
僕の仕事、僕の生命論
時は大正時代。いまから100年近く前……。
この時代を“黄昏(たそがれ)の時代”と称し、
いまの平成の御代と重ね合わせる人も少なくないかもしれない。
そんな時代にあって、そんな空気に抗うように
「生の拡充」というものを説いたのが、
アナキスト(無政府主義者)として知られる大杉栄だった。
無政府主義というのは、
何でもかんでも壊してしまえ、という破壊主義とは違う。
言っていることは簡単だ。
権利も大事かもしれない。
社会のシステムを整えることも必要だろう。
しかし、そこに住んでいるおまえ自身の生命が充実し、燃焼していなければ、
そこに幸福はない。自由もない。
当たり前の話なのに、人は自分以外の何かに幸福を求める。自由を求める。
この意識が変わらなければ、人も社会も変わらない。
そこで彼は、「生の拡充」ということを繰り返し言い続けた。
生命というものがてんで理解できず、
システムを変えれば人は(いまよりも)幸福になれると言っていた、共産主義者たちの中途半端さを嘲笑していた。
最後は、関東大震災のどさくさに、
憲兵の手によって殺され、死骸は井戸に放り込まれた。
そして、同じ時代、同じように生命(いのち)のことを想い、
ただそのことだけに生きて、
志半ばどころか、花すら咲かすことができずに死んでしまった、高村智恵子という女性がいた。
僕は彼女の遺したこの言葉がとても好きだ。
「あなた御自身、如何なる方向、
如何なる境遇、如何なる場合に処するにも、
ただ一つ内なるこえ、たましいに聞くことをお忘れにならないよう。
この一言さえ確かならあらゆることにあなたを大胆にお放ちなさい。
それはもっとも旧く最も新しい、
成長への唯一の人間の道と信じます故。(後略)」
僕の中に大杉と、智恵子の、「たましい」が生きている。
いろいろなことをやっているけれども、
つまりは100年前に大きな生の爪痕を遺した彼らの遺志を継ぎ、
生命エネルギーを高め、燃焼させることが、
僕の仕事なのだと、僕の生命論なのだと思う。
2007年6月
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