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2004年09月10日
■徳川斉昭とジョン万次郎の対話記録から
最近、最後の将軍・徳川慶喜についてコラムに書いたが(「振り返れば「神」になる」)、あれこれネットで調べ事をしているうちに、面白い記事に出くわした。慶喜の父・斉昭とジョン万次郎(中浜万次郎)の対話の記録だ。
ジョン万次郎というと、漂流がきっかけで鎖国中のご時世にアメリカ生活を体験したという、当時最新の欧米事情を知っていた一級の知識人。かたや斉昭は尊王攘夷の総本山、水戸藩の当主。頭の柔らかい万次郎と、古い観念に凝り固まった斉昭……という図式を想像するかもしれないが、読んでいくと全然印象が違う。アメリカ帰りの万次郎も逸材だが、斉昭は斉昭で封建時代の藩主としてそれなりの見識を備えていたことが見えてくる。ちょうどペリーが浦賀に来航した年(1853/嘉永6年)の記録だ。
ちょっと順を追って紹介させていただこう。
Q(斉昭公)、大船建造の費用及び売買について
A(万次郎)、日本の銀にて2000貫、銅は少なく鉄が多い。鉄の鋳造は甚だ難しく、日本では困難、買い上げの方が易しい。軍艦の売り船は無いが、一艘ぐらいはあるであろう。オランダへ申し込めば船大工が来るであろうから、古船買い上げよりも便利であろう。
外に向けて強硬な攘夷論を主張する一方で、斉昭はこうした現実的な分析もしている。というより、万次郎に話を聞く自体、彼の攘夷がただの観念論、精神論ではなかったことがわかる。ま、とはいっても、このあたりは当時英邁と言われた藩主なら誰もが考えたことであろうから、とりたてて言うほどの話ではないかもしれない。先へ進もう。
Q、アメリカの医術はどのようであるか。
A、アメリカの医術というのではなく、イギリス、フランスの医術を通用させている。
なるほど。アメリカという国の本質(移民によって成り立っている合衆国という実体)がある意味想像できる記述だが……、斉昭の感想は残されてないので、ここも先に進もう。筆者が一番面白いと思ったのは、この次のくだりだ。
Q、共和政治の主は城郭の内におるのかどうか。
A、城郭はなく、住居は日本の豪富農商の住宅と同様町並みに住んでいる。共和政治の主は4ヶ年目に代わり、人望あれば8年も勤められる。
これについて斉昭公の感想
「36州の主、4年毎に代わることは睦まじいようであるが、その元は利欲より出ていることである。今は開国初めのことであるから戦争などにより英雄の王が出て強いが、戦争ができなくなることは目に見えていることであり、そのときは、利益本位の王では問題となろう。」
斉昭の感想が面白い。「4年毎に代わるのは睦まじい」と言いながら、それは「利欲から出ていることだ」と言い切っている。つまり選挙で君主が選ばれるのは一見公正で、庶民の意見を反映したもの(=睦まじい)かもしれないが、そんな意見など突き詰めれば「利欲」でしかないと言っているわけである。目先の損得勘定で選ばれるだけで、特別感心することではないということだろう。
加えて斉昭はアメリカという国に対して、「開国初めのことであるから戦争などにより英雄が出て強いが」と、皮肉めいた論評を加えている。アメリカは建国したばかりの若い国だからまだ混乱もあり、戦争などもあるだろうから、選挙で英雄の力量を持った者が選ばれれば強い国にもなるだろう……、って、これは今日に至るアメリカの政治体質そのものでもある。
「戦争できなくなることは目に見えている」が、そうなれば「利益本意の王では問題となろう」。アメリカの場合、国が行き詰まってくると対外戦争を仕掛けるという傾向があるが、斉昭の主張と照らし合わせると、大統領が「英雄」でない限り(ただの「利益本意の王」に堕してしまうと)国の強さが維持できなくなるという強迫観念が、為政者の間にあるのかもしれない。
Q、4年毎に代わる場合に、辞めた主はどうしているか。
A、一般と同じ庶民となる。
Q、庶民と同じになりては、今日の生活にも差し支えがあろう。
A、主となった時に金銀財宝おびただしく蓄えおくため何ら差し支えがない。
お殿様らしく質問の内容が可笑しい。自分がアメリカ国の「主」であったらと想像したのだろう。その時まっ先に問題になるのは、いまの生活が維持できるのかということ。お殿様だから贅沢がやめたくないのだろう、などと安易に捉えないことだ。ここでの斉昭は君主としての体面、権威というものを気にしている。一国の主となった者が任期が切れたからと庶民同様の扱いを受けたら、目上に立つ者としての誇りが失われないか? 庶民の目上の者を尊敬する意識も失われるのではないか? これに対して万次郎は「任期中に蓄財しておくので、心配ないですよ」と答えている。意識の微妙なズレが感じられるやりとりだ。
さて、残された記録は以上の通りだが、どんな感想を持っただろうか? 筆者はこの簡単なやりとりのなかに、斉昭のなかに染み付いた東洋人の感覚、思想というものが見て取れると思う。たとえば世襲制度は一見不合理だが、世襲であることから君主としての帝王教育を受けられるという利点もある。現に斉昭は慶喜という英才を育て、幕末の世に送りだしている。
また、民主主義が衆愚政治に陥りやすいというギリシャ・ローマの時代から言われてきた教訓も、彼が理解していたことを示している。筆者に言わせれば、要は民主主義だからレベルが高くて、封建主義だから低いとか、物事はそんな単純には言えないということだ。民主主義を「良識ある政治」の絶対条件のように考えている人は、逆に自分の視野を狭くしている。
以前にも書いたことがあるが、選ぶ人間のレベルが問われているのだから、密室のなかで首相が選ばれたとしても、だから間違っているとは言えない。密室内のレベルが高ければ問題はない。逆に投票率99パーセントの選挙が実施されようが、だから立派な政治家が選出されるとも言い切れない。制度など目に見える形にばかりこだわる人は、よりよい制度を整えればよりよい選択ができると想像するが、そのようにして実行された共産主義はご存じのようにうまく機能しなかった。
それでもさらによりよい制度は? と模索するのは自由だが、視点を変えてもっと単純に考えれば、自分自身の質を上げればいいではないかという話になる。自分自身の意識を自由にし、物を見る目を養えば、その分だけ視野は広くなる。主義にこだわる意識が薄くなるほどに、質によって人を見る、物事を捉える感覚が育っていく。世の中というのは、つかみどころがないようでいて、そういう質の人間がある一定以上増えてくれば自然と変わっていくものなのである。
投稿者 長沼敬憲 : 2004年09月10日 00:48