世界の常識を覆えす日本人アスリートの身体感覚



第4章
大食いチャンピオンはなぜ痩せているのか

〜本当の「強さ」とは何か


 ……本当の強さとは何だろう? 腕力や暴力がすべてでないと言う人は多いが、そうではない、それに代わる強さは存在するのか?
 かつて日本に生まれた武道家たちは、日々の鍛練の中で、そうしたことを少なからず問うていたはずである。……その答えは出たのか、出ないのか? 本章では意外とも言えるある切り口から、この問いかけに斬り込んでみたいと思う。

 舞台となるのは、アメリカ。時は、独立記念日にあたる、2001年7月4日。

 ニューヨーク郊外にある遊園地・コニーアイランドでは、1916年から続いているという、非常に由緒ある(?)大会が開かれていた。
 いまや日本でもスッカリおなじみとなった、ホットドックの早食いコンテストである。

 この年は、日本から2名が出場。前回、12分という制限時間内になんと25個ものホットドックをたいらげチャンピオンに輝いた新井和響(むろん、大会新記録!である)と、プリンスの異名を持つ新星・小林尊である。

 ふたりとも、数々の大食いチャンプを生み出してきたテレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」の出身。しかし、その年齢差が示すように(新井は33歳、小林は23歳)、世代的にはひとまわり違う。いわば、日本の大食い界を代表する、新旧2大チャンピオンが、巨漢ぞろいのアメリカに乗り込んだわけである。
 試合の経過を知らない人のために、簡単に振り返ってみることにしよう。

 出場者は主催国のアメリカを中心に、日本を含め、ヨーロッパなどから十数名。しかし先にも記したとおり、日本のふたり以外はみないかにもという感じの、お腹の突き出た巨漢ばかり。それに対して新井の体重は、50キロ弱。小林も55キロほど(ともに当時)。同世代の日本人から見ても標準か、少し痩せすぎかと言ったところ。「痩せの大食い」などとは言うものの、その体格からして明らかに異彩を放っている。

 筆者が見たのは、国内予選とともに当日の模様をドキュメントで追った、「TVチャンピオン」での放送である(小林は国内予選により選出)。
 カメラはまず、スタートともに、チャンプ新井の食べっぷりに向けられた。ラビットとあだ名されているように、物凄い早さで目の前のホットドックを呑み込んでいく。「子供の頃は偏食・拒食。10年ほど前に体を壊したのを契機に「この際、食べられるものは何でも」と一念発起した」(「FOCUS」2000年 7/19号より)というが、そんな一念発起だけでこうも食えるのかというほどのスピードである。

 しかし、スタートして間もなく、その新井をも凌駕する「異変」が起こる。
 プリンス小林の食べっぷりが、尋常ではない新井をはるかに上回っている。テレビカメラが、慌てて小林にターゲットを絞りはじめた。日本の大食いのレベルが世界的にも段違いであることは筆者自身熟知していたつもりだが、それにしても早い。あまりに、早い。なんと開始5分で、昨年新井がマークした世界記録(25個)を超えてしまった。たった5分でホットドック25個である。となりのアメリカ人が、食べる手を止めて唖然としている。もちろん、集まった数百人の観客たちも、同様である。

 30……、40……、世界記録を超えても、その挑戦はまだまだ続いた。
 時々食べたものを、胃から腸に下ろすかのように肩を上下に揺らしているが、勢いは衰えない。ついに50個! プリンスはほとんど苦痛の表情を浮かべることもなく、ぶっちぎりの大記録で優勝! 彼のペースに刺激を受けたのか、昨年の覇者・新井も、31個という自己新記録で堂々の2位。ほとんどの出場者が10数個食べるので精一杯のなか、ふたりのレベルは完全に抜きん出ていた。

 しかも、最近では彼らに限らず、何とこのプリンスを撃破した“ジャイアント”白田信幸、ライバルと目される射手矢侑大、高橋信也、あるいは「旧世代」では岸義行や赤坂尊子などなど……、この大会で優勝できる大食いが日本には幾人も存在し、日々しのぎを削っているのである。

 ……武道をテーマにしているはずの本で、なぜこんな話題を? なかにはそう思いながら読まれた人もいるかもしれない。しかし、もはや言うまでもないだろう。これもまた、典型的な「柔よく剛を制す」のエピソードなのである。

 イチローや中田が海外で成功したのと同様、彼らの「成功」もまた、日本人の潜在的なDNAが大きく関与している。表現する形こそ違えど、基本的には同じ原理を活用することで、それぞれの能力を開花させているわけである。

 つまり彼らは、昨今問題となっているような過食症とは決して呼べない。
 彼らをそう呼ぶのなら、100メートルを9秒、10秒で走るスプリンターも、42・195キロを2時間台前半で駆け抜けるランナーも、尋常ではない記録を打ち出すスポーツ選手などはみな、「異常」ということになってしまう。健康という観点から見た場合、彼らも十分に「身体に悪い」ことをしていると言えるからだ。常人ができないことにチャレンジすることで、人に驚異や感動を与えているという点で、メジャーかマイナーかの違いこそあれ、大食いチャンピオンと何も変わらないのである。

 そもそも、あの大会をテレビで見た人ならば、彼らのまわりでホットドックと格闘していた巨漢たちのほうこそ、「病気」(の予備軍)に見えたのではないか?
 あれでは身体に負担がかかるばかりで、ある一定限度の壁を超えることは難しい。プロとアマの差といえばそれまでだが、筆者には、ひとつの原理を身につけている者といない者の差が、如実に現われているように感じられたのである。




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*当サイトでは各章の一部を抜粋して紹介します。



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