「身体論」って何?



僕の発想は、「身体論」と呼ばれるものをベースにしています。って、そういうジャンルがあることじたい、知らない人が多いでしょう?

僕自身、出版第1作となった「サムライ」を書き上げたのをきかけに使うようになりましたが、それまでそんなコトバがあることも知りませんでした。


ここではごあいさつ代わりに、

「身体感覚」「ハラ」「しっぽ」

という3つのコトバで、僕流の「身体論」を俯瞰してみます。

「頭でっかち」の生き方から抜け出すためには、ぜひとも知ってほしい、そんなキーワードとしてご理解ください。






その1

身体感覚とは?




……まず「身体」という言葉ですが、
これは
「肉体と意識」
つまりは
「自分自身」とほぼ同じ意味で、
ふだん使うようにしています。

って、ふつう人って、
身体というと「肉体」ばかりをイメージしてないですか?

意識のほうがどこかに置き去りになっている。
あるいは意識と肉体がバラバラに、
別々のものとして捉えられている。

だから「自分」がワカラナイ。見えない……。

繰り返しますが、ほんらいは肉体と意識が
セットになって「自分」なのです。

そんなの当たり前だって? わかってるって?

本当に? それならどうして、カラダを鍛えると称して、
肉体ばかりをトレーニングするの?
意識が大事だと言って、
どうして脳ばかりを酷使させてしまうの?

(意識は全身に行き渡っているはずなのに、多くの人が脳という一器官のなかにだけあるように錯角しています)

大切なのは、じつはその肉体を通し感じることのできる
感覚のほうなのです。


わかりやすく言えば、それが
身体感覚です。

感覚なので目には見えませんが、
それは脳という限られた狭い部屋のなかだけでなく、
文字通り、身体中に行き渡っています。


そして、個々の性格、生別、生活環境、
時代、生き方、仕事などによって、
その質は「個性」と呼んでもいいほど各人で異なっています。

そうした身体感覚のなかでも、
僕が最も重視しているのが、
ハラと呼ばれる器官です。

ハラについてはのちほど触れるとして、
ここでは身体についてもう少しお話しましょう。


一つの事実として、僕たちは「いま・ここ」で実際に生きているわけで、
その生きる媒介は言うまでもなく、
「身体」であるということ。

身体の有効な使い方を知ることで、
人は「いま・ここ」にいる自分の可能性を広げたり、
自由に生きる術を得ることができます。

(繰り返しますが、それは肉体を鍛えるだけの、
あるいは意識を磨くと称して結局脳を使うだけの、
そうした従来のトレーニングでは、
ほんとうに限られた、ほんのわずかな「成果」しか得ることはできません)

本当の意味で
「全体」が感じ取れる位置に立ち、
「ありのまま」にこの世界が見つめられたら、
それは凄いことだと思いませんか?

肉体を中心にした、あるいは脳を中心にした捉え方は
そろそろやめにしましょう。

でないと、人はいつまでも孤独なままで、
自分が自然(もちろん都会も自然の一部です)
のなかで生きていることは、
ほぼ絶望的に感じ取ることはできないのです。





身体感覚とは?  ハラとは?  しっぽとは?







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