うとでもなく、この道を極めようとしている人はいくらでもいる。
 しかし筆者は、こうした平凡さの道とは少々異なる道を歩もうとしている。
 すでに本を出し、ホームページで物を語っている以上、傍目にもそれは平凡?とは言えないのかもしれない。これからますます、その度合は増すだろう。しかし傍目だけの問題ではない。筆者は当サイトのタイトルに「“融合”への道しるべ」というフレーズを掲げている。融合ということは、異なるものを結ぶということだ。
 この「結び」という語は、筆者がこの人生でしようとしていることそのものである。
 筆者は作家の仕事をしているが、それは手段であり、バラバラになっているものを結ぶこと、つながることが、求めている結果に他ならない。自分は日本人だ、東洋人だと言ったところで、この世界には西洋人も、アフリカ人も、アラビア人もいる。日本人が完成されたすばらしい民族であれば、世界のどこに顔を出してもそのまま認められるはずだが、まだまだ誤解されることが多いのが現実。むろん、万能でもない。
 卑下する必要はないが、欠けているものは補い、対応力を身につける。
 愚の感覚を内に秘め、自らのベースとしつつ、決してそれで終わらない。小賢しいと言われるのも承知で、広く世界に打って出ようと思っている。
 それはべつに海外に旅行したり、外国人と仕事するということではない。
 それを国際的(インターナショナル)と勘違いしている人は多いが、筆者が求めているのはもっと内面に反映されたものだ。欧米人にも学ぶべきところはたくさんある。明確な論理性、合理性、いい意味での計算能力……、これらはすべて筆者に欠けた感覚である。かつての縄文人がそうであったように、これらを持たなくても生きてこれたから身につけなかったわけだが、時代はもはや21世紀である。自らのアイデンティティを主張する暇があったら、本当の意味で国際的な人間になろう。
 日本人ほどの対応力、そして勤勉さがあれば、それは決して不可能ではない。
 自分の発想の仕方や生活パターンを意識して変えていくわけだから、思うようにいかないことも出てくるだろう。しかし筆者が身につけたものは、これまでがそうだったようにひとつのノウハウとしてみなに提供していけると思う。
 かつて仏教が伝来してきた時も、西洋文明を取り入れた時も、おそらく同じような努力をし、取り入れることに成功したからこそ、日本人は変わってきた。
 世界がひとつにつながろうとしている現代では、その取り入れる作業も過去以上にグローバルになる。グローバルの本質がわからない人は、自分の外にばかり目を向けて、目に見える現象とばかりつながろうとするだろう。しかし本当のグローバルとは、自分の内側に形成されるものである。自分が変わることで、世界も変わる。
 この一年は本格的な「融合」へ踏み出す、重要な一歩になるものと筆者は思う。
 筆者は脱・東洋人を目指す。少しずつ進んでいく。東洋人の感覚がわからない人は脱する前に思い出して欲しい。そのノウハウならすでに筆者は持っている。

投稿者 長沼敬憲 : 2003年02月01日 20:51

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