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2004年09月21日
■「武士道」ブーム?の背景
PHPの出している「THE 21」という雑誌に、ライターの山口雅之氏が作家の火坂雅志氏に取材した話として、「武士道のルーツは上杉謙信にあり」という記事が載っていた。昨今の武士道ブームを「徹底検証」するといったテーマのコラムだったが、謙信に目をつけたのは確かに面白い。いまもてはやされている?武士道のルーツは江戸時代にさかのぼるが、この時代の武士(サムライ)が謙信の「戦国武将らしからぬ生きざま」に憧れの念を持ったことは十分想像できる。謙信の場合、義という「きれいごと」を全面に出した生き方をしながら、ほとんど無敵であったわけだから、カッコイイと思わないほうがどうかしている。
でも、武士道のルーツをすべて謙信に集約できるかというと、いささか暴論だろう。筆者の考えるルーツはもっと単純だ。武士道は日本人が歴史のなかで培ってきた「和」の感覚から派生したもの、「和」のひとつのバリエーションなのだということ。このように捉えると、ちょっととっつきにくい武士道も、一気に身近な感覚として受け止めることができる。
「和」というのは、基本的に言えば、人を大切に思う感覚だ。「夢の王国」のなかで伝えていくつもりだが、その起原は特別に争ったり、国家などつくらずにも豊かに暮らせた縄文時代の、たっぷり1万年にも及ぶDNAのなかにある。戦国時代のように弱肉強食の時代になっても、それでも端々にこのDNAが顔を出す。なにしろ1万年の記憶だ。急ごしらえで断ち切れるものではない。その意味では謙信という武将の特異性も、それ自身「和」の一つのバリエーションであったと見えてくる。天下人となったのは「和」の権化、秀吉だ。秀吉は最後の小田原攻めあたりになると、戦いを戦いではなく、自己喧伝のイベントのように変えてしまった。
江戸時代の武士は、戦うことを職業としながら戦う機会などほとんどないという、アイデンティティの危機に陥っていた。自分らしさとは何かを問い詰めた時、人は必ず自分のルーツというものを意識する。武士という身分であれば武士とは何かと考える。武士道という観念が形成され、それが現実の生き方にも反映されるようになったのはある意味必然だ。江戸社会は成熟していたから、観念もまた成熟し、「こうありたい」という憧れをつくっていく(……そう言えばこのあたりは「新撰組」のところで書いたな)。
歴史の話はこれくらいにして……、筆者が思うのは、アメリカ人がサムライに憧れるのは、まだ無意識レベルに近いだろうが、それが自分たちの生き方と明らかに異質だからだろう。戦いという生きるか死ぬかの場面でも「人を大切に思う感覚」が重視されてしまう、それが評価の基準にもなってしまうわけだから、異質でなくて何なのだとなるはずだ。日本人にとっては多分当たり前すぎて(逆の意味で無意識すぎて)ピンと来なくなっていることが、世界的にはまだまだ異質であり、驚きなのだということ。そう認識しておいたほうが、このグローバルで「個」というものが過剰に問われる国際社会の中で、らしさを発揮していける。
武士道の実践は難しいとか、自分とは無縁だと思っている人も、それが「和」の一バリエーションなんだと理解できれば、特別な苦労もなく、その感覚を磨いていける。実力をつけるということは人より秀でるということだから、努力して少しでも秀でた部分が感じられたら、逆に一歩引くようにすればいい。さらに秀でられたらまた一歩引く。自分は「できる」わけだから「引く」こともできる。逆に言えば、努力している状態というのは前に出ている状態、わからなければわからないと主張しなければならない段階。自己主張の実体とはそういうものだとわかれば、あんまり大声は出さなくなる。それが個性だとは言わなくなる。
こんな感覚が世の中に広まっていったら、相当に住み心地がよくなると思わないだろうか? それが日本人の「理想」だったなんて思えたなら、それをベースに国際貢献もできる。イメージとしての武士道には現実味が感じられず、近よりがたくても、意識のベクトルを少し変えればその本質は見えてくる。実感もできる。ただ、一つのパラドクスとして、極めれば極めるほど見えなくなるのが武士道であり、「和」なのである。それがわかれば、さらにグローバルな(日本的というより東洋的な)「道」という観念も見えてくる。いまの武士道ブームは、そんな果てしない「道」のほんの入口でしかないが、それでも入口は入口なのである。
投稿者 長沼敬憲 : 2004年09月21日 00:39