2007年03月25日 15:51

『ソウルメイトの見つけ方』〜“共鳴気功”の本がついに刊行!

「共鳴気功」の本を出そう! ……ということで、ようやく僕なりのプロジェクトが動き出しました。

月に何度か小川氏のもとに通い、たっぷりお話をうかがい、「共鳴気功」の施術で快癒した症例について解説していただき……。

そんなこんなで取材が積み重なり、1冊の本になるくらいのボリュームの原稿が書き上がったのが、去年の秋のこと。
同時に、ある出版社への売り込みも始まり……。

と、このあたりの作業を進めていくなかで、突然、ビッグニュースが舞い込んできました。
そう、べつの出版社から「共鳴気功」の本の出版の話が持ち上がったのです。

というより、展開がじつにめまぐるしいのですが、あれやこれやしているうちに、じつはもう、本になってしまいました!(笑)
それが、PHPから刊行の『魂でつながる ソウルメイトの見つけ方』です。

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執筆は、テーマが女性向きだったこともあり、小川氏のパートナーである赤司洋子さんが担当。
僕もほーんの少しだけ手伝いましたが、2か月程度の執筆期間で、よくまあこれだけの内容の本が書き上げられたものです。



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投稿者 長沼敬憲 : 15:51 | コメント (0)

2007年02月19日 17:26

「地ぱん」開発者、大橋雄二さんとの出会い(2)

福島の「銀嶺食品」本社におじゃまし、「地ぱん」の開発者・大橋雄二社長に初めてお会いした時のエピソードですが、

決して大きくない(失礼)会社の社長室に通され、同行のNさんとともに待っていると、

しばらくしてドアががちゃりと開き、松葉づえの大橋さんが、

「どうも〜! お待たせしました!」

という感じで入ってこられました。そう、ここでかなりの「元気のオーラ」を感じたのです。

それは無理に出しているオーラではなく、天性の明るさが感じられるもの。

ふと見ると、左足が切断されている……。

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2007年01月07日 15:01

「地ぱん」開発者、大橋雄二さんとの出会い(1)

僕が関わっているプロジェクトの一つに、

「大橋雄二&地ぱん」プロジェクト

と呼ばれるものがあります。
まあ、名称自体は僕が便宜的につけただけのものですが、
今年以降、かなり大化けしそうな材料が揃ってきています。

詳しくはこちらを参照してもらうとして、ここでは僕自身の、大橋さん&地ぱんとの「出会い」から「現在」に至るまでを、何回かに分けてつづってみたいと思います。

その名前を最初に耳にしたのは、当時、仕事で知り合ったばかりのNさんの口から

「大橋雄二さんっていう人、知っている?」

と言われたのがきっかけ。そのときは大ざっぱな略歴を聞いただけでしたが、不思議と印象に残ったため、後日インターネットで検索してみたところ、たとえばこんなサイトとアクセスできました。

要は、ここに出てくる氏の表情(顔つき)を見て、直観的に「ああ、この人は本物だ」と感じたのです。(下記参照)

o-hashi01.jpg

早速Nさんに連絡を取り、「興味がある」と話したところ、あれよあれよという間に、彼が関わっている仕事の一部をお手伝いさせてもらうことになりました。


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2006年12月09日 20:55

「共鳴気功」プロジェクトはいかにして始まったか?(1)

「3000分の1」の確率で出会った「共鳴気功」小川素治氏ですが、出会った最初からいまのようなつながりができたわけではもちろんありません。

小川氏と僕の縁をつないでくれたのは、小川氏のパートナーであり、健康関係の編集者の仕事をしている赤司洋子さんだったと思います。

赤司さんは、腕利きの編集者というだけでなく、編集プロダクションを率いる経営者でもあり、阿佐ヶ谷の「ボス」のもとから夜逃げした僕が、いま「健康」というジャンルでエディターやライターの仕事をする機会を得られたのも、彼女がチャンスを与えてくれたからです。

こうした仕事を通じての関係が続いていったことで、ご主人である小川氏のやっている「共鳴気功」についても、自然と関心が持続したように思います。

ただ、この「共鳴気功」を自分自身の生活や仕事にどう結びつけていったらいいか? 「何となくおもしろい可能性がありそうだ」という思いはあるけれども、その点がいまひとつピンと来ない。そんな漠然とした思いのまま、氏の主宰するセミナーなどにちょこちょこと顔を出していた感じだったのですが……。

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2006年12月07日 10:49

「共鳴気功」との不思議な出会い。

いまから3年以上前。僕がまだ阿佐ヶ谷に住んでいた頃。

阿佐ヶ谷時代は、かなりいろいろなことがあった波瀾万丈の5年間だったのですが、そこで生まれ、いまも続いている出会いがいくつかあります。
そのひとつが、「共鳴気功」小川素治氏との出会い。

その頃僕は、当時所属していた創作者グループの事業プロジェクトとして、阿佐ヶ谷の街情報サイトをつくるための取材を日々続けていました。

パート1でも書きましたが、ちょっとキ○チガイじみたプランニングで、とにかく阿佐ヶ谷エリアにある店舗・会社・施設をくまなくアンケート取材し、それをデータベース化するというもの。

3年くらいかけて、「すべて」まわりました。約3000件。マンションのドアや郵便受けに社名があるだけのようなところも含め、とことんやってやった感じです。
で、その企画は僕がグループを離れてしまったこともあって、たぶん、お蔵入り状態。はた目には「いったい何のために……」の世界なのですが、僕なりにいくつもの「収穫」がありました。

そう。じつはこの「3000件」の一つに、小川氏の治療院も含まれていたのです。

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2006年12月04日 20:57

「プロジェクト」はシンプルに。

僕がいま関わっている「プロジェクト」のことについて話そう。

「プロジェクト」といっても、まあ、そんなに大げさなものではない。
たとえば、おもしろいと感じたものがある。
それに関わり合う。周囲の承認を得る。持続する。
そういうものが、「プロジェクト」と呼ばれるものになる。
(一人でも成り立つけれど、ネットワークができていなければ意味はない。大きくてもいいし、小さくてもいい)

僕は1週間の大部分を「仕事」に費やしているので(大人ですから)、自然とそのおもしろいものは仕事に結びつく。
仕事でお金をもらって生活しているので、できれば「プロジェクト」でお金が「たくさん」得られるように発想はする。

でも、平安時代の貴族ほどでは明らかにないけれど、あまり深刻にお金に困ったことのない、素敵な日本人である僕は、どうしてもハングリーになりにくいようだ。

ハングリーを「命懸け」ということと結びつける人から見たら、「ぬるい」「甘い」と思われるのかもしれない。
でも、もしかしたらそんなふうな見方は、「肩に力が入りすぎている」のかもしれない。
「命懸け」というのは「ハラが据わっているかどうか」だから、ハングリーであることは以外と特権にはならなかったりする。

プロジェクトの話に戻ろう。
僕がいま関わっているプロジェクトは、ホームページのトップでも紹介した次の3つ。


■「地ぱん&大橋雄二」プロジェクト
■「共鳴気功プ」ロジェクト
■「両手振り体操」プロジェクト

詳しくはそれぞれをクリックしてチェックしてみてほしい。
どれも数ヶ月から数年、自然な関わり合いの中ですったもんだあって、それでも何とか軌道に乗った感じなので、ホームページで公開することにしたものだ。

このほかにいま温めているものが3つほどある。これは、どこまでうまく進むかわからない。でも、これらはすべてつながっている。中心にあるのが、僕自身の身体論=しっぽの感覚だ。

しっぽの先には、「たましい」がある。

これだけでは「何のこっちゃ」かもしれないけれど、ここまでたどりつけたら……と思いながら、あれこれやっている感じかな。

一つ一つの出会いと、その後の展開については、まだあまり書いたことはない。
これから時間をつくって、そのへんのことを少しずつひもといていこう。

須藤元気ではないが、we are allone. すべてはつながっている。笑。

どんな「プロジェクト」を行なおうが結構だけれども、そのつながりをカラダで感じられる意識こそが、何よりもまず必要なことなんだ。



投稿者 長沼敬憲 : 20:57 | コメント (0)