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2006年01月06日

■「女性天皇問題」から見る「変化の兆し」(2)


こういう人は、豊かな暮らしさえできれば自分が「日本人」でも、「アメリカ人」でも構わないと考える。しかし、これは血のつながりで見るなら、自分の親に対して「べつにあなたが親でなくたって構わないんだよ」と言っているのと変わらない。横軸へと広げて見るならば、風土の中の人と人とのつながり、つまりは人間関係がわからない。そんな人がどんどんと増えている以上、筆者がいちいち言うまでもなく、日本は終わる。女性天皇を容認するかどうかという問題は、そうした氷山の一角にすぎないということにもなる。

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投稿者 長沼敬憲 : 22:52 | コメント (0)

2006年01月04日

■約束を守ること、人をだますこと〜出口王仁三郎のエピソードから


もちろん王仁三郎がずっと黙っていたのは、周囲の人間が(自分の妻が)信頼できなかったからでなく、もし万が一、外部に乳飲み子のことが漏れたらどうなるのか? ということ。もし万が一漏れたら、なにより自分が大事にしてきたものが壊れてしまう。それがあるから自分でいられるというものが、失われてしまう。目に見えないものということで、王仁三郎は「霊」の存在を説いた。しかし、霊が存在するかどうかよりも、もっと目には見えない、自分の一番かたわらにいる人さえもだまさなければ守れないものがあることも、彼は知っていた。

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投稿者 長沼敬憲 : 15:21 | コメント (0)