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2004年09月30日

■「プロ野球合併問題」その後……(2)

 このコラムでプロ野球の合併問題について何度か書いたが、その後も事態は様々な形で推移しているようだ。いちいち追いかけるつもりはないが……、興味深いと思われる点があった。楽天の三木谷社長の動きだ。新規参入がライブドアの「後出し」だと批判もされているが、事の経過を見ていくと、どうもライブドアの堀江社長より「器」が一枚上という印象がある。そう感じたのは、ご存じの人も多いだろう、仙台でのテレビ収録のあと、先に収録を終えた堀江氏が三木谷氏に「アポなし会談」を申し出た時のエピソードだ。

 一緒にエレベーターに乗り込むと、堀江社長から「ちょっと時間はないですか」と持ちかけた。「いいですよ」と応えた三木谷社長と、約3分間“会談”。先に報道陣の前に現れた堀江社長は、楽天の参入経緯などを聞いたことを明かし「同じようなプロセスを我々は表で、彼らは裏で、水面下でやっていたということ」と話した。
 同じ仙台をめぐる争いに「我々も落としどころが分からない」と困惑する堀江社長に対して、三木谷社長は「落としどころということをどういう意味でおっしゃっているか分からない。あとはNPBが公正に判断すること。ライブドアさんを選んだのなら拍手を送りたいし、応援する。私たちが選ばれれば責任を持ってやっていきたい」と語り、対決姿勢をにじませた。
(日刊スポーツ9/26日より)
 
 「落としどころ」を探る堀江氏に対して、「あとはNPBが公正に判断すること」と反論する三木谷氏。この場合、後者のほうが筋は通っている。冷静に見れば同じ仙台にフランチャイズを宣言した時点で、「戦い」を挑んでいるわけである。そういう人間に「落としどころ」という言葉を使ってしまった時点で(個人的にわかる気はするが)、本人のそのつもりはなくとも、「なあなあさ」「甘さ」が浮き彫りになってしまった。

 三木谷氏はすでに24日の会見の段階で、「ライブドアさんほど表立ってやらない主義なので、水面下で動いていました」と発言している。要するに、表に出る前にちゃんと根回しをしていましたということだ。遠回しのライブドア批判だが、それを彼は「経営諮問委員会(アドバイザリーボード)の設営」という形で、世間に向けてわかりやすく表現した。
 
「この1週間ぐらいの間にお願いを致しまして、驚くべきことに皆さま快く一発即答でOKでした。年間数試合は見て頂き、3カ月に1回、経営リポートを提出しますので、ご指導してもらいたいと思っています」
 
 とのことだが、トヨタ自動車会長の奥田硯氏をはじめ財界の大物が名を列ねるそのリストに、「権力者にすりよった」かのような悪印象を抱いた人も少なからずいるようだ。しかし筆者には、全然当たり前の手順を踏んだだけと映る。
 財界の大物をあのような形で「立てる」ことで、同じ立場にある球団オーナーの気持ちも和らぎ、「あの男になら任せてもいいのでは」という気になったのではないか? おそらく三木谷氏はオーナーの何人かとは非公式に会っているだろう。最低限の「挨拶」はしているはずだ。だからかどうか、ここ数日、オーナー側の発言もかなり軟化してきている。事実上、来季からの新規球団参入も可能になった。選手会との交渉は選手側のエゴが強すぎたためかなり難航したが(というのが筆者の見方)、当たり前の「根回し」を当たり前にした楽天の参入は、その分発表が遅れたが、事態を好転させる方向に作用したように思える。

 おそらく波瀾がなければ、1社のみと思われる来季の新規参入球団のポストは、楽天が手にするだろう。まあ、常識的な観測だが、となると先に手を挙げた堀江氏は「敗北」である。しかし、そこで終わるまい。ここまで楽天の利点ばかり挙げているように映ったかもしれないが、じつは穴のないやり方というのは、世間の反感を買いやすい面がある。判官びいきの風土のある日本では特にそうだ。仙台市民の「9割以上」はライブドアを支持しているというデータもある(スポーツナビ)。

 楽天=三木谷氏は、経営が順調に進めば進むほど、これからヒールのような立場になっていく可能性もある。まあ、冷静な評価もなされるだろうが、人の感情としてはライブドアに人気(同情票でもあるが)が集まりやすくなる。そうなると、「市民の声」「ファンの声」をバックに、堀江球団がドラマチックに再浮上する……なんていうビジョンも見えてくる。

 いずれにしてもプロ野球界の構造改革の「可能性」は見えてきた。そう感じた人は多いだろう。元オリックス監督の石毛宏典氏が四国に独立リーグを構想する話もメディアに取り上げられ、大手企業(四国コカ・コーラ、JR四国など)がスポンサーにつくなど具体化の方向で進んでいる。しかし冷静に見れば、改革が実現していったとしても、そのきっかけはあくまで外部のパワーによるもの。幕末の黒船を出すまでもなく、疲弊化したシステムというのは内側から変えるのは「不可能」なのかもしれない。Jリーグもワールドカップという外部パワーがあったから、明治維新の時の日本のように「急速な近代化」が進められた。大きな話、この「法則」をふまえると、日本の構造改革もこのままではうまくは行かない。しかし、その場合の「外部」とは何になるのか? が問題だ。

 話が脱線しているように思えるかもしれないが、そうではない。「サムライ」でも書いたがスポーツはその社会のわかりやすい縮図なのである。しかもこの先に起こる社会現象が、先行した形で現れやすい。スポーツ選手と実業家、政治家では活躍年齢が違うからだ。同じ資質を持った同世代の人間のなかで、一番早く結果が出せるのがスポーツで10〜20代。実業家は今回の三木谷氏、堀江氏を見ても30〜40代が最初の活躍期。政治家は早くても40代以降だ。国政の中心に躍り出る頃には、50〜60代になっている。時代の要請があれば驚くほどの若返り現象もありえるが、一般的な構造としては、「スポーツマンを見ていけば時代の先が見える」。

 野球界に30代の実業家が入り込んできたと言うことは、それだけで「時代の変化」を感じさせる。もう少し若い世代の参入もこの先あるだろう。そうなってくると、いずれ意外な形で若く有能な(イチローのような)政治家が彗星のごとく現れるかもしれない。いまは想像もつかないが、そんな人材が見えないところで舞台の出来上がるのを待っているわけである。

 筆者のイメージする「構造改革」を別のキーワードで表すなら、少々古い?表現ではあるが、「労資協調」ということだ。マルクス主義の影響なのかどうか、「資本家を敵とし、労働者が一致団結して戦う」という従来の組合の感覚は、そろそろ時代にそぐわなくなってきている。こうした意識そのものがまず「改革」されないと、構造自体の改革など不可能に近いと筆者は思う。球団オーナーの経営能力にどこまで問題があったのか正直わからない。しかし彼らを悪者に設定し、わかりやすいが出口の見えない批判を繰り返すより、楽天の社長のように敬して取り込んでしまったほうがはるかにうまくいく。

 そして前回も話したように、批判や提言をするならば、する側がきちんとリスクを背負うことも必要だ。その姿勢をまず見せる。筆者はこの問題に関してリスクを負える立場にない。だから安易なオーナー批判をしないし、むしろ彼らの立場を肯定し、その立場からあれこれ当たり前とも思える「道理」を話しているわけである。

投稿者 長沼敬憲 : 2004年09月30日 00:18

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