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2005年11月15日

■“経営コンサルタントの神様”船井幸雄氏はアナーキストである!?

たまたま本屋で見かけた船井幸雄氏の新著を、先日、つい衝動買いしてしまった。
タイトルは「にんげん」
一瞬、あいだみつをの本かと思ったが、もちろん違う。笑。
氏の言葉を借りるなら、

1933年生まれの私は、いま72歳です。なぜか幼少時より、常識的に言いますと、ある目的のために、学び働くことだけの人生を送ってきました。
……「これでもか、これでもか」というくらい働かされ、「世の中」や「にんげん」についての根源的なことを学ばされてきました。
……そのある目的とは、「世の中の構造」と「にんげんの正しいあり方」を知り、多くの人に知らせるためといってもいいと思えるのです。

ということになる。
まず、氏のことをよく知らない人のために、ホームページよりその略歴を引用させていただこう。

1933年 大阪府生まれ
1956年 京都大学農林経済学科卒業
産業心理研究所研究員、日本マネジメント協会経営指導部長、理事を経て、
1970年 (株)日本マーケティングセンターを設立
1985年3月 船井総合研究所に社名変更
1988年 経営コンサルタント会社として世界ではじめて株式上場。
“経営指導の神様”と呼ばれコンサルティングの第1線で活躍するとともに、社長、会長を歴任。
2003年3月 名誉会長に就任
同社を約300人の経営専門家を擁する日本最大級の経営コンサルタント会社に成長させた。
現在、グループ30余社の総帥。
2003年4月 超資本主義社会を牽引するテクノロジーの発掘・普及のため、(株)本物研究所を設立した。
2005年1月 船井総合研究所・本物研究所・船井メディア・船井コミュニケーションズ・船井財産コンサルタンツ最高顧問・(株)船井本社代表取締役会長就任

これを一読すれば、顧客との信頼関係によって成り立つ経済コンサルタントの業界で、不動と言っていい成功を成し遂げた人であることがわかる。その氏が、

70歳になったのを機に、……同社(*船井総研)の代表取締役をやめ、……経営コンサルタントも、きれいさっぱりやめました。ただ、私個人の人脈や能力は、束縛がなくなり自由になっただけ、その後、より拡充したように思います。

と語る。“経営者としての束縛がなくなったことで、自由になった”。……確かに今回の著作を読むにつけ、筆者自身、その思いを強く感じた。
「単著が180冊、共著や編者まで含めると260冊以上」という氏の著作のすべてを読んだわけではないが、どんな傾向の情報発信をする人なのかはもともとわかっていた。しかし、今回の著作の内容は「かなり過激」。
試しに目次から、気になるコピーをいくつか拾っていってみよう。

第1章 絶対的常識がくつがえりつつある

●人は猿から進化したのではない
●死んだ動植物が見事に生き返る
●煎ったピーナッツから芽が出た
●人は食べなくとも生きていける

第2章 最近の10年、有識者は密かに「アセンション」の研究をしている

●世の中には不思議な能力を持った人が存在する
●一流大学の出身者は創業経営者にならない
●決め手は統計学と、超能力者

第3章 ようやくわかった大事な諸事情

●トランス・チャネラーの情報は参考になる
●人は「生かされている」ようだ
●多分、近未来、易や占星術は無用になる

第4章 これからこう生きよう

●こだわる人間ほど程度が低い
●策略、刺客……選挙に見る「時流」
●視力0.05が4年間で0.8になった

第5章 いよいよ「世の中」の分岐点(略)

……筆者特有のバランス感覚?(言い換えれば、独断と偏見)で選んでみたが、どうだろうか?
文字面だけを追えば「トンデモ本」にも思われかねない、かなり「ぶっとんだ」内容であることがわかるだろう。
詳しい中身の検証は、興味を持った読者各人で行なってほしいが、筆者がここで強く感じることは、

「このような“ぶっとんだ”“あやしい”内容を堂々と本にしている人間が、きわめて現実的な判断の要求される経営コンサルタントの世界で、多くの人に信頼され、社会的に大成功を収めた」

という事実だ。
船井氏自身、これまでの歩みを振り返り、

20数年前、著書中で「死んでも終わりではない」と書いただけで白眼視され、10年前「超常現象はあるし、人の意識は物質に影響する」と言っただけで「オカルト人間」と呼ばれ、マスメディアからシャットアウトされ、多くの顧問先から去られた私としては、(ここ数年の世の中の変化に)ちょっとびっくりしていますが、しかしよい時代になったと思います。

などと語っている。
10年ほど前から氏の名前を聞き知っていた筆者の印象でも、確かに上記のような「白眼視」を受けていたように思う。
しかし氏には、ある程度のバッシングがあろうと揺るがない、自分の社会的成功に対する自信があったはずだ。
素直にすごいと思うのは、その点だ。「白眼視」されるのが厭で、なるべくなら世間に迎合し、波風立てないように活動してきた(?)筆者としては、第一にその自信の強さに感心してしまう。

そして、そうした氏の努力もあって、確かにこの10年で、ずいぶんと言いたいことが言いやすい世の中になってきた。
前述の目次から引用したコピーにしても、盲信するべきではないが、それでも「すべてありえる」というくらいの、常識の囚われない感覚が筆者にはある。
しかし、こうした感性はほんらい社会の第一線で活躍するジャーナリストにこそ必要なものではないだろうか?

なにしろ、彼らの活躍の場とも言える映像・活字メディア(テレビや新聞、雑誌など)では、言論の自由と言いながら、大幅な自主規制が存在している。
筆者もそのメディアの末端に属する一人だが、大手メディアに活動の場が広がれば広がるほど、じつは意識の自由が奪われる傾向があることを感じている。
表に出せることと出せないことの境界が、日々の錯綜した仕事の中で、かなり安易な状況で決められているとでも言えばいいか。
その総和として、世論が形成される……。

新聞社や出版社から給料をもらっている(それで家族を養っている)状況から脱しないかぎり、まともなジャーナリストにはなれない。

以前、作家の井沢元彦氏がそういった意味のことを著書の中で記していた記憶があるが、確かにその通り、自分の感性を維持し、磨いていくためには、既成のメディアはむしろ反面教師になりつつある。
経験を積むために既成の媒体を活用させてもらうことはもちろん必要だが、本当の意味での「精神的な自立」を求めるなら、一度はゼロに立ち返り、「自分自身のメディア」を構築するプロセスがどうしても必要になってくる。

というわけで、いま筆者がささやかながらWebを中心に展開している「活動」の必然性が見えてくるわけだが、べつにこれはジャーナリスト(マスコミ関係者)だけに求められる話ではない。
そのメディアから受け取った情報によって、個々の生活や人生観が左右されてしまうものだからだ。
この点について、船井氏は、著書の中で政治評論家・森田実氏のホームページから、次のような一文を紹介している。

日本のアメリカ化を先頭に立って推進しているのが小泉内閣である。小泉内閣の3年間の間に、銀行の90%は米国の金融機関に握られてしまった。製造業の70%が米国に握られた。東京のホテルのほとんどが米国資本のものとなった。流通も、食糧も、土建業者すらも米国資本の傘下に組み入れられている。最近はマスコミがこれを応援している。それどころか、マスコミまでアメリカに握られてしまった。

最近、政官界内部で次のような噂が流れている。……「広告業は米国資本に握られたため、テレビで米国批判を行なうものは、テレビ界から排除されることになった。ほとんどの大手のコマーシャル提供の大企業は米国資本が握ったからだ」。
ちょうどその頃、私はあるテレビで米国の日本支配、日本従属国化、植民地化について語ったあとは出演依頼がほとんどなくなったことを経験したので、思い当たることがあった。米国の影響力は強大である。日本人の頭脳のなかまで変えつつある。

今朝、友人から電話があった。
「350兆円の郵政資金を手に入れるための対日工作費として、米国経済界が約5000億円を使ったという話を知っていますか。主としてマスコミ工作費のようです。大がかりな350兆円奪取作戦が展開されてきたことは明らかです。……」
(以上、5/12、14発信「森田実の時代を斬る」より)

また船井氏は、別の箇所で「森田氏のホームページを見た」というある大学教授のファクスを紹介するなかで、

ウオール街は、電通に3兆円の資金を投入して、大手新聞社、テレビ局を通じて、郵政民営化法案の可決のための世論工作活動をしている

といった指摘もしている。
ここで森田氏のいう米国資本は、以前、栗本慎一郎氏の新著(「パンツを脱いだサル」)について書いた稿の中でもふれたように、ユダヤ系の国際金融資本とほぼイコールであることは想像できるだろう(→こちらを参照)。
筆者自身、「電通に3兆円云々」がどこまで真実かはわからないが、これまでストックしてきた種々の情報を総合するなら、

なぜ小泉首相とブッシュ大統領の関係が親密なのか? それはただ単に両者のウマが合うからでないことは明らか。
要は、小泉氏の年来の政治的悲願であった「郵政民営化」が、米国経済の“活性化”にとってもメリットがある(おいしい)ということをブッシュが(アメリカ側が)理解していたから、両者の利害が一致した=親密になれたのではないか?

言い換えるなら、小泉氏は自らの政治的悲願実現のために、米国(ユダヤ系の金融資本)のバックアップを受けた。
しかし彼には「郵政民営化は政治家である自分の、年来の公約である」という“信念”があるから、このバックアップも「悪」には映らない。
逆に彼らの要求を利用しているというくらいの意識はあるだろうが、冷静に実態を見るならば、やはり利用されているのは小泉氏のほう。米国資本のほうが、かけひきの点で一枚上手ではないのか?

なぜなら、金づるをますます米国資本に握られてしまう可能性が高いからだ。そうなると、一般庶民はますます経済的に身動きの取れない状況に追い込まれる。
しかし、小泉氏にはそうなっても、その原因が郵政民営化にあるとは認識できない。だから結局、責任も取らない。

……といったような推測も可能であると感じている。
そして、これがどこまで正しいかは別として、この種の発言はテレビや新聞などではなかなかできない。つまりは、テレビや新聞(既成のメディア)を通じては情報収集もできない。
この点に問題があると気づかないと、いつまでたっても物事の本質には近づけない。

筆者はさほど熱心に情報収集しているわけではないが、それでも森田氏がホームページで著書の一読を勧めている関岡英之氏のリポートが、文芸春秋などに掲載されちょっとした話題になっていることは知っている。
森田氏も引用しているが、その関岡氏の著書「拒否できない日本」の表紙の裏には、次のような記述があるという。

建築基準法の改正や半世紀ぶりの商法大改正、公正取引委員会の規制強化、弁護士業の自由化や様々な司法改革……、これらはすべてアメリカ政府が彼らの国益のために日本政府に要求して実現させたもので、アメリカの公文書には実に率直にそう明記されている。近年の日米関係のこの不可解なメカニズムのルーツを探り、様々な分野で日本がアメリカに都合いい社会に変えられてきた経緯を、アメリカの公文書に則して明快平易に描く。

このアメリカの要求を飲んできた張本人の一人に、小泉内閣の経済顧問的な役割を任じている竹中平蔵氏(金融・経済財政政策担当大臣)がいるという。
真偽はわからないが、じつは昨日、たまたまテレビをつけたら、テレビ朝日の「サンデープロジェクト」で田原総一朗氏が、上記の「文芸春秋」の記事などを例にとりながら、ゲストの竹中氏にこのへんの話題を問いただしていた。

しかし、当然と言えば当然だが、竹中氏は「おもしろおかしく書いているだけ。根拠はまったくない」といった返答。
それはいいとして、問いただした田原氏はどう突っ込むのか? ンン? 思わず注目したが、何を突っ込むわけでもなく、適当に受け流して話題をスルーしてしまった。
たいして重要事ではないといった口ぶりで……。

番組の前後をきちんと見ていたわけではないので、上記は印象論にすぎないかもしれない。
しかし、これも以前に別の稿でも書いたように(→こちらを参照)、

たとえば、先の衆院選挙の期間中、造反組として新党日本に参加した小林興起氏も、記者会見などの場で、「小泉さんの郵政民営化の背後には、アメリカのバックアップがある」といった意味のことを暴露?していた。
同様のことは、政見放送で共産党の志位和夫書記長も語っている(「郵政民営化は、アメリカをもうけさせるためのもの」云々)。

といった政治家の発言もあるにはあったが、メディアはほとんど取り上げなかった。
少なくともテレビでは、森田氏が指摘するように、郵政民営化とアメリカとの関係をつっこんで触れることはタブーになっているような印象を受ける。

……船井氏の話からだいぶ脱線してしまったが、要するにこの先ボンヤリ生きていたら、小知恵を使って生きている人間に、いくらでも自分の財産(知的なものも含め)を搾取されてしまう時代がくるだろうということ。
殺し合うという意味での戦争が起こるかはわからないが、いまの時代、日本史で言うところの「戦国時代」に突入したのだと理解したほうがいい。

「秩序」や「常識」が自分を守ってくれるタテになってくれない以上、あの時代の人間のように、個々が自主独立を目指すほかは自由に生きる道はない。
というわけで、すでに10年ほど前からそんなための準備を進めている筆者は、「ますます面白い時代になってきたな」とほくそ笑んでいる次第。

話がいちいち錯綜してしまうが……。
最近始めたブログのなかから、大正時代のアナーキスト(無政府主義者)、大杉栄の次の言葉を引用して、今回の稿を締めくくろう。

社会のある少数の間に、その道徳観念が全く変わってしまう時代がある。
誠に危険なる時代である。
かつては最も道徳的であるとせられていた事が、こんどは反対に、最も不道徳な事であるとせられて来る。
従来尊敬せられ神聖視せられていた慣習だの、伝習だの、又はある一階級の利益のためにのみ造られた道徳だのが、一切放擲(ほうてき)せられてしまう。
そしていわゆる不道徳な行為をする事をもって、自分に対する及び世間に対する最高の義務であると認めるような人が出て来る。
誠に危険なる人物である。
けれども史家の教ふる所によれば、この危険なる時代においてこの危険なる人物によって、歴史はつねに向上の一転化をするのだという。
道徳を創造するんだ。
幸いにこの種の時代に生まれて、この種の人物の一人に数えられる。
誠に千載の一遇である。
(1913年1月「道徳の創造」より)

“経営コンサルタントの神様”船井幸雄氏もまた、筆者の目から見れば、“平成の乱世”をしたたかに生きる自主自立のアナーキストである。
そのような意味におけるアナーキストとして(あるいは戦国時代のサムライとして)、筆者も「道徳」を創造し、みずからの「自主独立」を推し進めていきたいと思う。

気がつくと船井氏の新著から、最後は大杉栄が飛び出してしまったという話。笑。

投稿者 長沼敬憲 : 2005年11月15日 00:47

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